第933話 壁の魔法騎士といろんな幸せ
【前回のあらすじ】
アザトビームにより明らかになる壁の魔法騎士の妄想。
いい歳したおっさんが心の奥底にため込んだどすぐろい欲望とは――全部妻に対してのことだった。
右を向いても左を向いても、妻、妻、妻。ここは妻パラダイス。
そう、壁の魔法騎士――この男、妻を若くして亡くしてしまったこともあり、この歳になっても妻に恋する純情ボーイだったのだ。いやもう、おっさんと言っていい年齢なんだけれど、心は純情な少年のままだったのだ。
ここまで一途に、妻を愛することができる奴がはたしているだろうか。
ともすると、女エルフというものがありながら、巨乳エルフが現われればフラフラとする男騎士よりよっぽど男前。妻を全力で愛する壁の魔法騎士は、間違いなく男の中の男に違いなかった。
違いなかったのだけれども――。
「「それはそれとして、そういう恥ずかしいのはよそでやって!!」」
恥ずかしいは恥ずかしいでも、本人よりも周りが恥ずかしくなる奴。
壁の魔法騎士はこんな妄想はあたりまえで恥ずかしくないと言ったが、充分に周りが恥ずかしかった。
◇ ◇ ◇ ◇
思わず突入しそうになるエロエロ大人モード。
それを寸前の所で止めた魔性少年と邪神。
妻――の妄想と無理矢理引き離されてちょっと不機嫌な壁の魔法騎士は、何をするんだよとしかめ面で二人を睨んだ。
そんな彼に、そりゃこっちの台詞だと切り返す、魔性少年達。
言いたいことはそれはもちろんいっぱいあった。
いい歳したおっさんが何をやっているのか。
そんな新婚みたいなことをやってていいのか。
発想が高校生並みだが大丈夫か。
そりゃもういろいろと。
けれども一番に言わなくてはいけないのは――。
「見てるこっちの気にもなってください!! なんてものをみせつけるんですか!! 共感性羞恥で死んでしまう所でしたよ!!」
「なに真顔でこんな恥ずかしいことをやってるんだ!! 明らかにこんなの見られたら、恥ずかしくって外歩けなくなる奴だろう!! 羞恥心がバカになってるの!?」
壁の魔法騎士がこれだけのことをしでかしておいてけろりとしていることだった。まるで止められた理由が分からないという感じに澄んだ目をして魔性少年と邪神を見る壁の魔法騎士。
その反応から、この男がまったくもって恥を恥とも思っていないことはよく分かった。よく分かったが、二人ともそれ以上言葉が出てこなかった。
嫌な沈黙が彼らの間に流れる。
その沈黙を破ったのは、それを生み出した張本人、壁の魔法騎士だった。
「何も恥ずかしいことはないだろう。妻と仲がいいというのは素晴らしいことだ。世界の平和は家庭の平和。家庭の平和は夫婦の平和だ。夫婦揃って仲が良いということは、この世界のためになるということなのだよ」
「なにが世界のためになることなのだよだ!! ふざけるな!! この色ボケ中年が!! こっぱずかしいことを真顔でいけしゃーしゃーと!!」
「なんだと!!」
「ゼクスタントさん、僕も流石にこれはその、どうかと思います。いい歳した大人の男女が、まるで新婚カップルのように」
「……なにを言うんだ!! 歳が行ってから結婚する夫婦だっているだろう!! 彼らだって、新婚の時はこれくらいいちゃつくはずだ!! それを君は否定するつもりかコウイチくん!! 見損なったぞ!! 君には失望した!!」
勝手に同情して、勝手に失望される。
そんなことを言われてもと絶句する魔性少年。いかんせん、人生経験の乏しい魔性少年には壁の魔法騎士を論破するには、いろいろなものが足りなかった。
それにしたって、壁の魔法騎士の覚悟の決まりっぷりが半端なかった。
堂々と、これくらい夫婦なら普通だと開き直っている壁の魔法騎士。
普通か普通じゃないかで言われれば、間違いなく普通ではないのだけれども、ここまで堂々と開き直れるとなんとも言えない。
