第956話 ど男騎士さんと再び現世への帰還

【前回のあらすじ】


 大神バブルスから、人による神からの世界の奪還を託された男騎士。

 真に世界を人の手に委ねるために、世界の裏側へと回った神の切なる願いを、男騎士は真摯に受け止めた。そして、その意思に従って戦うことを決意した。


 長年の不遇な扱いから、男騎士には相手が信ずるに足る人物なのか、直感で判断することができる。その直感が、目の前の神が信ずるに足る相手だと告げていた。

 彼が本当に、何の私心もなく人の手に世界を委ねようとしていること、それを男騎士は心で理解した。神という立場を捨て、自分たちのために尽くしてくれる大神に、男騎士は敬意を向けつつ、再び彼の戦場――現世へと戻っていた。


 この世界の残酷な真実を知った男騎士。

 はたして彼は、大神の意思を継いで、神々から世界を奪うことができるのか。


 魔神はおろか、ひそかに七つの神々までも敵に回して、男騎士の、いや、人類の自由を求める戦いがここに始まるのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


 再び、男騎士が目を覚ますと、目の前には女エルフの姿があった。


「ティト!!」


「……モーラさん?」


 涙にくれている女エルフ。その眦には光るものが見えるが、いかんせんそれは男騎士の方に落ちて来ない。おそらく彼らが霊体のためだろう。


 蘇ったのかと男騎士が辺りを見回す。

 間違いなく、そこは先ほど、男騎士と邪神が戦った怪奇メフィス塔の頂上。そして壁の魔法騎士、魔性少年、邪神の束縛から解放されたデビちゃんが転がっていた。


 どうやら、無事に戻ってこれたらしい。

 ほっと息を吐いたのもつかの間、バカバカもう心配させないでよと、女エルフから彼は叱責されるのだった。


「復活するなら復活するで早くしてよね!! アンタの魂がいつまでたっても元に戻らないから、本当に消滅しちゃったんじゃないかって心配したじゃない!!」


「いや、すまない。というか、元はと言えばモーラさんが」


「問答無用よ!! もうっ、こういう心臓に悪い冗談は勘弁して!! いくら付き合いの長い私でも、ちょっと今回ばかりは本気で焦ったわよ!!」


 うむ、と、男騎士が面食らって後頭部をかきむしる。

 責められながらも男騎士、女エルフにそこまで思われているとはと、ちょっとばかりこそばゆい気持ちであった。


 そうは言いつつ、女エルフは慌てふためくどころか冷静に、自分にできることしかできないと割り切って行動していたが。


 まぁ、そこは女のかわいい嘘だ。

 もちろん、彼女とて心配していなかった訳ではないのだ。


 生身であれば今すぐにでも殴りかかりたいという感じの女エルフに、すまないと平謝りする男騎士。ふとそのとき、おいティトと、彼の名前を呼ぶ者があった。


「お前、会ったんだな。この世界の真の支配者に」


「……あぁ。知っていたのかエロス?」


「それはな。オッサムに謁見した時に聞かされたんだよ。七つの神の他にもう一柱、この世界には神が存在しているって。そいつは、既にこちらの世界を立ち去って、誰にも干渉することのできない領域にいるが、この世界に残った神々の誰よりも強力な力を持っていると。おそらく、魂が消失しちまったお前を助けることができるなら、そいつしかないと思ったが――」


 会ったんだなと問われた男騎士は、逡巡もせずにそれに頷く。


 大神バブルスとの接触は隠しても仕方のないことだ。

 なにより男騎士にはそれについて誤魔化すだけの話術を持ち合わせていない。

 問題は、彼に七つの神々と敵対することを頼まれた――それをどこまで明かしていいかである。


 まぁ、詳しく突っ込まれることさえなければ、そんな話を振られることはないだろう。この世界の神々も、大神の思惑をまだ察していない。そこは少し、図太いくらいの気持ちで構えて問題ないだろうと男騎士はあえて開き直った。


 うぅんと魔剣が低く唸る。

 その沈黙はなぜなのか。どうして彼が唸る必要があるのか。ちょっと話が見えなくて男騎士が首をかしげると、魔剣は少し恨みがましい叫び声を上げた。


「くそっ!! 俺様を差し置いてそんな奴に会いやがって!! なんだよ、いつの間にか俺様より強くなってんじゃねえか!! くそぉーっ、もう俺様もこんな身になっちまって、挽回するもなにもないけれども、それでも悔しい!!」


「……エロス」


「なに、エロスってば、ティトに対抗意識抱いてるの? いやだわねぇ、男の嫉妬なんてみっともないわよ。やめておきなさいよ」


「うっさい!! それはそれ、これはこれなんだよ!! 男ってのはな、誰だって一番強くありてえもんなんだよ!!」


 まぁ仕方ないさと男騎士が魔剣に宿ったかつての英雄を慰撫した。

 魔剣とのやりとりと入れ替わり、女エルフがまた視線を男騎士に向ける。

 よほど心配されていたんだなと苦笑いした男騎士が、今度は逆に沈黙した。


 違う。

 これは男騎士を心配しているのではない――。


「……ティト? アンタもしかして、何か隠していない?」


「へ?」


 女が男の秘密を探るときの目だ。

 そう気がついた時には、男騎士が一番今聞きたくない言葉が彼女の口から発されていた。何か隠し事をしていないかとは、なかなか鋭い口ぶりだ。


 実際、男騎士は隠し事をしている。

 それも、話せと言われて話すことが出来ないような重大な秘密を抱えていた。

 この話の流れであれば下手な誤魔化しは難しい。


 どうすると、男騎士の額に脂汗が滲む。


 ここで女エルフに話していいものだろうか。

 大神バブルスは、神々は男騎士よりも女エルフたちのことを気にかけていると言っていた。なので、男騎士が魔神と七つの神々との関係を知っていても、また、心の底で人間の神からの独立を考えていても問題にはならない。


 だが、それをもし女エルフが知ってしまったら、ややっこしいことになるのではないだろうか。それこそ、神々から魔神殺しの許可を得ることなど、不可能になってしまうのではないのだろうか。


 アホの男騎士とて、そのくらいは想像できる。

 そして、嘘がつけない頭とはいえ、言い訳の言葉が頭をよぎる。


 どうするどうすると、数拍の沈黙が流れた――。


 その時。


「だぞ!! 皆、やっと合流できたんだぞ!!」


「お義姉さま!! それにティトさん!! ご無事――なんですかそれ?」


「まぁまぁお二人とも、魂だけの状態になってしまうとは嘆かわしい。修練が足りないんではありませんか」


「ケティ、エリィ、リーケット!!」


「……た、助かった」


 その会話の流れを断ち切るように、男騎士達の仲間が塔の頂に到着した。

 男騎士、どうやら今回ばかりは幸運に助けられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る