第953話 ど男騎士と裏切りの神

【前回のあらすじ】


 うたかたの夢から醒めた男騎士。

 七色に輝く輪郭定まらない部屋の中に目覚めた彼が出会ったのは、白黒のコミカルな身体をした神であった。


 その名を大神バブルス。


 彼がわざわざ男騎士をこんな場所に呼んだのは他でもない。

 男騎士に一つ頼み事があるという。


 既に断る断らないの話ではない。自分を遙かに凌駕する存在を前に、ただただその意に従うしかないと直感で悟る男騎士。

 そんな彼に、そこまでかしこまらなくていいと笑いつつ、大神はとんでもない願いを突然言い出したのだった。


 いや、願いと言うよりもそれは補足――。


「厳密には魔神とは正しい表現ではない。七柱の神々が落とした影。彼らの荒ぶる別なる側面。それを君には倒して欲しいんだ」


「……は? 待ってくれ? え、それはいったい?」


「言葉の通りだ。分かりやすく言おうか――魔神とは、七柱の一つが生み出した、人に害なす荒魂としての側面を指す。君たちがこれから倒さなくてはならないのは、君たちを導いている七つの神の一柱にほかならないのだよ」


 それは男騎士達が知らない、あるいは七つの神々さえも知らない、この世界の秘密に他ならなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


「……ま、待ってくれ? え、どういうことだ? 魔神の正体が七柱の一柱だって? 貴方はそう言いたいのか?」


「あぁ、そう言ったつもりだよ騎士ティト。君にも理解できるように言ったつもりだたのだけれど、伝わらなかっただろうか」


 伝わった、怖いくらいに伝わった。

 伝わったがそれでも信じられなかった。


 魔神の正体がまさか、自分たちが信奉している神だっただなんて。

 また、退治しに行けと言った者達の中に魔神の正体が含まれていただなんて。


 そんなことを誰が予想できるだろうか。知力の低い男騎士だから想像できなかった訳ではない。そんなもの、誰も想像できるはずもない話だった。

 それではまるで、今回の魔神討伐及び神々との謁見は――。


「仕組まれた冒険だったというのか? 俺たちは、神々に良いように騙されて、操られていたということなのか? そういうことなのか、大神バブルスどの!!」


「落ち着いて。まぁ、君が驚くのも無理はない。けれどね、話はそんなに単純なことではないんだよ――」


 激昂する男騎士。

 それはそうだろう、今まで、自分たちが正義だと信じていた者達、それが実は自分たちの敵だったのだ。それだけではない。男騎士達を操り、そしてたくみに誘導していたのだ。これでは男騎士達は道化も良いところではないか。


 魔神を倒すことにどういう意味があるのかは分からない。

 しかしながら、自らが起こした悪事の不始末を、自らで火消しをして名声を得るなどと、言語道断もいい所である。


 男騎士は憤慨した。

 心の底から神々のやり方に憤慨した。

 そんな今にも絶叫しそうな彼の口に――大神は突然どこから取り出したか、茶色い何かを詰め込んだ。


 魚の形を模したそれは、中にあんこのつまった饅頭。


 突然口をそんなもので塞がれて驚く男騎士。

 そんな彼に、ふふふとまたしても人とはかなり離れた顔つきだというのに、一目で穏やかだと感じられる表情で語りかけると、大神バブルスはその場に座った。


「まぁ落ち着きなさい。そして、少し糖分を摂取しよう。これから話すことは、そこそこ複雑だからね。頭がすっきりした状態で、話を君には聞いて貰いたいんだ」


「……ほがぁ、もがもごぉ」


「おっと、はい、お茶もあるよ。うんうん。まぁ、君が怒るのは無理もない。なにせこの大陸の危機のために君は立ち上がったんだからね。それが、壮大な神々によるマッチポンプだと知ったら、怒るのも無理はないさ」


 けどねと大神は穏やかな声で言う。

 それは彼の権能だろうか。一言そう発すれば、男騎士のざわめき立った心の波風は急におさまり、冷静に目の前の人ならざる存在の言葉に耳を傾ける気にさせたのだ。


 ふと気がつくと、男騎士の背後には紅色の座布団が浮かび上がっていた。

 落ち着いて話を聞いて欲しいという大神の気持ちに嘘偽りはないらしい。もとよりこうなっては、大神のやることに従うより他にない。仕方ないとごちりながら、男騎士はその座布団の上に尻を降ろした。


 さて、と言いながら大神もまた魚の形をした饅頭を頬張る。頭から、それをぺろりとたいらげた彼は、どう説明したらいいものかねと遠い目をするのだった。


「まず、君が思っているようなマッチポンプはない。魔神は確かに、七柱の神々の一柱から生まれたものだしその別人格には間違いないが、主人格である神とは分離している。あまりにもその強大な力故に、異なる二つの性質が、別々に分かれて行動しているんだが――これは人間にはわかりにくい感覚かもしれないね」


「……うぅん、よく分からないが双頭の龍や蛇のようなものだろうか? 大元は同じだが、頭が二つあるというような」


「そうそう、そういう認識が一番しっくりくるかもしれない。ただ、その頭が随分離れた所に現われているから、本人達も気がついていないんだよ。だから、こうなってしまったのは仕方ないんだ。彼らは、彼らが同一の存在だということを自分たちでも分からずに、互いに戦いあっている。そして、それを認知できる存在が、あの世界には存在しない。なぜなら彼らは、向こうの世界で最高の神なる存在だから」


 なるほど、それで納得がいった。

 男騎士がこの場所に呼び出された理由。それは、自分たちが行う神殺しの真実について、感知することができるのがこの目の前の大神――世界の理からは退いたが、一つ上の存在として世界を俯瞰できる者――にしか、語り得ない話だったからだ。


 分かってくれたねと大神は男騎士に微笑みかけ、また一つ饅頭を食べる。

 ぺろりとそれを大口で平らげて大神、彼はなかなかハードなことを話しているというのに、まるで世間話をしているような気軽さで話を続けた。


「と言うわけで、君たちに敵対している七柱の存在については教えられるが、それが具体的に誰かなのまでは教えられないんだ。今回の話は、神を倒すという行いがアンフェアだから僕が介入した訳ではないからね。むしろ、違う面での補足だ」


「つまり、七柱が想定している以上の事が起こりうるということですね」


「……その通りだ。封印までなら、何も問題はなかったんだけれどね。いざ、魔神を倒すとなるとこれが厄介だ。彼の神を殺すということは、同時に、彼と魂を共有している、七柱の一つを倒すことにも繋がってしまう」


 そのことを、君にはよく気に留めておいて欲しかったんだよ、と大神が微笑む。

 なんとなく話されたことだが、確かにこれは一大事だ……。


「この世界の神が欠落する。それはすなわち」


「そうだね、邪魔者と一緒に、この世界に必要不可欠な存在が失われる訳だ。つまり世界の摂理が破綻してしまう。神を殺すということはつまり同時に――この世界を壊すことにも繋がるんだよ」


 魔神討伐の先に待っている未来。それは幸せなものではなく、勧善懲罰を越えた、もっと深刻な事態だった。

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