第1036話 どエルフさんとウワキツモーラOP

【前回のあらすじ】


 ウワキツモーラスタンバイ。


 例によってウワキツ弄りが始まり、凹んだ素振りを見せた女エルフ。


 彼女だって年ごろの女性。

 キツいキツいと言われれば彼女の精神だってキツい。

 なにも、こんなことを好きでやっている訳ではないのだ。


 彼女の心の中にある悲しみの表面張力はすでにいっぱいいっぱいだった。


「私、もう、魔法少女やめる」


 その悲痛な呟きに、その場の全員が凍り付いた。

 一人でこの世界の闇と戦い続けたアラスリの心はとっくの昔に限界だったのだ。


 ここに膝を折ってしまうのか、魔法少女ウワキツモーラ。彼女の戦いは、ここに終わってしまうのか。世界の平和は、ここに破られるのか。

 そんな悲しみに暮れるエルフの頬を、そっと少女の手が撫でる。

 女エルフの事を心の底から信頼する少女の言葉が、枯れてしまった彼女の心を再び動かした。


「……お願い、ウワキツ・モーラ、私たちのために、歌って」


「……わかった、分かったわ!!」


 私、歌います!!


 そして、謎の絶唱回という名の――手抜き回がはじまるのだった。


 いや、違うんです。すみません本当に。


 あっちの原稿がちょっと押していて――!!(こんなん書いてる場合じゃない)


◆ ◆ ◆ ◆


「るんるんるるりら、魔法のパワーで変身、マジカルアンチエイジング♪」


「お見合い、同窓会、同僚の視線、全部倒すぜマジカルチェンジ♪」


「三十路女も少女に変身、バイタル良好、腰痛改善、低気圧も平気へっちゃら。ウワキツウワキツ、魔法少女ウワキツモーラTH!!」


 ノリノリで歌い出した。


 女エルフ。

 魔法少女に変身したかと思いきや、すぐさまステージに上って歌い出した。


 しかもいつもは渋るくせに今回はすこしもそんな素振りはない。


 全力全開。

 まさに絶唱状態の魔法少女ウワキツモーラ。

 いったい何が彼女をそこまでさせるのか。


 疑惑の眼差しが飛ぶ中、歌はイントロを終えてAメロに入る。


「捨てられた街の中、沈黙した時間の中、貴方と出会うその時をずっと待っていた」


 歌詞が違った。

 あきらかに歌詞が違った。


 サビの部分はめちゃくちゃポップでアホっぽいノリだったのに、Aメロに入ってから世界観が違った。


 最初の方は、なんていうか電波ソング、ニチ朝の少女向け番組をパロった感じだったのに、Aメロに入ってから水○御大とかが歌いそうな内容になった。


 本格魔法少女とか、変身美少女バトルアニメとか。

 そんな激アツの匂いがしてくる入りになった。


 なんぞこの歌詞の変化は。

 この時点で新女王が吹き出す。こういうお約束を小ずるく破ってくるネタに、彼女は弱かった。ぶっすり刺さってさっそくリタイアした。


 だがしかし、歌ネタは一度始まったら止めるのが難しい。

 歌が終わるまでは懲罰はちょっとタイム。


 引き続き、女エルフの歌が流れる。


「何も知らなかった私の、世界をその腕で広げて、まだ見ぬ景色を見せてくれた」


 なかなかファンタジーらしい歌詞だった。

 これはもしかして、男騎士との出会いを言っているのかなと、ふと女修道士シスターとワンコ教授が顔をしかめる。

 一方で、男騎士はほうという顔をするばかりだ。


 ここでBメロ。ちょっと曲調が変わる。


「どんな困難も、どんな試練も、貴方とならば戦える。貴方は最高のパートナー。そんな貴方の隣に立てる、強い自分に私はなりたい」


 そして歌詞もなんかムーディな感じのに変わる。

 それまでなんていうか、冒険の始まり的な感じだったのに、一気にラブソングの濃度が高くなる。


 これには男騎士もたまらずにっこり。

 笑いは笑いでも、はにかむような笑顔を浮かべてしまった。


 地味にここまで懲罰部隊を回避してきた男騎士にアウトの宣言が出る。


 だが、まだまだ。

 まだこの歌地獄は終わらない。


 Cメロ。歌はサビ前のまたしてもテンポチェンジに入る。


「高鳴る鼓動、渇く喉、汗ばむ肌は熱中症。クラクラと朦朧、ハァハァと焦燥、動かぬ身体は三百歳」


 そしてまた一気にコメディ調が高くなる。

 せっかく良い感じにファンタジーな歌い出しだったのに、カッコいい魔法少女アニメのオープニングっぽく戻したのに全て台無し。

 またトンチキの匂いが歌から漂いはじめた。


 加齢による諸症状ではないかと堪えきれない感じに女修道士が下を向く。

 ぷるぷると肩をふるわせているが、ギリギリまだ吹き出してはいない。アウトカウントが響くことはなかった。


 だが、それも時間の問題――。


「なんとかして、魔法のポーション――ヨウメイシュ!!」


「ブフゥーッ!!」


【酒 ヨウメイシュ: ちょっと年齢的に身体が疲れやすくなった人によく効くポーション。大人気で多くの中年冒険者に愛飲されている。愛され続けて半世紀。これからもよろしくお願いしますなお酒だ。なお、ステータス的にはそれほど効果はない。ちょっとHPの回復量が多いかなくらいのアイテムである。けど、飲めばルンルン、元気いっぱいである】


「ヨウメイシュで変身する魔法少女はだめですよ!!」


 いつもはボケ担当の女修道士シスターが堪えきれずの大爆笑。

 あはあはははとお腹を大きく震わせて彼女はその場に倒れ込んだ。倒れながらもまだ笑いは止まらない。どうやらツボったらしい。


 同じく、新女王と男騎士も笑いこける。

 なかなか今回のネタは鋭い。いつもはしぶしぶやっていて、弄られて面白みを出す女エルフが、全力で笑わせに来ている。ネタをやる時には、そういう気負いが前に出すぎて、滑り気味な所があるのだが、今回はそれがなかった。


 完全に周りを巻き込んで『魔法少女ウワキツモーラ』のオープニングという歌ネタを自分のモノに昇華している。


 そして再び、歌は冒頭のサビへ――。


「まさか、モーラさんがここまでやるとは」


「すごいですね。いつもはボケはボケても誘いボケなので、自分から仕掛けてくることはありませんでしたけれど。ネタがハマるとここまで化けるとは」


「お義姉ねえさま、もう、もうやめてください。エリィの腹筋は、もう限界です。勘弁してください……」


 サビを歌いきり、ほっとした顔をする男騎士達。

 そこに――。


「ステンバーイ!!」


「「「ホゲェーッ!!」」」


 クソダサ合いの手が入ってまた吹き出す。


 女エルフ。

 サビにちょっとアレンジを加えてきた。


 スタンバイ。


 サビを歌いきった所に、そんな言葉を入れられれば、誰だって吹き出してしまう。

 いや、それはかっこいい曲のかっこいいサビを歌いきった後に、そういうのが入れば盛り上がるが――。


 こんな電波ソング崩れでは逆効果。

 笑いしか呼ばないのであった。


 かくして男騎士達、その場に笑い転げる。ますます盛り上がる女エルフ達は、メロを終えて二番目に入るのだった。


 死屍累々。


「だぞー!! かっこいいんだぞモーラ!! いいぞいいぞなんだぞー!!」


 ただ一人、純粋に『魔法少女ウワキツモーラ』のオープニングを楽しんでいるワンコ教授だけが、女エルフの踊るステージに手を振っていた。

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