第939話 どエルフさんといい加減にしなさい

【前回のあらすじ】


 ビッグ女エルフ消えゆ。

 男騎士の妄想に過ぎないビッグ女エルフ。彼女がこの世界に現われたその瞬間から、出会いはもはや決まっていたのだ。避けられない運命だったのだ。


 激闘の末、同じ存在同士気持ちを通わせた女エルフとビッグ女エルフ。しかしながら二人の気持ちが通じ合ったと思えたそのとき、別れは突然に訪れた。


 邪神の力が切れ、醒めていく幻。

 消えゆくビッグ女エルフを眺めて女エルフは愛惜の涙を流す。

 残された女エルフに、男騎士の夢に帰る彼女が残したのは励ましの言葉――。


「おっぱいに貴賤なし。貧乳もまた巨乳と共に尊いもの。いや、むしろ綺麗さっぱりないだけ潔い……ですって?」


「でっちあげだ!! そんなに長くなかっただろうモーラさん!!」


 しかしそれは、浅ましい女エルフによってねじ曲げられてしまうのだった。


 流石だなどエルフさん、さすがだ。


「いや、これだけ酷い目に遭ってるんだから、たまにはいいでしょうよ。ちょっとくらい自分に良いように発言を変えたって……」


◇ ◇ ◇ ◇


「ありがとうモーラツー。貴方に出会えたおかげで、私、これからも生きていけるわ。こんなみすぼらしい胸でも、胸を張って生きていけるわ。私、貴方との出会いを忘れない。ずっと忘れないよ……」


「……モーラさんが恥ずかしいことになっているが、とりあえず、これで分かったかなコウイチくん。誰だって、胸の中に愛しい人を住まわせているんだ」


「そうだ、そしてそんな愛しい人に、あんなことやこんなことを考えてしまうものなんだ。これは男として仕方のないことなんだ」


「……いや、二人ともどうなんですか? ちゃんと愛している相手の本当の姿を見てあげましょうよ? 心の中であんなことやこんなことやしても、それは相手に対して失礼ってものですよ」


 ど正論であった。

 魔性少年の言っていることはしごくまっとうど正論。

 ぐうの音も出ないほどの意見であった。


 そして、心の汚い大人の心を一撃で粉砕するパワーある台詞であった。


 ぐふとその場に膝をつく男騎士と壁の魔法騎士。

 汚い大人というか男二人には、まだ汚れていない魔性少年のまっとうな言葉と恋愛観がズブリと突き刺さった。突き刺されたスリップダメージで動きが鈍くなる二人。


 しかしながら、それでも彼らはゆっくりと起き上がる。


 確かに魔性少年の言っていることは正論だ。それが世間的には正しい。

 だが――。


「バカ!! バカバカ、コウイチくんのおたんちん!!」


「世間ではそっちの方が正しいかもしれないけれど、男としては俺たちの方が正しいんだよ!! 恋したことないから、そういうこと言っちゃうんでしょ!!」


「そうよそうよ!! 男の子は恋しちゃったら、あんなことやこんなこと、いろいろ妄想しちゃって悶々しちゃうものなのよ!! それが分からないの!!」


「恋も知らぬ!! 愛も知らぬ!! なのにいっちょ前に正論は振りかざす!! そのような者、男として私は認めないわよ!! ぷんぷん!!」


「いや、なんでオネエになってんねんお前ら」


 男としては限りなく正解だった。

 世間的には間違っていても、男心的には大正解であった。


 けれども、汚れを知らぬ少年には理解できない世界だった。

 そして、女性にも理解し難い感覚だった。


 あえて言うまい。

 男とはそういうものなのである。

 どうしようもないのである。


 なんにしても困惑して絶句する魔性少年と、あきれて苦言を投げかける女エルフに睨まれて、男騎士と壁の魔法騎士がぐぬぬと顔を歪める。

 どうしようもない男二人。魔性少年を励ますためにやったというのに、逆に自分たちが追い込まれる状況になってしまった。


 あまりにも悲しい男の末路だった。


「ええい、だったらもう、コウイチくんの恥ずかしい妄想も、皆にお見せしてしまえばいいだろう!!」


「そうだそうだ!! 一人だけなんか俺はそんなことないぜ、ちゃんと女性を思いやれる男だぜって感じ出しやがって!! 卑怯なんだよコウイチくん!! お前だって一皮剥いたら、俺たちと同じくせに!! 良い子ぶるんじゃないよ!!」


