第999話 どヨシヲさんと出番
【前回のあらすじ】
突然の店主襲来と共に始まった謎のお笑い耐久レース。
女エルフ達を次々にパッション店主のすべり芸が襲う。襲うけれども、そこは幾多の辛い旅路を経験してきた女エルフ。笑いの神に愛されたような旅路を経て、彼らの腹筋はバッキバッキに仕上がっていた。
パッション店主なにするものぞ。一笑もせずにやり過ごす。
逆に、ツッコミを入れまくって伊達にして帰す。
女エルフ強し。
流石は常日頃から弄られているだけはある。
腹筋だけではない。数々の弄り芸に晒された彼女の表情筋は、とうの昔にその機能を失っていたのだった。女エルフの般若の顔の奥にあるのは、ただただ下ネタで弄られる自分に対する憤りの感情だけなのであった。
「いや、流石にそんなことはないわい。私も笑う時には笑うわい」
とまぁ、そんな流れでパッション店主を撃退した女エルフたち。次に彼らを待ち受けていたのは、これまた知り合い。
髪を下ろし、海パン一丁になり、やぶれかぶれなギャグを繰り出すそいつは、久しぶりに登場したブルーディスティニー○島ヨシヲ。
はたして、彼はいったいどんなギャグを繰り出してくるのだろうか――。
◇ ◇ ◇ ◇
アップテンポな曲が場に流れはじめる。
前振りも無しに始まったそれに従ってヨシヲが身体を揺らす。クラウチングスタートの様な体勢から、徐々に尻を上げていった彼は、曲の序奏が終わると同時に飛び上がって、また意味の分からない奇声を上げた。
これは間違いない。
間違いなくあの芸である。
二本連続、勢いで客を笑わせるタイプの芸人の登場である。
番組によっては放送事故。
この手の色物芸は、正統派やちょっと癖のある漫才を見た後に、頭を白紙化するのには持って来いだが、そうぽんぽんと出すモノじゃない。確かに面白いことは間違いないけれど、二本連続でやってもその効果は薄くなる。
分かっているのだろうか。
そのことを、男ダークエルフは分かっているのだろうか。
演じる順番の設定が悪い。
そう怒ってひっぱたきそうになる女エルフをまた
そうこうしているうちに、ヨシヲは芸を開始した。
「異世界からぁ~、転生してきたぁ~、救世の勇者ぁ~」
「うわぁあ……この独特の間を取った歌い方……」
「なんでしょうか、見ているこっちを不安にさせるというか、絶妙にイライラさせるというか」
「だぞ。そもそもヨシヲはなんで裸なんだぞ。寒くないのかだぞ」
「ケティさん、見ちゃダメですよ。さっ、私と一緒にちょっと離れていましょう」
子供に悪影響があるタイプの芸。
新女王がすかさずワンコ教授の目を塞ぎヨシヲの前から隔離する。なにするんだぞともごもごと口を動かすワンコ教授だが、抵抗の甲斐もなくずるずると後方に。
残された女エルフと
それは絶妙に人の心をいらつかせる、そして行動不能にする踊りだった。
技とか魔法ではないのだけれど、とにかく人の心をぐちゃぐちゃにかき乱す、不思議な踊りだった。そして、不穏な歌詞だった。
「みんなぁ~、俺のぉ~、活躍に注目ぅ~、頼れるぅ~、時代のぉ~、スーパーヒーロォ~」
「……なにをふざけたことを言っているのやら」
「ある意味ではいつものヨシヲさんらしいですけれどね」
「けど、そんなの」
待てい。
女エルフと女修道士がヨシヲ止めた。
まさかこのタイミングで、そのギャグを挟んでくるとはおもっていなかったので、半分くらい言わせてからになったが慌ててそれを口の中に押し戻した。
許可も取ってないのに他人のネタやるのよくない。
いやけど、単純な台詞だけなので、一意にそのネタだと断定することは出来ないんじゃないのか。そして流れ的にも元ネタとは違う感じだったので、やっぱり実は違うんじゃないのか。
そんなことも思ったが、やっぱり格好と名前でほぼパクりが確定している。
女エルフたちは反射的にヨシヲのことを止めていた。
止めた上で、どういうつもりだと彼にそのギャグの意図を問いただした。
「なんなの!? これ、そのギャグを言う流れじゃなかったよね!?」
「そうですよヨシヲさん!! 自分に対して否定的な世間の流れや評価なんかを述べた上で、その台詞を言うからギャグとして成立するんです!! なのに、嘘八百を並べて言ったらギャグじゃなくなりますよ!!」
「ただの卑屈で騒がしいバカになっちゃってたわよ!!」
「そうだよバカだよ!!」
「「だからそれは違うギャグだ!!」」
その時、ヨシヲの目から涙がほとばしった。いつだって自信満々、根拠のない自己肯定感で溢れかえっている男が、どうして今日は涙もろかった。
うあんうぁんという激しい嗚咽が熱帯密林都市に木霊する。
いい歳をしたおっさんの泣き声など、聞いていて耳に嬉しいモノではなかったけれど、聞かないわけにはいかなかった。ここでヨシヲ見捨てるわけにはいかなかった。
知らない仲ではない。共に世界を救った仲なのだ。
それでなくても彼のギャグを途中で止めた責任があった。
もはやギャグで笑うどころの話ではない。事態は大惨事というか、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「分かっていたんだ!! 俺だって!! 俺だってもう、自分が異世界から転生してきた勇者じゃないって、そんなのとっくの昔に気づいていたんだ!!」
「いまらさ!?」
「もうとっくの前に自分の中でその話は整理されているものかと。むしろ、本気で勇者とか思っていたのが驚きなんですが」
「本気も本気だ!! 俺はいつだって、異世界から転生してきた男のつもりだったんだよ!! けど、いつまでたっても前世の記憶は戻って来ない!! 特殊な能力は発動しない!! 運命の女とも出会わないし、宿敵が時空を越えて現われる事もないんだ!! 転生させてくれた女神だって、顔も分からない!!」
俺はやっぱり偽物の勇者なんだよ、そんなの関係ないなんて言えないんだ――。
悲しいヨシヲの独白が虚しく都市の暗い天井にしみこむ。
間違いなく時代を担う英雄。男騎士パーティの次に、最もこの世界で人々の希望のために動いているはずの男。その男が漏らした悲しいまでの真実。
どれだけ欲しても、どれだけ戦っても、自分は偽物なのだ。
そんな思いが、今、一人の英雄を苛んでいたのだ。
そして――。
「いや、だからいまさら!? 思い込みで転生者名乗ってる時点で、ギャグ以外の何者でもないじゃないの!!」
「嘆く所がサイコパス過ぎますよ、ヨシヲさん!!」
どう考えても彼の苦悩は、
久しぶりに出て来たというのにヨシヲ、相変わらずなこの中二ぶりである。
流石だなどヨシヲさん、さすがだ。
「いっそ俺を、俺を殺してくれ……!!」
「もう既にこっちとしてはアホなこと言うお前をぶっ飛ばしてやりたいわよ!!」
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