第959話 ど男騎士さんと冥府神

【前回のあらすじ】


 セントラルドグマを抜けて冥府の底にたどり着けば、そこは島だった。

 打ち寄せる波。黄色い砂浜。暗い空。そして燃える炎を抱えて佇む森。

 異様な場所に一人降り立った男騎士が息をのむ。はたして、ここが本当に冥府の底だというのだろうか。


 ふくらはぎに打ちかかる波しぶきに急かされるように歩き出した男騎士。

 広葉樹の森を進めば、徐々に森の中に揺れている灯へと近づいていく。木々を優に越える柱から発されるそれ。近づくにつれて、それが人為的に作られた光源――キャンプファイヤーであることに男騎士は気がついた。


 まさか冥府の底に文明があるというのか。


 そのとき、男騎士はついにその炎の柱が揺れる、大きな広場へとたどり着いた。はたしてそこで彼が見たのは――。


 ブルマ!! ブルマ姿の大勢の人の影!!

 ブルマ!! 女エルフ三百歳のブルマ姿!!


 ウワキツ!!


「誰がウワキツじゃい!! サービス回じゃないのよ!! もっと喜びなさいよ!! というか、そんな扱いなら最初からさせるな!!」


 自称ヒロインの女エルフが何か申しておりますが。


「誰が自称ヒロインじゃ!! 最初から最後までヒロインじゃい!!」


 なんにしても男騎士を待っていたのは、言葉を失うような壮絶な光景であった。

 はたして、ここは地獄かそれとも墓場か。


 冥府とはいったい――。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞ、ようやくティトが来たんだぞ。遅いんだぞ」


「ティトさん急いでください!! 妖怪運動会アームレスリング男子の部がもうすぐ始まります!! でえだらぼっちと戦えるのはティトさんしか居ません!!」


「こちらはどエルフがだらしないせいで大きく負け越しています。パートナーの恥を雪ぐためにも、ここは頑張りどころですよ」


「ケティさん、エリザベート王女、そしてリーケットさん」


 皆ブルマが似合っているなという言葉を男騎士は飲み込んだ。


 それを言うと、女エルフがまるで似合ってないみたいに聞こえそうなのでやめておいた。どういう意味だと、せっかく生き返ったのにまた火炎魔法を打ち込んできそうなので、そこは男騎士も思いとどまった。


 しかしながら、なんでそっちはちょっと嬉しそうなんだよと、反応だけでいちゃもんをつけてきた。もうどうしようもなかった。どう言っても、もはや地獄。三百歳女エルフがブルマなんていう格好をしてきた時点で状況としては詰んでいた。


 ともかく。


 ようやく男騎士はパーティメンバーに合流した。

 さらにそこに少し遅れて、魔性少年とデビちゃんも合流する。


「……コウイチくん、君もブルマなんだな」


「……やめてくださいティトさん。僕は今、自分のことを女だと思ってやり過ごしているんですから。ほんと、勘弁してください」


「ゲソゲソ!! 似合ってるじゃなイカ、コウイチ!!」


 顔を赤らめてそっぽを向く魔性少年。

 女エルフよりもその素振りは画になった。

 思わず男騎士がその姿を女エルフと見比べたのもしかたないし、それを見た女エルフが男騎士をどつくのも仕方なかった。


 とんちきはこれくらいにして、男騎士がどういう状況なんだと女エルフに尋ねる。一足先にここに合流していた彼女は渋面を作るとこれまでの経緯を説明した。


「いやね、みんなバラバラにこの島に降りてきたのよ。それで、そこのキャンプファイヤーの光に連れられて集まってきたんだけれど、そしたらなんか運動会をしていてね。アンタ達もやりなさいって無理矢理これに着替えさせられて」


「無理矢理という割にはノリノリのように見えるが?」


「誰がノリノリよ嫌に決まってるでしょこんな大人げない格好!! 私だって、できるもんなら芋くさい服装がよかったわよ!!」


「……まぁ、モーラさんの複雑な乙女ウワキツ心は置いておいて」


「おいコラ待て、誰が乙女ウワキツ心じゃ」


「それでみんなでこんなことを? いくらなんでも状況に流され過ぎじゃないか。俺たちは冥府神に謁見に来ているという目的を忘れて貰っては困る。もっとしっかりしてくれよ、頼むから」


 男騎士にしては珍しく正論を言った。たしかに、幾ら混ざれと言われたにしても、いきなりこんな訳の分からない催しに参加するのはおかしな話だ。

 それでなくても、もっと旅の目的を意識した方が良い。


 ごもっとも。男騎士の指摘はごもっともだった。


 しかし――。


「いや、アレを見ても同じことが言える?」


「うん? アレとは?」


 女エルフが指差す方に男騎士は顔を向ける。鼻先の向こうに見えたのは、優勝賞品と書かれた看板。そしてその横にある緋色をした台座。

 台座の上にはさらに光輝く棒が据えられている。


 その煌めく刀身に男騎士は見覚えがあった。


「た、助けてくれティト!! モーラちゃん!!」


「……エロス。どうなっているんだ、アレは」


「いや、なんか、ここに来たら既に賞品になっていて。むしろこっちが聞きたいというか、なんというか」


「だぞ。賞品にされちゃってたんだぞ」


「まぁ、魔剣ですからね。エロスさんってあれでも」


 台座の上に置かれていたのは男騎士の愛剣――魔剣エロス。助けてくれと情けない泣き声を上げる彼を、流石の男騎士も放っておくことはできない。

 となると、自分も着るしかないのかとまたしても女エルフを見る。


 その時、ホーッホッホッと甲高い笑い声が地獄の底に響き渡った。

 なんだ誰だと男騎士が辺りを見れば、紺色のブルマを穿いた一団の中からそいつは突然姿を現す。


 漆黒の髪が詰め込まれた頭部のストッキング。

 胸に輝くニップレス。

 そして局部を隠す前張り。


 そう、そいつは間違いない。


「局部隠して、顔も隠す!! 愛と正義と健康の使者!! おヘルス仮面!! 妖怪大運動会にも参上ですわよ!!」


「「「「「シコりん!!」」」」」


「ティトさん、そしてモーラさん!! ケティさんにエリィさん、そしてリーケット!! よくここまでたどり着きました!! さぁ、ここが冥府の最奥!! 毎日が運動会の妖怪墓場!! 健康はいい運動から!! 地獄巡りで溜まったいろんなものをここでデトックス!! みんなでいろんな汁をかきましょう!!」


「「「「「かかないよ!!」」」」」


 男騎士達が冥府の底に追い求めた人物。

 この旅の目的にして終着点。


 男騎士を助けたばかりに命を失った仲間。

 女修道士シスターに間違いなかった。


 発言的に。


「たっぷり出しましょう!! (塩分濃度が)濃いのを出しましょう!! 恥ずかしがることはありません、これはただのスポーツですから!!」


「「「「「そんな格好で言われても説得力ない!!」」」」」


 そして格好的にも。

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