第1093話 キングエルフさんと仮面男さん

【前回のあらすじ】


 少佐の機転により、なんとか破壊神の使徒から逃げおおせた女エルフたち。

 下水道の中でゴムボートに乗った彼女達は、世話になった少佐に別れを告げる。


 怒濤の展開もようやくここで一安心。

 少佐に付けられた小型の機械蜘蛛に誘われて、近くの下水道の出口から脱出することになった女エルフたちは、この混乱した状況に思わずため息を吐くのだった。


 さて、そんな女エルフ一行と違って、残されたキングエルフと大性郷。


 面識のない二人に戦わない理由はない。

 強襲により驚かされた怒りか、それとも逃げる女エルフを追わせないためか、ここにキングエルフが堂々と立ち塞がる。


「モーラたちと知り合いのようだが、この私には関係のないこと。容赦はせんぞ改造人間とやら!!」


「ふん!! 自信満々のようだが、生身の人間が改造人間に勝てると思っているのか!! その傲慢、へし折ってくれるわ!!」


 作中でも屈指の武闘派キャラ。両雄ついにぶつかる。


 柔術VS剣術。

 生身VS機械の身体。

 キングエルフの柔らの技は武装された大性郷の身体を覆すことができるのか。


 巨大な機械鎧による破壊に揺れる夜のダイナモ市。一連の騒動の幕を引くために、今男二人の最後の戦いがはじまる――。


◇ ◇ ◇ ◇


 先に仕掛けたのはキングエルフであった。


 猛然とした躊躇ない踏み込み。

 大性郷の懐深く踏み込んだキングエルフは、身をかがめるとそのまま大性郷の腕を引き込んだ。強靱かつ鈍重な体つきをしている大性郷だったが、虚を突かれればその体勢を崩すことはそれほど難しくはない。


 体勢を立て直す暇もなく彼は腕から崩れ落ちると、その場に仰向けに倒れ伏した。

 そんな彼に、キングエルフはこれ以上は動くことも揺るさんとばかりにつかみかかり、その場に押さえ込もうとする。


 つかんだ腕をさらに引き込み、自分の胸で大性郷の顔を覆うすように上から被されば、そのまま地面に体重をかけて押しつける。

 こちらの柔道で言うところに固め技の体勢に入ったキングエルフ。ふんと息を吐けば、それっきり大性郷は微動だにしなくなった。

 いや、みじろぐことさえ難しいのだ。


「くっ!! これはっ!!」


「エルフの柔らを舐めるんじゃない!! さぁ、ここから根比べだ!! 俺の固め技を簡単に外せると思う――」


 セリフの途中だというのにキングエルフが黙り込んだのは他でもない。強烈な悪寒に身体が震えたからだ。一流の武闘家としての感が、思考を飛ばして彼の身体を即座に動かしていた。


 しかし遅い。機械の身体により、人間の反応速度を超えた大性郷を相手にしては、その直感めいた回避行動でもまだ反応が遅かった。


 押さえ込まれた状態から腰を打ち込むことでその場に跳ね上がった大性郷。

 なんという腰の動き。大地に向かってケツを打ち込んだだけだというのに、その身体はあり得ぬ高さ――キングエルフの身長を遙かに超えて跳ね上がっていた。

 たまらずキングエルフが大性郷の身体を離す。


「甘いぞエルフの格闘家よ!! 柔の道と柔の術をはき違えるな!!」


「なっ、貴様も柔を解する者か!?」


「柔の理念を極めんとした道に対して、術はあくまで格闘術・殺人術!! 相手にトドメを刺すときまで油断大敵!! 固めて終わるなど笑止千万!! 純然たる力と、それを上回る技の前には無力と言うことをしれ!!」


