第954話 ど男騎士さんと神殺し計画

【前回のあらすじ】


「魔神の正体は君たちを導いている七柱の一柱、その荒ぶる別側面だ。それを倒すということは、現在の世界の理を破壊するということに等しい」


 全ての神々の頂点に立つ大神バブルスから告げられた真実。それは男騎士達に魔神を倒すように託した七つの神々も知らぬ魔神の正体だった。


 七つの神々の別側面である魔神を倒すということは、同時に彼らの内の一人を倒すということ。つまり、人間たちを守護する営みを壊すということでもある。


 知らず世界を壊すことになるところだった男騎士。

 唯一そのことを感知することができる、全ての神々の頂点に立つ大神がこうして介入したのには、やむにやまれぬ事情があってのことだった。

 魔神を倒すということの本当の意味を知った男騎士はただ静かに息を飲む。


 はたして、冥府神との謁見のつもりが、思わぬ真実と対峙することになった男騎士たち。彼らは無事に魔神の脅威から人類を救うことができるのか。そして、大神は男騎士に何を託すのか――。


 今週もどエルフさん、クライマックスらしいシリアスな入りで始まります。


◇ ◇ ◇ ◇


「さて、魔神を倒すことの危険性については分かって貰えたと思う。君たちはこの世界を根本から覆すような危ない戦いに挑もうとしている。その上で僕は頼みたい。魔神シリコーンを倒して欲しいと」


「……世界を壊せと仰るのですか?」


 男騎士たちが不用意に世界を壊さないよう、大神バブルスはその姿を彼らの前に現したのではないのか。


 神の意図が分からなくなり、男騎士が食いついたのは無理もない。

 驚きの籠もった目で男騎士は大神を見つめていた。


 これに大神バブルス、そういうことではないよとまたしても朗らかに答える。


 全てを超越した存在だからだろうか。この大神はかなりショッキングなことを男騎士に告げているはずなのに、言葉に緊張感というものがまるでなかった。


 これがこの世の全てを司るということなのか。

 男騎士がまた生唾を飲む。


 そんな彼の戦慄さえも意に介さないように、大神はつまりねと言葉を続けた。


「君たちにはこの世界の歪さを調整して欲しいんだ」


「調整?」


「そう。神々は去り、人々に世界のあり方を委ねた。今や、神と交信できるものは限られ、その奇跡を行使することができる者も数が限られる。確かに、それで人に世界の趨勢が委ねられたように聞こえるが――真に人々が神という上位存在から解放された訳ではない」


 分かるかねと、男騎士に問う大神。

 その柔らかい言葉尻に、男騎士はまた先ほどと同じ妙な余裕を感じた。


 考えて大神の言葉の意味が分かるような男騎士ではない。

 彼の頭の悪さは筋金入りである。そもそも、そんなに知恵の回る男であったなら、こんな場所に来るような事態になっていない。


 しかしながら考えられずとも勘は働く。

 先ほどから、大神から男騎士が感じているおおらかな空気。その背後にある思想のようなものに男騎士は気がついた。そして、彼がなぜこのようなことを言うのか、このように超然とした態度で男騎士の前に立っていられるのかも。


 そう――。


「大神バブルス。貴方が望んでいるのは、世界からの神々の完全なる退去。人と神を本当に別れさせるということですか?」


「……そう。神の時代は終わりを迎えたはずだった、けれど、魔神が現われ、それを理由に神々が再び人に干渉をしだした。七柱たちは気がついていないし彼らも意図して行っている訳ではないんだけれども、この一連の騒動はつまり、神々がまだ人という存在から完全に手を離すことができていないってことなんだ」


「神々の手から、人へと世界の命運を渡すと、七柱は俺たちに告げました」


「ならそれは、彼らの手によって行われることではないし、彼らに力を与えられた君たちがすることでもない」


「……えっと」


「神を殺すという行いは、人間たちが人間たちの意思で成さなくてはいけない。このような形で魔神を倒したとしても意味がない。たとえ倒せたとしても、再び第二第三の魔神が現われ、今回のような事態になることだろう」


 それはメタ的な話であった。

 男騎士にはいささか難し話だった。


 だが、理屈は分かる。

 数多の冒険を経て、神々が男騎士たちを使ってやろうとしている、自身の権力強化のようなことを彼は他の冒険でも経験している。無自覚に権力強化に適した相手を敵に据え、打倒することで名声を得ようとする者など、腐るほど彼は見てきたのだ。


 よく考えれば分かることだった。

 相手が神だということで、男騎士が身構え過ぎていたのだ。

 いかんせん、彼がやらされていることは、悪意と自覚こそないけれども、マッチポンプの片棒であった。


 そして、やはりそれが分かったのは、大神がそんなしがらみから解放されているからに他ならない。男騎士に対して、終始穏やかな態度をとり続けるのは、大神故の自信からくるものではない。万能の神故のおごりでもなんでもない。


 彼の中には既に、人に対するこだわりも、この世界に対するこだわりもない。


 大神バブルス。

 彼は既にこの世界から去った存在。

 自分の名や存在さえも隠して、真に人の手に世界を譲ったからこそ、まったく心煩わずに超然とした態度を男騎士に取ることができたのだ。


「大神バブルス、貴方は隠居人ということなのですね。もはや、この世界に対して自分から何かを成そうとは思わない。そんな気持ちを言葉や態度から感じる」


「どうなんだろうね。これでも、人の行く末も、神々の行く末も気にしているさ。だからこそ、神が人へと正しく道を譲る場面に、こうしてしゃしゃり出てきた」


「それが今の貴方の望み」


「そう。魔神からも、そして七つの神からも、人の手により世界を奪還して欲しいのさ。そして君たちの手で、訪れる神なき時代を生き抜いて欲しい。僕が望むのはそれだけさ。そして、僕にはその刻が訪れることを告げることしかできない」


 真に人に世界を譲ろうとする神はそう言って、また一つ、饅頭を男騎士へと差し出した。その差し出された饅頭を、彼の穏やかな素振りに合わせるように、笑顔で受け取ると、男騎士は一口だけ頬張った。


 お人好しの男騎士だ。

 もとより断るつもりはない。

 けれども、大神の深い人類の愛をそこに見出し、彼は静かにその頭を垂れた。


「男騎士ティト、引き受けた。神の手を借りぬ、人の手によって行われた、真の世界の解放を成し遂げてみせると貴方に約束する」


「うん。ごめんね。僕は結局、そういう思いを君たちに託すだけで、何も力を貸してあげられないんだ。仕方のないこととはいえ――」


「いえ、良いのです。だからこそ貴方を信じられるし尊敬できる」


 人に希望を持っているからこそ、あえて力を貸さずに思いだけを託す。

 頭の悪い男騎士にもその気持ちは分かった。

 そして、分かったからこそ、彼は心から大神バブルスに信服した。


 この世を作りたもうた大神だけはある。

 バブルスは、全てを許容し、全てを委ねる、まさしく大いなる神に違いなかった。

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