第929話 魔性少年と心の壁

【前回のあらすじ】


 魔性少年はデビちゃんが魔神の器であることを知っていた。

 長らく共に深海を旅してきた魔性少年とデビちゃん。彼らはその共に歩んだ歴史の中で、お互いのことをよく理解していたのだ。


 だからこそ、魔性少年は怒った。

 邪神がデビちゃんたちを眷属としながらも、ろくな力を与えずに深海を彷徨わせたことも知っていた。あきらかに理不尽な仕打ちを彼女たち一族に科したことを、魔性少年はちゃんと覚えていた。


 故に、その身体を超能力のエネルギーが駆け巡る。

 邪神への怒りが、デビちゃんへの想いが、彼の身体を熱く焦がす。


「神に逆らうか人間よ」


「貴様のような悪神を恐れ敬うばかりが人間ではない。人間の歴史は、神威との闘いの歴史。この身は確かに神より与えられた超常の身体なれど、心は人と共にある」


 ここに邪神と超能力者が相まみえる。

 果たして、魔性少年の超能力は、神を貫くことができるのか。

 どエルフさん、全裸フル○ンの魔性少年の肩に命運をかけて、ここにクライマックス決戦突入です。


◇ ◇ ◇ ◇


 魔性少年の念動力が空気を震わせ邪神の触手を切断する。

 幾多の敵を破ってきたデビちゃんの髪型触手。しかしながら、念動力という不可思議のパワーには対抗できなかったか。それはいやに簡単にちぎれ飛んだ――。


 かに見えた。


「小僧、神を屠るにその程度の力では不敬というもの。空間ごと持って行くくらいの気迫で来ぬ限り、我らの高みには至れぬぞ」


 その言葉を紡いだと思うやいなや、邪神操るデビちゃんの身体が鈍く光る。


 緑の光に包まれるデビちゃん。

 かと思えば、その髪が切断前の状態へと戻る。

 恐ろしいかな、既にデビちゃんの身体はセイレーンのそれにあらず。先ほど壁の魔法騎士を襲ったNTRホテップよろしく、既に邪神の権能を濃厚に帯びていた。


 一瞬にしてその身体を再生して邪神がその瞳を光らせる。


「まぁ、そちらの男より多少は楽しませてくれそうだな」


「……なっ!?」


「まずは小手調べ――アザトビーム!!」


 まるで星雲のようにきらめいて怪光線が一直線に魔性少年へと伸びる。

 魔性少年の念動力により巻き上がった土煙を切り裂いて、たちどころにそれは彼の首元へと迫ると、その細い喉仏をうがたんとした。


 いかんと叫ぶ壁の魔法騎士。

 しかし、そんな彼の前で、虹色の壁が展開する。


 それなるは超能力。

 魔性少年が持ち合わせている自動展開の障壁。

 アザトスが繰り出した光線を防ぐように展開したそれは、激しい衝撃音を立て火花を散らした。


 はたして堪えきれるか。

 しのぎきれるのか。


 脂汗が魔性少年と壁の魔法騎士の頬を走る。その時、彼らに相対する邪神の相好が愉悦に崩れる。


「小手調べと言っただろう。この程度でなんだ、情けのない」


 その言葉と共に魔性少年に伸びた光線の太さが増す。

 まるで最初からその太さであったかのように唐突に太くなったそれは、あっと魔性少年が叫ぶより早く念動力の障壁を突破してその首元に迫った。


 本当にそれは一瞬。

 刹那の攻防。


 壁の魔法騎士が魔性少年の名を叫ぶ。

 しかし、その叫びを飲み込んで、破砕音がオ○ンポスの空に響き渡った。


 あわれ魔性少年。やはり邪神に人間は敵わないのか。そんなことを思って打ちひしがれる壁の魔法騎士の目の前で――。


「……あれ? なんともない?」


 魔性少年がなんだか間の抜けた声を上げた。


 壁の魔法騎士も慌てて目をしばたたかせる。

 確かに、邪神の光線が魔性少年の喉を貫いたように見えた。だが、その直撃を受けてなお、魔性少年の喉には焼けた痕もなければ斬られたような痕もないのだった。


 これはいったい。

 戸惑う魔性少年と壁の魔法騎士に、再び笑みを浴びせかけて邪神が口を開く。


「お前達、何か勘違いしているようだな。この私の攻撃を受けて無事に済むと思っているのか?」


「なっ、何を!! そんなことお前に言われるまでも分かっている!!」


「いいや分かっていない。アザトビームを前にして、念動力による防壁などを展開しているのがよい証拠よ。くはは、愉快愉快!! 貴様のような無知蒙昧を、地獄に引きずり込むことこそ我が本懐!! そう、我が権能の神髄は力にあらず――」


