第930話 壁の魔法騎士さんとあたりまえ

【前回のあらすじ】


 魔性少年の精神を邪神アザトスの攻撃が襲う。

 アザトビームは人の心の奥底にある根源的な欲望を夢として呼び起こす。


 魔性少年。彼も人を超越した超能力者といえども人間であった。

 その根底に眠っていた欲望が、いま彼の脳裏に襲いかかる。


 なんとか自力で夢の中から脱出した魔性少年だがその顔色は蒼白に染まる。あまりにもおぞましい自らの欲望。それを否定したくて、魔性少年は声を張り上げた。


「子供の頃、男の子だと思っていた幼馴染が、超絶美少女になるだなんて」


「……健全な、妄想!!」


「隣に住んでいるお姉さんが、小さい頃にした結婚の約束を覚えていてくれているんだけれど、やっぱり釣り合わないわよねと恋心を胸に秘めているなんて!!」


「……びっくりするくらい、健全!!」


「空から降ってきた女の子を助けたばっかりに、世界の命運を左右する冒険に脚を踏み込むことになるだなんて!!」


「……男の子なら、誰でも一度は夢想する奴!!」


 しかし、魔性少年の欲望は恥ずかしがった割にはどノーマルだった。

 いっそ、恥ずかしがるのがどうなのというくらいどノーマルだった。

 むしろいい歳なんだから、少しアブノーマルくらいでちょうどいいんじゃないのかと、不安になるくらいどノーマルだった。


 はてさて、最終決戦にも関わらず、思わず飛び出したトンチキ展開。

 クライマックスだというのに、まともに話は流れるのか。


 今週もどエルフさん、波乱含みでお送りいたします――。


◇ ◇ ◇ ◇


「全然普通だコウイチくん!! むしろ、それくらい誰でも思っている!! 男だったら一度は通る道だから、そんな深刻に悩まなくていい!!」


「……けど、ゼクスタントさん!! 僕は、僕は恥ずかしいんです!! こんな、いけない妄想を胸の奥にかかえているのが!!」


「ぜんぜんいけなくない!! 何もやましくなんかない!! だからそれくらい当たり前なんだって!!」


 膝を折ってその場にへたり込んだ魔性少年。

 うぅっと、悔しそうに涙を浮かべるが――内容は至ってトンチキしょうもなさすぎる。まさかの思春期少年の妄想を暴露されてのノックアウト。これには壁の魔法騎士も慌てるよりほかなかった。


 思春期の男の子の心とはガラスである。

 ちょっとした衝撃で脆くも崩れてしまう。


 どうフォローしたものかと親身になるのはこの男もまたガラスの心の時代を過ごした男の子だったからだ。そして、現在も仲は良いけれど繊細な扱いを必要とする、年頃の息子を持っている身だからだ。


 それでなくても、目の前の邪神に対抗できるのはおそらく魔性少年しかいない。

 こんな所でハートブレイクしている場合ではなかった。


 そう、壁の魔法騎士は自分たちの置かれている状況をよく理解していた。この場を切り抜けるためには、魔性少年の力が必要であると強く実感していた。


 だからこそ、こんなしょーもないことで潰れて貰っては困る。

 なんとしてでも魔性少年を立ち直らせなければ。壁の魔法騎士はしょーもないトンチキ展開にも関わらず、割とマジにどうやったら魔性少年を立ち上がらせることができるかと考えていた。


 そんな所に――。


「やれやれ、幼馴染も隣に住んでたお姉さんも、空から降ってきた女の子もいないというのに。妄想だけは逞しいな」


「……うっ、うわぁああっ!! やめて、やめてくれ!! 恥ずかしい!!」


「くそっ、邪神!! やめてあげろ!! 思春期の繊細な心を弄ぶんじゃない!!」


「事実じゃないか。思春期だったら恥ずかしい妄想をしても許されるのか? 恥ずかしいものは恥ずかしいことに変わりはないだろう?」


「……そうだ、僕は、別にそんな異性の知り合いとかいないのに、そういうことを考えてしまうイケない男の子なんだ」


「ぜんぜんいけなくない!! むしろいないからこそこういうのは考えるから!! 実際に居たら、いろいろと理想と現実のギャップに苛まれて、逆に考えられなくなる奴だから!! 女の子に夢を見るのは全然悪い事じゃないよ!!」


「そんなこと!! ゼクスタントさんは大人だからそんなことが言えるんだ!! 僕の気持ちなんて分からないくせに――もう放っておいてよ!!」


 壁の魔法騎士、胸を矢で射られたような衝撃を覚える。

 たぶんにそれは魔性少年が、彼の息子と見た目の年齢が近かったからだ。彼は魔性少年の拒絶に、息子の拒絶を重ねて見てしまった。


 今まで壁の魔法騎士は息子とは割と良好な関係を保ってきた。

 片親、そしてリーナス自由騎士団の団長という多忙を極める職責にある中で、壁の魔法騎士は決して親子の交流を十分にできていなかったと感じている。

 彼の息子はそのことを分かってか、割と大人な対応をしてくれた。

 それが嬉しくもありまた不安でもあった。


 息子はもしかしていろんな気持ちを抑圧しているのではないか。

 彼の気持ちに寄り添うことができな壁の魔法騎士を、実は恨んでいるのではないだろうか。

 本当は母親と一緒に暮らしたかったのではないだろうか。


 人は親子であっても所詮は他人である。

 完全にお互いを理解することができない。

 ただ相手を思いやることしかできないのだ。そんなことを痛感している壁の魔法騎士だからこそ、魔性少年の拒絶の言葉が胸に響いた。


 痛いくらいに響いた。


 そして、彼の中にある変なスイッチがオンになってしまった――。


「……コウイチくん。君は一つ大きな勘違いをしている」


「え?」


「なに?」


 壁の魔法騎士。顔にかけているサングラスを手で包むようにしてずり上げると、彼はキメ顔を魔性少年に向けた。


 大人の男の顔。

 魔性少年に足りない人生経験を滲ませた顔を作ると、かつて少年だった男は爽やかに微笑んだ。


「君は、自分がまだ若いからそういう妄想をしてしまったと、そう思っているね?」


「……そ、そうです。だって僕がまだ、大人の恋愛も何もしらない子供だから」


「それは違う」


「……えっ?」


「大人になっても、そういう恥ずかしい妄想はしてしまうものなんだ。男はね、一生そんな口に出すのも恥ずかしい、勘違いと妄想と失敗を繰り返して生きていくんだ。どんなにスカしていても、どんなに偉そうにしていても、それは代わらないんだよ」


 見ていたまえと、壁の魔法騎士が邪神に正面を向ける。

 ノーガード戦法。いっさいの防御を捨てた彼は、邪神をにらみつけるとその指先を伸ばして力強く言い放った。


「邪神よ!! 俺にアザトビームを撃つが良い!! 論より証拠、この俺の大人の野妄想をとくと味合わせてやるわ!!」


「……ほう、貴様。あえてアザトビームを受けるというのか、面白い」


「そんな!! ダメですよ、ゼクスタントさん!」


「コウイチくん。大人というのはね、子供の前でかっこつけるものなんだ。そして、今がその時なんだよ」


 そう言って、横顔で語るゼクスタント。

 それは男の顔。大人の男の顔。


 しかし、やろうとしていることはまったくもって、史上最大級のトンチキ。


「さぁ、どんな妄想が飛び出してきても驚くなよ!! 言っておくが妻が亡くなってからというもの、喪に服してきた俺だけれども――それだけに妄想は逞しいぞ!!」


 まったくえばって言えないことを壁の魔法騎士は男前の顔で言い放つのだった。

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