「……うわぁ、なにこの大人たち」


「アンタ達、ほんと自分がなに言ってるのかやってるのか、分かってんの? 大人としても男としても、考え得る限り最悪最低のクズよ?」


「うるさいやい!! 俺たちだけこんな恥ずかしい目にあって、一人だけ澄ました顔しているとか、許せるかよそんなの!!」


「そうだそうだ!! お前もちょっと、頭の中の恥ずかしい妄想を皆に見られてしまえばいいんだ!! そうすれば、きれい事なんて言えなくなるんだ!!」


 さぁ、やってください邪神先生と男騎士と壁の魔法騎士が邪神の背中に回る。

 いつの間にこんなに距離感が近くなったのか。まったく敵味方という関係性をくずして、彼らは邪神にすり寄った。そして、本末転倒もいいところ、邪神に再び魔性少年にアザトビームを撃つように頼み込むのだった。


 あぁ、ダメ人間。

 まるでダメな大人。

 どうしてくれようかこのアホ二人。

 冷たい視線が女エルフから飛んだそのとき。


「いい加減にしなさい!!」


「「うぎゃぁーっ!!」」


 邪神の瞳から冷たい光線が飛び出た。アザトビームと違って、肉体的なダメージを引き起こす冷たい光線が炸裂した。いきなりの不意打ちに女エルフと魔性少年が目をしばたたかせる。その前で、邪神が冷徹な顔を男騎士達に向けた。


 その面の皮の一枚奥には、静かな怒りが巡っている。

 そりゃそうだろう、こんだけトンチキかまされて話をのばしのばしにさせられては流石に敵も怒るというもの。


 しかたなしであった。


 ただ、元はと言えば、アザトビームなんていうトンチキ攻撃を繰り出した、邪神の方に問題もあるにはあるのだが。


「えぇい、貴様らさっきからいったいなんなんだ!! 神との闘いぞ!! 神との謁見だぞ!! もうちょっと真面目に闘ったらどうなんだ!! 敵対していたと思ったら、いきなり訳の分からん話になっていき、あまつさえため口でなれなれしく話しかけられる――邪神を長いことがやっているが、こんな風に侮られたのは初めてだ!! 初めての経験だ!! お前ら、舐めくさるのもいい加減にしろよ!!」


「いや、最初にあれこれやりはじめたのは、アザトスの方ではないか」


「そうだそうだ!! 俺がやって来たときにも、なんかトンチキなことをやっていたのはそちらではないか!! そういうダブルスタンダードはよくないぞ!!」


 だまらっしゃい、そう叫んで邪神が触手をはためかせる。

 近づいていた男騎士と壁の魔法騎士を払って飛翔した漆黒の女神は、先ほど目から放った緑の光を、まるで蛍光色のように身体に纏わせて、男騎士達を睨みつけた。

 腕を胸の前で組み見下ろすその姿からは怒りが滲み出ている。


「もう許さん!! お遊びはここまでだ!! 我が最大最狂の魔術によって、貴様らを地獄に落としてくれようぞ!!」


「パンツ!! パンツが見えているぞ、アザトス!!」


「乗っ取っているのが女の子だって分かっているのか!! 分かっているなら分かっているであざとい、あざといぞ、アザトス!!」


「えぇい、黙れ黙れ黙れぇ!! 喰らえ、腐海曼荼羅淫蕩地獄!!」


 邪神の頭上に巨大な曼荼羅が一瞬にして描かれる。

 儀式魔法。しかもかなり大規模なもの。

 これの直撃を喰らうのはまずいと、女エルフと壁の魔法騎士が判断した時には既に遅し、それは彼らに向かって落下していた――。

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