 精神感応にあり。

 そう邪神が呟いた次の瞬間、魔性少年がその場に膝をついて崩れ落ちた。


 物理的なダメージを負った訳でもないのにその顔面は蒼白。

 間違いない、何か精神的なバッドステータスを植え付けられたのだ。


 慌ててその傍に壁の魔法騎士が駆けつけたが、次の瞬間には魔性少年がその場に転がりもんどりをうっていた。


「……うわぁっ!! うあぁああああああっ!!」


「どうしたんだコウイチくん!! しっかり、しっかりするんだ!!」


「アザトビームによってそやつの精神は我が精神に触れた。今、そやつの中では、我が本質である狂気の夢が渦巻いておるわ」


「狂気の夢だと!?」


「さよう。恥知らずな本能の夢――深層心理の奥底に横たわる、その者の欲望を映し出す真実の夢。それをこやつには見せているのよ」


 くかかと笑う邪神。その微笑みに壁の魔法騎士が眉を顰める。

 おっと、お前も喰らってみるかと怪しくその目がきらめいたその時、魔性少年がおもむろに立ち上がると、壁の魔法騎士の前に立ちはだかった。


 よかった無事だったかと壁の魔法騎士。

 しかし、魔性少年の首筋には滝のような汗が流れている。


 無事ではない。

 なんとかぎりぎり、精神力でもって立ち上がったという体であった。


 はたして彼はいったいアザトビームにより何を見たのか……。


「……くそっ!! なんてものを見せるんだ!! あんなものは、人が見ていいものではない!! よくも、よくも僕の大切な心に土足で踏み込んできたな!! 許さないぞアザトス!!」


「なにを言うか、私はただお前の心を突いてやっただけ。その蓋をされた欲望の釜からそっとその蓋を取り除いただけだ。お前が見た夢は、間違いなくお前の中に眠っているもの」


「黙れ!! 黙れ黙れ黙れ!! あんな、あんな夢を僕が抱いているだなんて、そんなのはでたらめだ!! 口から出任せだ!! あんな、あんな――」


 そう叫んで魔性少年がぐっと拳を握りしめる。


 葛藤を思わせる苦渋の表情。

 もし、それが本当に彼の中にある欲望なのだとすれば口にするのも恥ずかしいはずだろう。けれども、逆に口を噤んでしまえば、自らそうだと認めてることにもなる。


 もはや術を喰らった時から、言わねばならないことは確定事項であった。

 避けられぬそれは運命であった。

 その運命を呪うように、魔性少年が呟く――。


「子供の頃、男の子だと思っていた幼馴染が、超絶美少女になるだなんて」


「……健全な、妄想!!」


「隣に住んでいるお姉さんが、小さい頃にした結婚の約束を覚えていてくれているんだけれど、やっぱり釣り合わないわよねと恋心を胸に秘めているなんて!!」


「……びっくりするくらい、健全!!」


「空から降ってきた女の子を助けたばっかりに、世界の命運を左右する冒険に脚を踏み込むことになるだなんて!!」


「……男の子なら、誰でも一度は夢想する奴!!」


 恥ずかしい、そう言って顔を伏せる魔性少年。

 大人びた彼には、それはあまりに幼稚すぎる望みだったのかもしれない。

 自分の年頃には卒業しておくべき発想だったのかもしれない。


 しかし――。


「大丈夫だコウイチくん、割とそれは大人になっても抱く妄想だ!! というか、それくらい別に普通だよ!! 男の子だったら!!」


 割と普通に思春期っぽい悶々であった。

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