第938話 どエルフさんとさよなら……

【前回のあらすじ】


 女エルフ、男騎士が妄想した自分に完敗する。


 男騎士が胸に抱いている理想の女エルフ像。

 そいつとの胸囲の格差から、大怪獣に変身してしまった女エルフ。

 しかし、ビッグなボインを持っている女は文字通り懐がでかい。たちまち妄想の女エルフも巨大化、大怪獣になった女エルフを聖なる光ツルペタニウム光線で浄化し、事態を沈静化してしまうのだった。


 完敗である。

 おっぱいに完敗である。


 貧しき者は富める者に勝てないということか。同じ女エルフだというのに胸のあるなしでここまで人格に差が出るのか。そして魔力にも差が出るのか。

 とにもかくにも実力差を見せつけられて女エルフ、彼女は冷たい怪奇メフィス塔の頂上に倒れるのだった――。


「いや、おっぱい一つでそこまで変わるかいな。なんだこのトンチキ」


 女エルフはもちろん彼女達と敵対している邪神も絶句する展開であった。


◇ ◇ ◇ ◇


 かくして乳なき女エルフが変身したドエラは、巨大化したビッグ女エルフことウルトラエルフによって倒された。再び人型、そしてツルペタに戻った女エルフは、おいおいと床を叩いて泣き喚いた。


 乳が憎い。

 豊満な胸をした女が憎い。

 そんな憎悪に身体を震わせる女エルフ。


 あわれかな自分の貧相さを呪う女エルフ。そんな彼女にかける言葉が見つからず、男騎士達仲間は遠巻きに彼女を見守ることしかできないのだった。


 そう、遠巻きに見守って、ひそひそと彼女の身を哀れむことしかできなかった。


「そんなにおっぱいがないことが悔しいんでしょうか」


「まぁ、確かに女性としては小さい方というか、一見すると男性のように見えなくもないが。しかしここまで気に病むとは」


「それはそれでモーラさんの魅力の一つではあるのだが、いかんせんやっぱりエルフは巨乳だよなぁ」


「そもそもどうしてあそこまで胸がないんですかね?」


「……病気とか?」


「エルフ族は女性の胸が大きいのが特徴なはず。確かにおかしな話だ。もしかすると何かの代価に胸を差し出したり、あるいは呪われているのかもしれない。であれば、あれほど胸に執着するのも納得できる。彼女のおっぱいへの執着と、貧乳を弄られることに対する忌避感は、なみなみらぬものがあるからな」


「おいこら!! お前ら!! ちっとは傷心の私を気遣えよ!! なに悪口を重ねてんの!! 普通に傷つくでしょ、やめろや!!」


 勝手に怪獣になり勝手に暴れて、勝手に負けて傷ついたのに酷い言い草である。

 明らかに嫌そうな顔をする男騎士達に、お前らと叫んで女エルフ。彼女はまたしても嫉妬の炎を背中に灯すと彼らに襲いかかろうとした。


 だが、それはすんでの所で止められる。


 止めたのは他でもない。

 男騎士の頭の中から生まれたもう一人の女エルフ。


 彼女はまるで本来の自分にこれ以上愚行を重ねてほしくないとばかりに、涙目でその前に立ち塞がったのだ。


「あ、あんた……!!」


 なぜだか言葉を発しない男騎士の妄想の女エルフ。

 けれども、視線を交わせば言いたいことは伝わってくる。

 男騎士の頭の中の存在とはいえ元は同じなのだ。


 彼女は本気で、女エルフのことを心配しているようだった。


 胸のあるなし関係無しに、これ以上自分自身でその心の傷をむやみに広げないで欲しいと願っている。そんな想いが痛いほどに女エルフに伝わってきた。


 思えば先ほどの闘いでも、彼女だけが女エルフに正面から立ち向かってくれた。

 屈辱的な負け方をしたのもまた事実だが、荒れ狂う自分の心にちゃんと向き合ってくれたのは彼女だけであった。

 そして、悲しみに暮れる女エルフに手を差し伸べてくれるのも――。


 その手が優しく女エルフの肩に触れる。

 ゆっくりと、ビッグ女エルフは胸のない自分をその胸の中に抱きしめる。

 それまで険しかった女エルフの顔が、一瞬子供のような無垢な表情になったかと思えば、すぐに嗚咽がその中で上がる。


 辛かったのだろう、悔しかったのだろう、そして虚しかったのだろう。胸がないことを弄られた無念を涙声に乗せて、女エルフはおおいに泣いた。

 大きな胸を持つ自分の偽物の胸で泣きはらした。


「なんということだ、おっぱいはエルフの心までも癒やすというのか」


「……おそろしいですね、おっぱい」


「やはり、おっぱいは正義か」


 男騎士達が感嘆する。

 彼らはおっぱいがエルフの心を救う光景を、まるで尊いものでも見るように眺めていた。女エルフの荒ぶる心が救われる瞬間を、その脳裏に焼き付けていた。


 その時だった。

 女エルフを抱くビッグ女エルフの身体が急に透明に薄らいだ。


 最初に気がついたのは彼女にすがっていた女エルフ。おそらく、感触的にも彼女の気配が薄くなっていくのを感じとったのだろう。


 薄れゆく巨乳の自分を慌てて見つめ上げる女エルフ。


「ダメよ、行かないで!! そんな貴方がいなくなってしまったら、私はいったいどうすればいいの!! お願い、もっと私の傍にいて!! モーラツー!!」


 勝手に名前を付けていた。


 僅かな時間でどれだけ心を許したのだろうか。

 勝手に妄想の自分に名前を付けた女エルフが、さらに涙を瞳に滲ませて懇願する。しかし、ビッグ女エルフはそんな彼女に笑顔で首を横にふってみせた。


 そう、彼女は所詮男騎士の妄想が生み出した存在。

 邪神の力を借りて一時的にこの世界に顕現したに過ぎない幻。

 それがこの世界に現われた瞬間から、別れはもはや必然だった。どれだけ願ってもどれだけ請うても、彼女と一緒に居ることは叶わない。


 そんなことはもちろん女エルフも分かっていた。

 分かっていたし、止めることが無駄だとも気づいていた。


 けれども、傷心の彼女を優しく抱き留めいやしてくれた――そんなビッグ女エルフに、彼女の中でもはや離れがたい情がわいていたのだ。


 基本、貧乳弄りに関して、人から優しくされたことがない彼女にとって、その優しさは温かかった。自分のことを理解してくれると心から信じられる反応だった。


 そして何より、やはり自分自身であるということが、彼女の中でビッグ女エルフへの想いを増長させていた。もはや彼女は自分の外にあって、自分の一部のようにビッグ女エルフを感じていたのだ。


 それだけに別れるのが辛い。


 涙を流す女エルフに、優しくビッグ女エルフが微笑む。

 しかし、別れはもう避けられない。最後にもう一度その頭を抱きしめ、豊満な胸を顔に押しつけると、小さく唇を動かして彼女はさっと立ち消えた。


 その最後の唇の動きをトレースして、女エルフは消えた彼女の蜃気楼が伝えようとしたことを呟く――。


「おっぱいに貴賤なし。貧乳もまた巨乳と共に尊いもの。いや、むしろ綺麗さっぱりないだけ潔い……ですって?」


「でっちあげだ!! そんなに長くなかっただろうモーラさん!!」


 あきらかに嘘であった。


 最後の言葉を都合の良いようにねじ曲げて、感動の別れを台無しにする。

 流石の女エルフだった。

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