第1092話 どエルフさんと目指せイーグル市

【前回のあらすじ】


 仮面男と化した大性郷。

 改造人間になることで復活したかつての英雄は、その身の中に戦闘マシーンとしての自分を隠していた。その巨体をバトルスーツで包み込み、ここに赤い仮面の戦士が復活する――。


「いや!! オチは!?」


 しかし、そんな闘争の戦士の変身を、キレたツッコミで黙り込ませる女エルフ。

 おかげでなんだかバトル展開から一転してのぐだぐだ空気。あわや、かつての恩人である大性郷と戦うことになるかという状況から、雑なギャグをなじる言い争いへと話は動いてしまうのだった。


 おそるべし女エルフ。

 バトル展開を止めるほどのツッコミ力。

 とまぁ、そういうのは置いておいて。


 そんなやりとりの最中、突然の轟音が女エルフ達が居る道路に響く。アスファルトの地面を破って現われたのは、少佐と共に行動していた機械蜘蛛。

 姿が見えないと思ったら、どうやら別行動で工作をしていたらしい。


 思わずできたこの一連の騒動からの脱出経路。一緒に来いという少佐の求めに応じて、女エルフたちは機械蜘蛛が開けた穴の中へと急いで飛び込むのだった。


 向かうは機械都市の地下に流れる大水脈。下水道の中。

 混線からの脱出経路としては、まずまずありがちな場所だった――。


◇ ◇ ◇ ◇


 女エルフ達が落下した下水道は、下水道とは名ばかり綺麗なモノだった。

 水は綺麗に澄んでおり、異臭もとくに漂ってこない。


 地下に流れる水脈が、得てして生活排水を流すモノだという認識は女エルフ達にもある。ここが下水道ということは想像できたが――。


「だぞ、上水道みたいなんだぞ」


「これ、普通に飲めるんじゃないですか?」


「排水と言ってもELFは有機生命体ではない。汚水はそれほど発生しない。それに、下水に流す前に一時的な濾過処理を施している。コーネリアさんが言った通り、普通に飲むことは可能だ」


「じゃぁ、なんでこんな風に下水を循環させているのよ」


 意味が分からない仕組みねと首をかしげる女エルフ。

 とはいえ下水道が綺麗で助かったのは間違いない。汚水にまみれての出口の見えない行軍なぞ、ほとほと疲れた身でやりたくはない。それでなくても、先ほどまで風呂に入ってさっぱりとしたばかりなのだ。


