第960話 男騎士と悪魔神と冥府神

【前回のあらすじ】


 地獄の底の大運動会。

 そこにしれっと参加していた女エルフたち。

 魔剣を賞品として人質に取られてしまってはしかたない。これは俺もブルマになるしかないのかと、男騎士は生唾を飲み込んだ。


 しかしながら、そんな誰得のサービス展開はない。


「局部隠して、顔も隠す!! 愛と正義と健康の使者!! おヘルス仮面!! 妖怪大運動会にも参上ですわよ!!」


「「「「「シコりん!!」」」」」


 代わりに出てきた女修道士シスター

 この旅の目的にして、死んでしまった彼女は――例によってパンストで顔を隠してはっちゃけた姿になっていた。


◇ ◇ ◇ ◇


「いや、というかそういうのいいから!! もう試練は終わったんでしょう!! ならもう別にいいじゃない!! ほら、帰るわよコーネリア!!」


「えぇ、ノリが悪いですねモーラさん。一緒に棒倒しとかしましょうよ。太くて大きい棒を二人がかりで倒しましょうよ。棒の扱いは得意ですよねモーラさん?」


「得意じゃないわい!! 何を申すか、このセクハラ女修道士シスター!!」


「……まぁ。それじゃいつも魔法の時に使っているそれは棒じゃないと?」


「そっちかい!!」


「……そっちかいとは? まさか、いつも弄っている違う棒が?」


「傷を抉るな!! あぁもう、この感じ!! 懐かしいなぁ、もう!!」


 ツッコミを入れに走った女エルフ。パンストを無理矢理ひっぱって女修道士シスターの顔から引き剥がすと、彼女はぺしりとその頭を叩く。

 黒色の髪がはらりとはだけて垂れ下がる。長い髪の合間に、きらりと光るしいたけおめめが見開かれたと思うと、たははと女エルフの前の女は笑った。


 間違いない。

 女修道士シスターだ。

 仮面の下も女修道士に間違いなかった。


 うるりと女エルフの瞳の端に涙が浮かんだかと思えば、次の瞬間には女修道士シスターに縋り付く。まるでどちらが死んでいたのかというくらいに、おぉんおぉんと嗚咽を上げて、彼女は目の前の友人を抱きしめた。


 まぁまぁと女エルフをなだめすかす女修道士シスター

 これもまた、いつもの通りというか、彼女達のお決まりのやりとりである。


 いつだって、女エルフに対して頼れる姉のように振る舞うのが彼女だ。

 けれども今日ばかりは、彼女の目の端に光るものが走っていた。

 ぐすりと鼻を鳴らせばそれは紅潮した頬を滑り落ちる。


「だぞぉ!! コーネリア!」


「コーネリアさん!!」


 次いで女修道士シスターに抱きついたのはワンコ教授と新女王。暗黒大陸との決戦前から共に旅をしてきた二人は、彼女との無事の再会を泣いて喜んだ。


 女エルフと同じく、彼女の身体は生身である。意図してか、それとも偶然か、むき出しになった裸体が女エルフ達に彼女が蘇ったことを実感させてくれた。

 泣いてその身体にすがる女エルフ達をまとめて抱きしめる女修道士シスター。慈母のようなその光景にしばし男騎士が見入る。その横で、おそらく彼らとは違う意味で、彼女との再会を望んでいた女が前に出た。


「……コーネリア姉さま」


「……リーケット。ここまで、モーラさんたちをよくぞ守ってくれました。そして、私のような不肖の姉のためにここまでしてくれたこと。私は、本当に嬉しく思いますよ。ありがとう」


「やめてください。コーネリア姉さまは、私にとっても大切な家族なのですから。旅の仲間のモーラさん達とは、想いが違います」


 それでも、私も……。


 そう言って口ごもった法王ポープに、こちらに来てと女修道士シスターが微笑みかける。その職責かあるいはこれまでの関係からか、一瞬戸惑った表情を見せたが、法王は何も言わずに女修道士――大切な姉へと駆け寄るのだった。