 ハァッと気合いの入った息と共に、今度は大性郷がキングエルフにつかみかかる。

 落下してくる勢いを利用しての投げ技。頭からキングエルフは地面に向かってたたきつけられると、作中において初めての攻撃をくらった。


 その口から血がほとばしり瞳が白目を剥く。

 見事な技の返し。意識を失いその場に崩れ落ちるキングエルフを前に、大性郷は余裕の表情と共に背中を向けた。勝者の余裕のポージングだった。


「なっ!? あのバケモノが負けただと!!」


「これが破壊神の力ということですか!?」


「……まだだ!! まだ、私は戦えるぞ!!」


 驚くメンズエステ隊のメンバーたち。

 その声に応えるように、なんとか起き上がったキングエルフ。口元の血を拭った彼は、その金色の髪にまとわりついた砂利を払う。それから黒目が戻った瞳で、目の前の思いがけない好敵手を睨みつけた。


 しかしただの一撃で既に疲労困憊。いつもなら、涼しい顔をしているキングエルフの息が上がっている。


「くっ、エルフリアン柔術は弱きエルフのための格闘術。いかにしてダメージを殺して立ち回るかが主眼。一撃いいのをもらってしまえばそれまでの格闘術」


「……割と脆いんだな、お前のやってる格闘技」


「武術なんてそんなもんですよ。一撃必殺なんですから」


「しかし、腐っても私はエルフリアン柔術の創始者!! チ○包金玉!! 我が門下一億のエルフリアン柔術の使い手のために、ここに負ける訳にはいかない!!」


「そんなにいるのか、怖……」


「知り合いでやっている人とかそんなに聞きませんけどね……」


 通信教育のおかげで、この世界に数多といるエルフリアン柔術の門下生。

 彼らのためにも不甲斐ない戦いはできないとキングエルフが脚に力を込めて立ち上がる。半身になって構えたその身体にゆらりとオーラが立ちのぼる。


 ほうと大性郷。

 キングエルフの放つ殺気を受け止めて、彼もまた構え直した。


 闘気と闘気がぶつかり合い濃厚な火花を散らす。雷撃が宙を走り、つむじ風が二人の漢をはやし立てるように駆け巡った。踏みしめた地面は粉々に砕け、瞳に映る月光が怪しく揺らめいていた。


「この一撃に全てをかけよう!! 受けてみよ、タケルくんとやら!!」


「笑止!! 貴様の付け焼き刃の技など、我が腰のダブルタイフーンで吹き飛ばしてくれようぞ!! 力と技、そして我が不動の心を合せた、心技体の妙技!! 死を持って思い知るがよい!!」


 くるぞと仮面の騎士が呟いたその瞬間、キングエルフが動いた。

 踏み込み、拳を引いて、絶叫と共に彼が繰り出したのはエルフリアン柔術の禁じ手――。


「奥義!! エルフの正拳突き!!」


「「柔術じゃない!!」」


 深く引いて真っ直ぐに打ち込む。空手の技だった。

 当然、投げ技とか絞め技が来ると思い、胴のガードが甘かった大性郷。モロに攻撃を食らう。


 お腹の金属装甲を打った拳は、銅鑼のような激しい音色を夜空に響かせた。


「いや、けど、あれけっこう厚そうな装甲だぞ。あんなの効くのか?」


「……どうなんですかね?」


 キングエルフの攻撃を受けて、その場に固まる大性郷。

 ふっと、その口の端がつり上がったかと思うと、彼の肩から闘気が消える。


「……見事だ。若きエルフの戦士よ」


「大性郷!!」


「貴様のパンチ、ずしりと我が懐に響いたわ。そして、思い出したわ――機械は叩いたら治ることもあるが、逆にそれがトドメにもなる、デリケートなものだとな!!」


 ばたりと、その場に大性郷が倒れる。


 決め手――精密機械を乱暴に扱ってはいけない。

 キングエルフの繰り出した強烈な拳が大性郷の回路を震わせたようだった。


 なんにしても。


「……しまらない幕切れだな」


「……なんというか、うん、まぁ、ハイ。勝ってよかったんですけどね」


 男の命を賭けた戦いの決着にしては、少し物足りないものだった。

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