第955話 ど男騎士と反撃のための布石

【前回のあらすじ】


 魔神との争いは、神々が無意識に人間たちに影響力を持とうとすることから始まったマッチポンプであった。神々に言われるまま魔神を倒しただけでは、結局また思惑に引きずられて、同じような事態が繰り返される。


 人から完全に離れ、その営みを見守ることを選んだ大神バブルス。

 人に道を譲り世界と関わり合いのない立場にあるからこそ、彼は冷徹に七柱たちと魔神の関係性を見ぬき、そしてそれを指摘することができた。


 その上で彼が望むのは一つ。


 真の意味での、人の手に世界を任せること――。


 その願いを託された男騎士。

 人を思い、世界を思い、神々さえも思うからこそ、助言こそ与えるが、自らの力を行使することをしない大神バブルス。彼の思いとあり方に敬服した男騎士は、神を倒すことを決意するのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「さて、それじゃぁ君を向こうの世界に戻そう。ただし、この七つの神々への反抗を彼らに悟られてはいけない。もし君が魔神を倒してのち神々から真に人間の手に世界を譲らせようとしていると知ったら、彼らもそれを邪魔しようとするからね」


「……悟らせないようにか。なかなか難しいかもしれないな」


「まぁ、そこまで心配しなくても大丈夫。君はパーティのリーダーだが、七つの神々は君の知性を軽く見ている。君のパートナーのエルフの娘、あるいはシスターと獣人の娘ならばともかく、君が神殺しを考えているとは誰も思わないさ」


 もっとも魔神の正体については、七つの神々自身も認識していないことではあるのけれどね。そう言うと大神は立ち上がってぐっと伸びをした。


 さて、と呟いてその手にシルクハットとステッキを取り出す。いつの間にか肩から燕尾服を被った大神がステッキを振る。

 すると、男騎士の身体の周りを虹色の光がただよいはじめた。


 同時に彼の足下からいくつもの気泡が舞い上がる。


 これはと辺りを見回す男騎士に、にっと笑顔を向ける大神バブルス。


「今、君は邪神の最後っ屁により魂を分解させられている。一度あの世界から消滅してしまったんだ。それを、僕の権能により元に戻そう」


「……いいんですか?」


「うん。これくらいはね。七柱も僕の存在自体は認識しているから、むしろ僕が今回の件に肯定的であるというメッセージにもなる。まぁ、実際は違うけれどもね」


 皆を騙すのは忍びないなと、顎下を撫でる大神バブルス。

 そんな彼に、男騎士は手を伸ばすと、その指がない丸い手を握りしめた。

 ぎょっとバブルスが目を見開く。


 ありがとうと男騎士が彼に頭を下げると、よしてくれよそんなことをされる筋合いはないと、大神にもかかわらず彼は慌てふためいた。


「今回の一件は、僕たち神々の不始末以外のなにものでもないんだ。君たち人間にはむしろ、僕たちの優柔不断でここまで迷惑をかけてしまって、申し訳なく思っているんだよ。そう、本当なら僕が皆を率いて、この世界の裏側に隠れるべきだったんだ」


「それでも、貴方は俺を信じて思いを託してくれた。もし貴方が、他の神々と同じように、心の奥底で人間への干渉を望むなら、もっと多くを俺に求めたでしょう」


「……分からないよ。もしかすると、僕はこの全知全能の力を使って、最も効率のよい方法を選んでいるだけかもしれない。あるいは、君達人間に友好的に思われるようなやり方をしているだけかもしれない」


「貴方は俺を信じて全てやり方を任せてくれた。いや、人類が神々から自分の手で独立することを、貴方は信じてくれているのだ」


 男騎士はそう言ってまた大神に頭を下げた。


 知力が1しかない男騎士は確かに愚かな男だ。

 その考えの浅さで幾度となく窮地に陥ってきたし、仲間にも迷惑をかけてきた。けれども、愚かだからこそ分かることができるし、触れあうことができることもある。


 無知だからこそ向けられる悪意や、人に都合良く利用されることに慣れた男騎士には、人に対する勘のようなものが培われていた。その勘が、目の前の神が信用に足る存在であると確かに告げていた。


 これまで出会ってきたどの神よりも、頼むべき相手だと教えてくれたのだ。


 必ず、期待に応えてみせる。そんな決意を窺わせる瞳に少しだけ大神の顔が曇る。濡れた鼻の犬のように俯いた彼は、実はねと消えゆく男騎士に語った。


「これまでの長い歴史の中、君のように神々からの脱却を託した人間は何人かいるんだ。魔神のような、この世界を壊すような危機こそなかったけれども、それでも神々が起こす無自覚な自己顕示による災厄は度々あった。そのたびに、人は立ち上がり、彼らに気づかれぬように立ち向かい、そしてそれを果たせず死んでいった」


「……バブルス」


「世界の輪から離れることを選んだのは僕だ。どうやっても、君たちに力を貸すことはできないし、僕が七つの神々と闘っては意味がなくなる。僕には、人類が立ち上がるのを待つことしか出来ない。本当に申し訳のないことに。そんな、どうしようもなく薄情な神を、それでも君は信じてくれるというのかい?」


「……もとより、これは人間たちの問題。神々が介入したのも、彼らを完全に捨てきる事ができず、どこかでその力にすがっていた人間の心の弱さからくるものだ。貴方たちだけが弱いのではない、人間もまた弱いのだ」


 だから、強くなってみせる。

 そう言って男騎士は強く目の前の神の手を握りしめた。


 もこもことした楕円形のそれは、握りしめればその形に歪んで縮まる。

 男騎士の強い力で握り込まれれば、神とてそれは痛いだろう。けれども、決して痛みを顔に出さす、笑顔を崩さず大神は男騎士に頷いてみせた。


「信じているよ。ティトくん、君ならばきっと、この繰り返される人と神との悲しき関係性に、終止符を打つことができるだろうと」


「任せてくれ。必ず、魔神を倒して、俺は人の時代を切り開いてみせる。もっとも、俺のようなアホがそれをしていいのかという不安はあるがな」


「知能など、生物の可能性の一つの指標でしかない。確かに君は愚かかもしれない。だが、愚かな人間が未来を切り開いてはいけない理由はない。。僕は、そんな人間の多様なあり方や可能性を愛してもいるんだ」


 頑張って、そう、大神が男騎士を励ませば、いよいよ彼の身体が泡と虹の中へと消え去る。男騎士、彼は最後に力強く頷いて、大神の前から姿を消した。


 男騎士が去り、暗くただひたすらに暗黒の続く空間に取り残された大神バブルス。彼は再びその場に座り込み、床に置いてあった器から饅頭を手に取ると、先ほど握りしめられた手を眺めた。


「信じているよ人間よ。どうか、我らの庇護から離れて、己の足で立ってくれ。我々は、真に君たちの前から姿を消せる日を待っている――」

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