 ふぅとため息を吐く女エルフの前にゴムボートがやってくる。小型の機械蜘蛛に引かれたそれは、少佐達が手配したもののようだった。

 用意されたのは二隻。十分女エルフパーティが乗り込むことができる大きさだ。

 その一方を視線で指し示して少佐が頷く。


 乗れということだろう。


「悪いが一緒に行動できるのはここまでだ。私たちは、まだこの街でやらなくてはいけないことが残っている」


「大丈夫なの?」


「おそらくキングエルフ達がこの街を占領するだろう。その混乱の中で上手く立ち回るさ。なに、正面切っての行動よりも隠密行動の方がこの身体は得意だからな」


 そう言って不敵に笑う少佐。

 彼女がボートに乗るや、その前方に機械蜘蛛が回り込む。ボートに着いているロープを掴み上げた機械蜘蛛は、重低音と共に排気すると音を立てて下水をかき分けた。


 少しずつ、少佐を乗せたボートが動き出す。


「また会おう。次に会うときまで、どうか無事でいてくれ」


「……分かったわ。今は、何も聞かないで貴方を見送るわ」


「みんなも、どうか無事で。大丈夫だ、君たちなら神々のどんな悪辣な罠もきっと乗り越えることができる。そう信じているよ」


 機械蜘蛛に急かされて少佐が前を向く。名残惜しそうなその背中を眺めて、女エルフ達は彼女が下水道の闇の向こうに消えるのを見送った。

 入り組んでいるのだろう。すぐに彼女の姿は闇に消え、機械蜘蛛が水をかき分ける音も遠くなった。


 さて。


 残された女エルフ達は、自分たちのために用意されたボートに視線を向ける。


「乗れって言われたけれど、これ、いったいどうすればいいのかしら」


『最寄りの出口までご案内するようプログラムされています』


「うぉっ!? 喋った!?」


 ぴこぴこと喋る小型の機械蜘蛛。少佐と共にあった奴の三分の一くらいの背丈があるそれは、筒のような目玉をぎょろぎょろと動かす。

 まさか応答機能まであるとは思わなかった女エルフたちがぎょっとする中、早くしてくださいと機械蜘蛛が彼女達を急かした。


『逃げ込みましたが、いつ追跡をしかけられるか分かりません。脱出も、追跡を攪乱するために少し寄り道をさせてもらいますね』


「あ、結構これ頼りになる感じね」


『頼っていただいて構いませんよ。私も、ムラクモさまから信頼されて貴女方をお預かりしていますので。申し遅れました、私、機械蜘蛛ポクビッツと申します』


「……また絶妙に言いづらい名前を」


『もし勃チ○コマさんと呼び分けが難しいなら、ベビーとか子供とか前に付けて呼んでいただいてもかまいませんよ?』


「余計呼びづらいわ」


 小ボケを交えながらも、ここはもう黙って機械蜘蛛に従うしかないだろう。

 女修道士シスターやワンコ教授に目配せして同意を取ると、女エルフパーティは下水道に浮かぶゴムボートにひょいと飛び乗った。


 目指す所は分からない。ただ、あの少佐のことは女エルフ達ももう信頼している、そう変な所に通されるということはないだろう――。


「なんだか、思いがけず大変な目に会っちゃったわね」


「ですね。もう何がなんだか」


「一度状況を整理しましょう」


「だぞ、そう言えば、ティトの姿が見えないんだぞ。どうしたんだぞ?」


「そうよね、まずはそこから話さなくちゃいけないわよね……」


 さて、どうしようかしらとため息を吐く女エルフ。そのため息は、機械蜘蛛の立てる排気音と波音にかき消される。


 ゆるゆると下水道の流れの中を進み始めた女エルフ達。

 少佐が消えたのとは違う闇の中へと、彼女達は誘われるまま進んでいくのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「くそっ、あのエルフめ、言いたい放題いった挙げ句、さっさと逃げるとはなんと卑怯な奴!! やはり許せぬ――なんとかして正義の鉄槌を喰らわしてやりたい!!」


「もう!! ダメだよタケルくん、そんなこと言ったらこっちが悪者じゃないか!! というか、少し落ち着いてよ。ダメだよそんなんじゃ」


 煙幕を喰らって混乱していた大性郷。

 そんな彼に、煙幕が晴れるのを十分待ってから近づいたロ○コン。


 衝撃の再会と意味不明の改造人間への変身を経て、取り残された二人は女エルフと少佐が消えた戦場を眺めて肩を落とした。


 せっかく駆けつけたのに取り逃がしてしまったかという分かりやすい落胆。

 しかし、そんな彼らに近づく影がある。


「まぁ、ティト達は逃げたようだが、私たちはまだお前に用がある」


「へぇ。この大陸に来てから変なもんばっかり見るな。改造人間ね。面白そうじゃないのよ。どれくらい戦いに使えるんだか」


「セイソさん。そんなこと言っている場合ですか?」


 三方からその逃げ道を塞ぐように大性郷とロ○コンを囲んだのは二体の機械鎧と裸のエルフ。キングエルフ達が、今度は女エルフ達に代わって破壊神の使徒の前に現われるのだった。


 その鋼の仮面をキングエルフに向ける大性郷。

 抜き差しならないひりついた沈黙が辺りに満ちる。


「さて、話を聞かせて貰おうか。破壊神の手先どもよ。お前達は、いったいここに何をしに来たのか、そして何をしようとしているのか」


「……断る。貴様らに話すことなど何もない」


 言うが早いか、大性郷がキックを繰り出す。

 それに合わせて、キングエルフが拳を突き出す。

 肉と鋼、激しい音を打ち鳴らしてここに戦いのゴングが鳴る。


 女エルフと少佐が逃げ出し、回避されたかと思われた激突。しかし、彼女達と入れ代わってその戦いをキングエルフが受け継いだ。


「モーラたちと知り合いのようだが、この私には関係のないこと。容赦はせんぞ改造人間とやら!!」


「ふん!! 自信満々のようだが、生身の人間が改造人間に勝てると思っているのか!! その傲慢、へし折ってくれるわ!!」

 

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