第931話 壁の魔法騎士と大人の妄想

【前回のあらすじ】


 アザトスの精神攻撃の前に、脆くもガラスハートを粉砕されてしまった魔性少年。

 邪神に対抗できるのは彼しかいないと踏んだ壁の魔法騎士は、折れてしまった少年の心をなんとか修復できないかと試みる。


 しかしながら、思春期の青少年の心というのは思った以上に繊細で複雑。


「そんなこと!! ゼクスタントさんは大人だからそんなことが言えるんだ!! 僕の気持ちなんて分からないくせに――もう放っておいてよ!!」


 少年の口から出た拒絶の言葉に傷つく壁の魔法騎士。

 しかし、ここでひるんではいけない。


 かつて少年だった男として。彼と同じくガラスの心の時代を過ごした人間として。

 今、その繊細な心を持て余している少年に、彼は道を示さねばならない。


「……コウイチくん。君は一つ大きな勘違いをしている」


「え?」


「大人になっても、そういう恥ずかしい妄想はしてしまうものなんだ。男はね、一生そんな口に出すのも恥ずかしい、勘違いと妄想と失敗を繰り返して生きていくんだ。どんなにスカしていても、どんなに偉そうにしていても、それは代わらないんだよ」


 とまぁ、そんなトンチキなことを語り出した壁の魔法騎士。

 さらには、彼は邪神に対して、魔性少年に代わって自分に魔法をかけろとまで言い出した。


 はたして、壁の魔法騎士と魔性少年はどうなってしまうのか。

 壁の魔法騎士の妄想は、魔性少年の心を救うことができるのか……。


「救えないと思うなぁ」


◇ ◇ ◇ ◇


「くくくっ、そちらの小僧に代わって貴様がアザトビームを受けるというのか? 面白いことを言うではないか。別に喰らったところでどうなるものでもないぞ?」


「そうですゼクスタントさん!! 貴方までこんな恥ずかしい攻撃を喰らってどうするんですか!! というか、喰らう必要ありませんよね!?」


「……コウイチくん。俺は大人として、君に道を示してあげたいんだよ。スケベな妄想をしてしまうことが、全然恥ずかしいことじゃないと、君に教えてあげたいんだ」


「そんな!! どう考えたってこんなの、恥ずかしい以外の何物でもないじゃないですか!! やめてください!! こんなの自殺行為ですよ!!」


 構わない、と、壁の魔法騎士。

 その瞳は完全に、覚悟を決めた戦士の瞳だった。

 逃げられない闘いを前にして、最後まで闘うことを決意した男の目だった。


 護るべきものがある、貫くべき信念がある、そのようなものに準じることを決めた覚悟の表情が、壁の魔法騎士の中には確かに存在した。


 まぁ、その準じることがあまりにもしょうもないのはご愛敬ではあるが。


 なんにしても魔性少年に代わって、邪神と相対することになった壁の魔法騎士。彼はさぁ俺に魔法をかけろと、ノーガードで邪神の前にその身体を晒した。


 やめてくださいと魔性少年が懇願する。

 いや、やらせろと壁の魔法騎士が強弁する。

 そんな中、邪神がまたしても邪悪な微笑みを浮かべてその指先を上げた。


「いいだろう、お望み通りお前にアザトビームを撃ってやる」


「来い!! 俺はそんなビームに決して屈したりはしない!!」


「それ負けフラグが立つ台詞ですよ!! ゼクスタントさん!!」


「くくく、威勢の良い奴だ。しかしのう、ただのアザトビームでは面白みが欠ける。お前は、そこの少年に道を示すためにビームを喰らうと言ったな?」


「あぁ!! 男に二言はない!!」


 そうか、と、相づちを打つや邪神の背中にオーラが立ちのぼる。

 禍々しい漆黒のオーラを背負って邪神が宙に舞う。あきらかに先ほど魔性少年に向かってアザトビームを撃った時とは雰囲気が違う。


 邪神の名に違わない邪悪さを発揮してアザトス。

 その瞳が再び緑色の光を帯びた。


「ならばその夢、現実に引き出して見れるようにしてやろう」


「な、なんだと!!」


「貴様がどのような妄想を抱いているのか、そこの小僧にも見えた方が勉強になるだろう。そやつを導くために、お前は我がアザトビームを受けるのだ。ならば、これは私からの親切というものぞ」


 くっくっくと愉悦の声を放つ邪神。


 妄想だから許された。

 自分の中だけで完結する話だからこそ耐えられた。

 しかし、それが白日の下、そして衆目に晒されるとなれば話は別である。


 耐えられるのか、そのような屈辱に。


 壁の魔法騎士の顔に焦りが滲む。

 けれども、言い出したのは彼である。


 ここでやっぱり勘弁してくださいなどと言おうものならば、それはいくらなんでも格好が悪いというもの。なにより、こんなこと普通だと言って、慰めた魔性少年に深い悲しみを植え付けることになってしまう。


 今更退くに退けない。またしても覚悟を決めて壁の魔法騎士、やれと彼は胸を広げると邪神に向かって叫んだ。


 邪神の目が光る。


 はたして緑色の怪光線が伸びたかと思えば、壁の魔法騎士の身体を貫いた。

 ぐわぁあぁと絶叫を上げてリーナス自由騎士団の団長は、その場にへたりと倒れ込んだのだった。


 しばし、沈黙があって、倒れた壁の魔法騎士の身体から煙が立ちのぼる。


「こ、これはいったい!!」


「ふははは、いいぞいいぞ、出てくるぞ。この男の中から、煮染めた欲望が出てくるぞ。ほれ、見るがいい小僧。これがこの男が夢の奥底で描いていた欲望。浅ましい、男の願望なのだ――」


 壁の魔法騎士から立ちのぼった煙が、徐々に徐々に人の形を成していく。

 おぞましいかな、それはどれもこれも女の形をしている。


 これが、壁の魔法騎士が心の奥底で思い描いている欲望なのか。


 魔性少年。自分のために前に出た壁の魔法騎士だというのに、それも忘れてしかめ面をする。お年頃である。どうしても性的なものにたいして、忌避感を抱いてしまうのは仕方なかった。


 そんな魔性少年が、あっと大きな声を上げる。


「そんな、これは、まさか――!!」


「ふははっ、これはまた恐ろしい願望が飛び出してきたな!! やはり人間は愚か、浅ましい生き物よ!! くはっ、くははははっ!!」


 徐々に徐々にはっきりとしてくるゼクスタントの欲望の形。

 はたして、彼が思い描く欲望に住まう女達は――。


「全部!! 同じ顔!! けど、着ている服装や背丈が微妙に違う!!」


「同じ女を深く愛するのはたいしたものよ!! しかし、一人の女しか愛せないとは、男としては悲しいものよのう!!」


 すべて、彼の妻と同じ顔をしていた。

 夢の中でも、妻のことを忘れられない、そんな壁の魔法騎士であった。

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