 わんわんと泣きくれる女エルフ達。


 ここに黄泉下りの儀式は無事に完結した。


「やぁやぁ、君たちがおヘルス仮面の仲間かい? 仲が良いんだねぇ。麗しい女の友情って奴かな、ケッコウケッコウ!」


「……貴方は?」


 男騎士の隣に突然現われたのはベレー帽を被った小人。


 にこにこと笑うその顔には人の良さが滲み出ている。おやこりゃ失礼と言って彼は頭の帽子を取ると脇に抱えた。


「私の名前は悪魔神ナッガイ。こと悪魔に関しては、冥府神どのより私の方が通じていてね。そういうつながりもあって、ここ冥府に間借りしているんだよ」


「……悪魔神ナッガイどの」


「他にもいろいろあるんだけれどね。そこのむっちりちゃんにスケベな衣装を貸したり。いやぁー、いい身体してるねあの娘。ゲルシーさんが立場上渋っているのもあったけれども、思わず力を貸してしまった。あのプリッとしたお尻が実にいい」


「でしょう。シコりんはうちの自慢の支援職ですから」


 まるでもう一人の支援職は自慢じゃないみたいな言い草だ。

 いつもならここで女エルフが飛んでくるのだが――まぁ、感動の再会とあってはそうはいかない。聞こえているのかいないのか定かではないが、女エルフが男騎士の方を振り返ることはなかった。


 女エルフがやって来ないのを確認して、男騎士がふむと首をかしげる。

 視線はもちろん、彼に挨拶をしてくれた悪魔神に向かっていた。


「お初にお目にかかる。ティトというしがない冒険者だ。えっと、ここには冥府神どのはいらっしゃらないということなのか? 悪魔神ナッガイどの?」


「いや、居ますよ。居るんだけれどもね。なにぶんこれまで長年働きづめで、ちょっと冥府神さまはお疲れでね。今はお休みになられているんだ」


「お休みに?」


「まぁ、君たちが到着したから、そろそろ起きてくるだろう――おぉい、お三方。そろそろゲルシーさんを起こしてあげてよ。お客さんだよ」


 そう声をかければ、ゆらりと幽霊の中から三つの影が揺れる。


 三匹の鬼。

 真面目そうなのと、どこか気の抜けた暗い顔のと、底抜けに明るそうなのが、ひょこひょこと前に出てくる。

 どうもどうもと男騎士に挨拶をして、少々お待ちくださいねと底抜けに明るそうなのが言うと、再び彼らは幽霊たちの群れの中へと戻っていった。


 彼らはなんなのだろうか。

 男騎士が疑問に思う前でニコニコと悪魔神が微笑む。


「彼らもね私と同じで神さまなんですよ」


「いろいろな神様がいるんですね?」


「それはもちろん。人の思いの数や希望の数だけ神は居るからね。とはいえ、冥府神さまたちのような世界に影響を与える強大な力を持った神はそうそう居ませんね」


「力の差があるのですか? 神の間にも?」


「というよりも信仰の差というものかな。やはりね、黎明期より信じられている神というのには、後続の私たちでは敵わない信仰の重みがありますよ。この世界の七柱は世界誕生のその時から、この世界にあり続ける存在ですからね」


 そんなものなのか。

 なんとなく悪魔神の言葉を受け止める男騎士。


 彼が生まれる前から、確かに七つの神々は人々によってあがめられていた。

 自身も時にその神に祈ったことがあった。


 冥府神ゲルシー。人の死後の安寧を司り、再生をもたらす神。不可思議の領域を統べて人を護り、時に不可思議と交信を行うとされる神秘をもたらすもの。

 はたしてどんな禍々しい男が出てくるのか――。


「ほら、先生起きてください!! 仕事の時間ですよ!!」


「……眠いのは分かりますが起きてください」


「頼みますよぉ!! ほらぁ!! しっかりしてくださぁい!!」


「……なんだい皆さん、そんな雁首揃えて。飯の時間かい?」


「「「お客さまですよ!!」」」


 と思ったら、コミカルな声が男騎士の耳に届く。

 次いで「そんなの適当に追い払えばいいでしょう。ワシはいま休んでいるんですから」などと、とぼけた返事まで聞こえてくる。


 これは大丈夫だろうか。

 違う意味で、とんでもない神の所に来てしまったんじゃないか。

 思わず男騎士の顔が青ざめる。


「ほら!! 先生!! 待ってらっしゃいますから!!」


「……これ終わったらいくらでも寝てていいですから」


「もぉ、しっかりしてくださいよぉ!!」


 三柱の鬼神に引っ張られて出てきた冥府神。はたして、人の死を司る神は。


「……やぁやぁ、どうもどうも。遠いところをよく来なさった。私が、ここの墓場を取り仕切っている冥府神ゲルシーです。よろしくどうぞ」


 よれよれの軍服にひげまみれ、日に焼けたいかにも弱そうな男であった。

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