厄介なのは開き直ったバカップルとは魔性少年も邪神も思ったが、それを口に出すのもはばかられる妙な威圧があった。
どうすると助けを求めるように邪神に目を向ける魔性少年。
一瞬にして結託した彼らは、なんとかして目の前の恥ずかしい大人に現実を直視させようと頭をひねった。
捻ったが――こんなもの妙案なんて浮かぶはずもない。
それよりも疑問ばかりが頭の中に浮かんできた。
「というか、さっきの妻と、前の妻と、まったく同じシチュエーションなのだが?」
「そうですよゼクスタントさん!! 甘い感じの最初の方の奥さんか、それとも後の方のちょっとやきもちやきな困った奥さんか、どっちが好きなんですか!!」
「……しれたことを」
どっちも好きに決まっているだろう。
そう言って、壁の魔法騎士がカットインが発動するくらいのキメ顔で叫ぶ。まるで必要のない、無駄カットインを決めるくらいに壁の魔法騎士が叫ぶ。
これまた魔性少年達はあまりのことに白目を剥いた。
どっちも好きに決まっているとは。
もはや、未婚の彼らに、それは到底理解ができない感覚だった。
「帰ってきた俺を優しく甘えさせてくれる、母性本能溢れるユリィもまた素敵だ。彼女に癒やされて、次の日も仕事を頑張ろうとそういう気持ちにさせてくれる。なんて素晴らしい妻なのだろう」
「いや、だったら、なんで次の……」
「一方で、俺のことが好きすぎて、ついつい困ったことを言っちゃうユリィもまた可憐だ。結婚してもはや数年、愛の確認なんて不要だというのに、それでも俺を試したくなってしまう。そんなちょっとさみしがり屋で甘えんぼな妻もまた素晴らしい」
「いや、それはどうなんですか? どっちが本当のユリィさんなのか……」
「俺にとってはバブみがあろうがツンデレだろうが、どっちもユリィはユリィなんだよ!! というか、人間の性格ってそんな単純なものじゃないでしょ!! 時には母のようであり、時には少女のようである!! そういう不安定な所もまた可愛いじゃないのよ!! というか、これ俺の妄想だから!! 別に、妄想の中で妻がちょっと現実と違う感じで可愛くっても、それはそれでいいじゃない!!」
「「いやいやいやいや、よくないよ!! それはそれでなんかヤバい奴だよ!!」」
とか言ってると、いろんな彼の妻が駆け寄ってくる。
「ゼクちゃんおかえりなさいなのぉー!! おかえりのぎゅっだよ!!」
「ロリユリィもまた尊い」
「おかえりなさいゼクスタント。ふふっ、他の女の匂いはしないわね」
「束縛強めのヤンデレユリィもまた受け入れよう」
「あら、おかえりなさい。今日は早かったんですね。お夕飯、台所にありますから」
「倦怠期、ちょっとすれ違い気味のユリィもまたこれはこれで」
「あなたぁー!! たいへんなのぉー!! ご飯作ってたらぁー、調理魔法を間違えてぇー、台所が爆発しちゃってぇー!!」
「ドジっ娘ユリィもまた素晴らしい!」
「おかえりなさい貴方!! さぁ、二人目を作るわよ!!」
「帰って二秒で即仲良し!! 全裸待機系けだものユリィもまたよろし!!」
「「ダメだ、こいつの仲で奥さん=女性っていう認識になってる!! 奥さん以外の女性を想像できないくらいの困った童貞だ!! 違う意味で痛々しい!!」」
女性経験が乏しいゼクスタントには、女性との関係を妻のユリィ以外に考えられない。つまり、妄想の中に登場する女性が、全てがユリィによって考えられてしまう。
それは、もはや仕方ないことだった。
結婚していてもメンタル童貞。
妻になった女性に一生恋し続ける。
そんな、悲しきモンスター童貞の性であった。
「メイドユリィ、猫耳ユリィ、チャイナユリィ、ナースユリィ。どんなユリィでも、それはそれで可憐だ」
「「もう誰か止めて!! この色ボケを誰か止めてあげて!!」」
そして、目を覆いたくなるようなおもいがけない大惨事であった。
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