第928話 壁の魔法騎士と邪神の王

【前回のあらすじ】


 NTRホテップの目的は壁の魔法騎士を倒すことではなかった。

 彼は自ら闘うつもりなど毛頭なく、邪神の眷属であるデビちゃんを覚醒させることを目的としていた。


 自らの住処を終われたデビちゃんたちの祖先は、何もすぐに深海に適応できた訳ではない。暗く太陽の光も届かず、また魔性の者たちがはびこるそこに順応するには、自らも異形に成り果てるしかなかった。かくて彼女の祖先は邪神に服従し、その眷属として一族の未来を差し出したのだ。


 いずれ邪神が顕現する為の器として、その身体を改造されたデビちゃんたち。

 少女の身体に溢れるパワーの理由はこれであった。

 邪神に従属する見返りに、彼女たちは深海でも生き延びることが出来る力を手にしたのだ。


 そして、今、その邪神と交わした約束が果たされる時が来た。


「さて、我が名はアザトス。脆弱なる存在よ、お前達は我に何を求める。我がお前達にくれてやれるのは、退廃と滅びだけだが――」


 デビちゃんの身体を乗っ取って、ここに邪神の王が君臨する。


 はたして醜悪なオーラをまき散らす魔の王に、壁の魔法騎士は勝てきるのか。

 最後の最後、これにてオ○ンポス編大決着かという寸前での大どんでん返し。はたして壁の魔法騎士もとい男騎士達の運命やいかに。


◇ ◇ ◇ ◇


 爆ぜる閃光。


 緑の光の奔流の中にあって壁の魔法騎士。

 彼は咄嗟に壁魔法を展開してそれに備える。


 大質量の石の壁を構築している余裕はない。また、先ほど攻撃を受けた時の感覚から、壁によりそのダメージを完全に防ぐことは不可能に覚えた。


 ならばと壁の魔法騎士策を巡らせる。


 一呼吸もない時間での咄嗟の判断。

 こればかりは、リーナス自由騎士団の団長として、そして暗部に携わってきた者として、数々の修羅場での経験が身体を動かした。


 作り出したのは、いくつものスリットのある数枚の壁。

 複雑な形状でこそあったが隙間のない一枚壁を作り出すよりは早かった。


 爆算する光のエネルギー、それを受けて止めるのではなく、受けて流す。壁の魔法騎士に直噴するはずだった爆発のエネルギーは、彼が作り出した有孔の壁によって見事に左右に流されて、そのエネルギーを減衰させられたのだった。


 とはいえ無傷とは行かない。

 激しい緑の光に焼かれて壁の魔法騎士の革鎧が破れる。

 マントは暴風に引き裂かれて、彼の被っているサングラスは飛ばされた。

 熱風に晒されて頬のひげが焦げ、額から鎖骨にまでびっしりと汗が滴る。


 荒い息を吐き出せば、それは深海の空気に触れて白む。水蒸気を多分に含んだそれを吐き出した壁の魔法騎士は、すぐさま壁魔法を放ってアザトスを石牢の中に封じ込めると、その背後に居た魔性少年と共に邪神から距離を取ったのだった。


 僅かにだが邪神からの攻撃が緩む。

 その隙に魔性少年の状態を確かめる。


 緑の光の奔流の余波を喰らったはずだがその身体に目立った外傷はない。

 ただ、相変わらず深い眠りの中に落ち込んでいる。


 どうやら、彼らを昏睡させた眠りは疲れからくるものではない、何かしらの精神攻撃を受けたものだと壁の魔法騎士はすぐに察した。


 解呪は壁の魔法騎士の専門とする所ではない。

 すまないと思いつつ、彼は魔性少年の頬を二・三度叩く。


 騎士の殴打である。

 加減をしているとはいえダメージは大きい。


 すぐに魔性少年は目を覚ますと、いつの間にか眼前に迫っていた壁の魔法騎士の顔に目を剥いた。


「ゼクスタントさん!? いったいこれはどういう状況ですか!?」


「詳しい説明をしている時間はない!! とにかく、今はあの敵から逃げるぞ!!」


「……デビちゃん!! そうだ、デビちゃんはいったい!!」


 そう言って、魔性少年が邪神――によりその身体の自由を奪われた、相棒の姿を見る。すぐさまその顔色は蒼白に染まり、次に彼の髪がざわりと沸き立った。


 逃げるために、壁の魔法騎士は魔性少年を起こしたはずだった。

 しかし、予期しないどころか予想外。魔性少年は目の前の光景に臆することもなければ、むしろ怒りを露わにして真正面から、相棒の中に宿った魔性に啖呵を切った。


 邪神に向かって伸ばした腕には紫電が走る。

 魔性少年は漲る超常の力を、今まさにはち切れんばかりに循環させていた。


「貴様!! その娘にいったい何をした!!」


「何をした? はて、何もしていない。ただ、古の約定に従い、あるべき姿に戻って貰っただけだが?」


「……やはり!! 中に居るのは貴様か、邪神アザトス!!」


「なに!? 知っているのか、コウイチくん!?」


 邪神アザトスが顕現しデビちゃんの身体を乗っ取った時、魔性少年はまどろみの中にあったはずだ。そんな彼の口から、どうしてその名前が飛び出してくるのか。

 壁の魔法騎士の表情がおもわずこわばる。


 はたして、どうしてかと言えば、その答えは簡単。

 長らくデビちゃん――もといセイレーン目デビルフィッシュ族と深海を漂い続けてきた魔性少年である。彼はもちろん彼女たちの中にある、邪神の存在を知っていた。それはもう、彼女たち一族が邪神と契約したいきさつから、今日に至るまでの全てを彼は知っていたのだ。


「デビちゃんの祖先をそそのかし、たいした力も与えずに呪いだけをその身に刻み、あげく深海を彷徨わせておいて彼女の身体も奪おうというのか、この外道!!」


「心外な。深海で生きるのに必要な力と、我を宿すのに必要なだけの肉体は与えたぞ。まぁ、たった一人、選ばれた者だけにだがな。複数も神の器は必要ない」


「ふざけるな!! 貴様のような奴に、デビちゃんと彼女の一族を好きにはさせない!! 覚悟しろ、アザトス!!」


 途端魔性少年の身体に青い光があふれかえる。邪神の放つ緑の光と違って温かいその光は、ひときわ彼の身体の一部で激しく光ると、強烈な破裂音を響かせた。


 舞い散る闘気と服。

 露わになる筋肉と恥部。

 はたして魔性少年は、体中の超能力エネルギーを活性化させて、臨戦態勢――全裸状態に移行して目の前の邪神に紫電を放った。


 しかし、その紫電を腕の一振りで邪神は払う。

 さらに目の前の魔性少年に対して羽虫でも見るような視線を向けた。


 その口が邪悪に微笑み重々しい言葉を発したのはすぐだった――。


「神に逆らうか人間よ」


「貴様のような悪神を恐れ敬うばかりが人間ではない。人間の歴史は、神威との闘いの歴史。この身は確かに神より与えられた超常の身体なれど、心は人と共にある」


 貴様を倒してデビちゃんを取り返す。

 人類の誇りを取り返す。


 そう言うと魔性少年は、股間をまろびだして拳を前に突き出すのだった。

 闘争心に全身の気が逆立つ中、年相応のそれがゆらゆらと深海に吹く風に揺れる。


 かくしてここに、神対人の闘いが幕を上げた。

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