第958話 ど男騎士さんと冥府大運動会

【前回のあらすじ】


 セントラルドグマを経由して、次々と冥府の底へと至る男騎士とその仲間達。

 壁の魔法騎士をしんがりに、最後に残った男騎士と女エルフ。彼女は人目を気にしながら男騎士に先ほどの話――生き返ってからの違和感について尋ねた。


 大神バブルスとの会話は秘匿するべき事項である。

 男騎士と違って、七つの神々からも警戒されているだろう女エルフに、会話の内容を開示することはできない。

 どうすると戦慄する男騎士だが、そんな彼に女エルフは優しく微笑んだ。


「なにか、話せない内容なのよね? 私にも隠さなくちゃいけないような?」


「……あ、あぁ」


「そう。だったら私も深く聞かないわ。話すべき時が来たなら、その時にでも話してちょうだい。私はそれで構わないから」


 時に男と女の仲にも、そしてパートナーの仲にも、秘密というのは必要だ。

 長年連れ添った二人にはその必要性がよく分かっていた。


 男騎士の最大の理解者である女エルフは、そんな優しい秘密の空気を感じて男騎士をそれとなくフォローするのだった。


「どやー!! モーラさんええ女やろー? 男を立てる女の鏡やろー?」


 そういうこと言わなければ美談なのにね。

 ほんと、こんな所までスケベ根性が出てくるとは浅ましい。


 流石だなどエルフさん、さすがだ。


「なんでよ!! たまにはいい女ムーブしたんだから褒められてもいいじゃない!!  ヒロインじゃない私!! なんでそうなるのよ!!」


 まぁ、こんなあからさまないい女アピールをする女エルフはさておき。物語はついに第八部の終焉――ゲルシーが待つ冥府の底へと向かいます。

 はたして女修道士シスターは復活できるのか。

 そして、男騎士は神殺しの許可を得られるのか。


 今週もどエルフさんはじまります。


◇ ◇ ◇ ◇


 冥府の底へと通じるセントラルドグマ。

 底も見えぬ闇の中に飛び込むとあって、はたしてどれだけ落下するだろうかと身構えた男騎士だが、意外にもすぐに彼は地面に着地した。


 ざりざりと砂を踏む音が昇る。

 湿っぽさを感じるそれに、どうやら浜辺のような場所に降り立ったようだと男騎士が視線を上げる。目の前に広がるのは暗い海。茶褐色の浜辺。そして、その向こうに続く鬱蒼と茂った森。


 想像した通り、男騎士が立っているそこは島の浜辺。

 ただ右を見ても左を見ても、延々と続く海岸線は異様以外の何物でもない。

 日が沈んだのとも日の出前とも違う空の暗さ。


 男騎士の心臓が不安と共に高鳴る。

 なるほどここが冥府の底か。


 ふと、その時、彼は自分の身体に色が戻っていることに気がつく。

 冥府神の権能ということだろうか。魂だけの存在だったはずの男騎士は、この時、失った身体を気がつかないうちに取り戻していた。


 ふくらはぎに冷たい海水がかかる。

 打ち寄せる波がまるでさっさと前に進めとばかりに男騎士の足を打っている。

 たまらず彼は浜辺から上がると、目の前の鬱蒼と茂った森をのぞいた。


「そういえば、皆の姿が見えないな」


 女エルフ、ワンコ教授、魔剣、新女王、そして法王。

 次々に男騎士は仲間達の名前を叫んだ。


 しかし、彼の叫びは夜闇と暗い森へと吸い込まれて、決して帰ってくることはない。まさか引き離されたのかと、彼の額に冷たいものが走る。


 声を投げ入れた森の中に灯が見える。

 揺らめくそれは間違いなく火の光。魔法によって発せられるモノとは違うそれに、人の気配と営みを感じた男騎士は静かに喉を鳴らす。


 冥府の底に人の営みなどあるはずもない。

 となれば、おそらくそこに待っているのはこの冥府の住人――神か妖怪か。


 間違いない。

 その光の漏れ出る先に、男騎士たちが求めている神は居る。


 異常な光景に臆していた男騎士が意を決して膝を叩く。いくぞと呟いて、彼は砂浜を踏みしめると、背の低い木々が生い茂る森の中へと踏み入った。


 木々の葉は広く、地面からは腐食した葉の醸す匂いが昇ってくる。

 思った以上に肥沃な森だ。


 木々は男騎士達が暮らす大陸のものとは異なっており、どれもこれも白い表皮に固そうな節がいくつもついていた。見上げれば、頭上には果物がなっている。

 ほの暗い闇の中に浮かぶ果実は色鮮やかで、ともすると場の空気に飲まれて恐慌を来しそうな精神に、少しばかりの安らぎを与えてくれる。花もまた、見たことのない色鮮やかな花弁を持つものばかりであった。


「暗い雰囲気を覗けば、まるで天国のような場所だな」


 学のない男騎士にも楽園と映る島の風景。

 本当にここは冥府だろうかという疑念を抱きながら、男騎士はしばし森をかき分けて進んだ。


 徐々に近づいてくる光源。

 どうやら、大きな広場にて火を焚いているらしい。

 徐々に大きくなってくる光の発生源は、気がつけば眼前の木々を越える高さ。


 キャンプファイヤーでもしているのだろうか。

 なんにしても、一人で作り上げられるようなものではない。

 となると、複数の人間がここにはいることになる。


 やはりここには冥府神ゲルシー以外にも住人が居る。そしておそらく、この光を発しているのは、その住人達に他ならない。はたして彼らと邂逅したとき、男騎士達を待っているのは歓迎か、それとも。


 いよいよ男騎士は炎の柱がそびえる広場へとたどり着いた。

 はたしてそこで男騎士を待っていたのは――。


「なっ、これは――!!」


 立ち並ぶ墓標。

 響き渡る愉快な音楽。

 そして、猫の耳や長い髪の女達の――ブルマ姿!!

 いや、女だけではない!! 男達もまた皆、ブルマ姿!!


 ブルマ!! ブルマにはちまき!! ゼッケンのついた体操服!!

 そう、そんな異様な格好の男女の姿が、そこにはひしめいていたのだ!!


 なんだこれは、そう思って男騎士が白目を剥く。その視線の先で、彼の到着に気がついたのかくるりと振り返ったのは、金色の髪に白い肌をした女。

 三百歳の身体には、ちょっとマニアックで似合わないブルマと体操着を着たそいつは、まるで死んだような顔を男騎士に向けるのだった。


「……おそいじゃない、ティト」


「モーラさん!? どうしたんだその年甲斐――はずかしい格好は!!」


「なんで言い直すのよ!! まだまだ現役じゃい!! ウワキツじゃないわい!! スク水着られるならブルマだって穿けるわい!!」


「……物理的に穿けても穿いちゃいけないものがあると思うんだが?」


「そういう正論はいいのよ馬鹿!!」


 赤いブルマに同じく赤い袖口の体操服。

 胸に大きな「もぉら」のゼッケンをつけた女エルフ。

 彼女は、まじまじとその姿を見る男騎士から、いっちょまえに顔を真っ赤にして駄肉を腕で隠そうとするのだった。


「……流石だなどエルフさん、さすがだ」


「流石と呼ばれるようなことしてないじゃない!! やめろや!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る