第998話 どエルフさんと滑り芸の大安売り

【前回のあらすじ】


 突如始まる異世界オンエアバトル。

 絶対に笑ってはいけない秘密戦隊こと潜入任務の開始に際して、男騎士達の笑いへの耐久度をチェックするためネタ見せが始まった。

 しかしながら、これがなかなかの地獄絵図。


 トップバッターで出て来たのは、どこかで見たことある男。


「「「「て、店主!!」」」」


「どうも、パッション店主です。皆さん、元気にしていらっしゃいますか」


 男騎士達のいきつけの道具屋の店主うり二つのそいつは、パッションの名に違うトンチキぶり。胸も叩かないし叫びもしない、オチもヤマもなく呟き続けてオーディエンスからのツッコミを待つという、典型的な弄り芸を披露したのだった。


 この芸風はパッションではない。

 どちらかというと、つぶ○き、スマイ○ー、ユリ○カあたりのノリ。

 そして、そういう鋭く知的なノリで笑いを引き起こすのは、芸人として確かな技量が必要になってくる。それこそ、中途半端にやってしまえば、芸人気取りの若者に、雑に弄られること必至――。


「おい、誰が芸人気取りだって。おい」


 三百歳芸で一世を風靡しているエルフじゃなかったんですか、モーラさん。


 という訳で、笑いはしないがツッコミは入れる。これは頼もしいぞ、潜入捜査で無双出来るぞな空気びんびん。思いがけない才能を女エルフが垣間見せつつ、まだまだ続くよお笑い耐久試験。はたして、どんな奴らが男騎士達を襲うのか。


 今週もどエルフさんはじまります。


◇ ◇ ◇ ◇


 その後もパッション店主は滑り倒した。

 これでもかこれでもかと滑り倒した。パッ○ョンも時々滑るキャラだったけれど、それの比じゃないくらいに滑り倒した。むしろこれはパッ○ョンじゃなくてダ○ディのパロディなんじゃないかというくらい滑り倒した。


 滑りすぎてなんていうかもう哀れなくらいに滑った。

 女エルフにツッコミを入れられるのが気の毒になるほど滑った。


 周りは気の毒に思うのだけれど、やられている本人は満更でもない感じだった。

 むしろ喜びを見出していた。


 汚い言葉ではないが、鋭くギャグを切り裂く女エルフの言葉に、少なからず店主は興奮を見出しているようだった。そして、女エルフも薄々、こいつ端からウケるつもりなくてやっているなとは気づいていた。


 パッション店主は人の手を借りて自分の身体を痛めつけていた。

 そういう意味ではパッ○ョンの芸風ではあった。

 けれどどちらかというと、オー○リー的な笑いのメソッドであった。


 ツッコミで客が笑うタイプの芸。

 だから、ツッコンでる人は普通に笑えない。


 無慈悲な笑いのロジックがそこに炸裂していた。


「そこまで!! パッション店主ゼロキロバトル!! お見事ですモーラさん!!」


「なにがお見事なのかと。というか、こんなん笑うわけないでしょ。ツッコミ入れるのに精一杯だったわよ」


「ハァハァ……もっと、モーラさん……もっと激しい言葉を」


「えぇい、普通に気持ち悪いわ!! さっさと奥に引っ込め!!」


 女エルフに追い払われて、すごすごと舞台袖に引っ込むパッション店主。

 去り際、静かに見せたその横顔は法悦に染まっており、女エルフにおもわず魔法杖を握り込ませた。それは中央大陸を離れてから久しぶりに感じる怒りだった。


 どうどうと女修道士シスターに抑え込まれて引き下がった女エルフ。

 まったくなんなのよとごちる彼女に、男ダークエルフが視線を向ける。


「こんな感じで、これから四人のこちらが用意した芸人のネタに皆さんには耐えていただきます。笑った所でケツバットの刑はありませんが、そのたびに自分のケツが腫れ上がっていたかもしれないと、ケツが熱くなる思いをしてください」


「なによケツが熱くなるって」


「タマがヒュンとなる感覚という奴ですね。女の私たちにはいまいちピンとこない喩えですが、まぁ、分からないでもないですね」


「だぞ? タマってなんのことなんだぞ?」


「ケティさん、ボールが顔に向かって飛んできてギリギリ避けた時の、よかった大丈夫だったって感じですよ。そういうことにしておきましょう」


 女達にはわかりにくい喩えはさておき、なるほど主旨は理解できた。

 これから出てくる芸人達を眉一つ動かさずスルーすればいいのだろう。あるいは、女エルフのようにツッコミを入れて笑いを殺すか。なんにしても、不用意に笑わなければいいだけのこと。


 男騎士達と旅をし出してからというもの、弄られに弄られて並大抵のことでは笑わないというか、ツッコミのポジションを譲らない女エルフには、この程度の試練などどうということはなかった。

 むしろ生ぬるいくらいであった。


「というか笑えないわよこんな弄り芸。もうちょっと上品で知的な笑いで攻めてきてくれないと。弄られる方も覚悟を持ってやっているのは分かるけれど、そういう自分を貶めるような笑いって、私、いまいち好きになれないわ」


「いつも弄られているから」


「いつも弄られているからなんだぞ」


「いつも弄って欲しそうにしているのに」


「自分と重ねてるわけじゃないわよ!! そういう嗜好なの!!」


 そんな訳なかった。がっつり重ねていた。

 自分の置かれている立場や境遇的に、そういう誰かが笑われているのを笑うという行為が、女エルフ的にはできなかったのだ。


 他の者達も同じだ。

 大真面目にボケることや弄りに加わることはあっても、それを笑うようなことはしない。男騎士パーティは、常に女エルフという絶好の弄られ芸人を抱えて旅をする一団である。笑うという行為に対して、並々ならぬこだわりがあったのだ。


「それよりも、私が気になるのは芸人の方よ。なんで店主がここに居るの……」


「さぁ、では、次の芸人に参りましょう。エントリーナンバー二番は、超エリート貴族のくせにどうしてこんなことをするのか、謎で仕方がないあの人。明晰な頭脳の無駄遣い。バカというか、中二病に知能を与えてはいけなかったのだ――」


「聞きなさいよ!!」


 女エルフを無視して試練を進行する男ダークエルフ。

 再びステージの底が開いたと思えば、そこから人影が現われる。


 今度は少し身長は高め。鍛えられた肉体に、爽やかな髪型をしている。

 ちょっと見ただけでは芸人だとは思えない、甘いマスクに爽やかな雰囲気に一同どよめく。


 こんな奴、私たちの知り合いにいただろうか。

 明らかに男騎士より主人公顔しているじゃないのよ。


 どれだけ記憶をたぐっても、このおとぼけ小説にイケメンが出て来た記憶なんてそんなにない。頭の中に、そのイケメンに符合する人物がいない。

 けれどもなんだ、何が気になる、何かがひっかかっている。


 下ろされた前髪。

 煌めく健康的な肌。

 盛り上がった筋肉。


 そして――ショッキングなまでにブルーな海水パンツ。


 なぜかパンツ一丁で出て来たその男を前に、一瞬フリーズする女エルフたち。その一瞬の隙を突くように、男が雄叫びをあげた。


「ピピピ、ピーーーーーア!!」


「異世界からやって来た海パン芸人!! ブルーディスティニー○島ヨシヲ!!」


「「「「いや、ヨシヲだけれども!!」」」だぞ!!」


 男はヨシヲだった。

 久しぶりの登場、ブルーディスティニーヨシヲだった。

 いつもしているバンダナを外しているので、すっかりと女エルフたちには分からないのだった。

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