第921話 デビちゃんとイカスミVSタコスミ

【前回のあらすじ】


 タコとイカ。二つの似て非なる軟体動物。

 似ているからこそ憎しみ合う。似ているからこそ相手を許せない。

 二つの種の間には、どうやっても決して交わることのない、キノコタケノコ的な断絶が存在していた。


 今、その二つの種族が、深海最強の名をかけて拳を交える。


 イカ代表。

 可憐な乙女と思わせて意外に武闘派。

 髪型触手を自在に操る少女――デビちゃん。


 タコ代表。

 かつては巨人。今はタコの化け物。

 エロイゾエッチム我は求め訴えたりイ○イ○言っちゃうとかどこ言った。

 割とパワーでごり押し――邪神マンくん。


 譲れない二人の想いがぶつかりあい、今、この深海の闇の中で閃光を放つ。はたして勝利するのはイカとタコ、いったいどっちなのか。


 深海武闘伝どエルフさん、ここに開幕です。


「異世界ファンタジー成分息してない……」


 それは割と元から息をしていなかったような。


◇ ◇ ◇ ◇


 闇。

 突如としてデビちゃんと邪神マンくんを包み込んだ闇。


 その黒い世界に囚われてイカとタコの二人。彼らは、まさしく深海での闘いよろしく、光の届かぬ漆黒の世界で拳を交えることとなった。


 もっとも――。


「ゲソ!! なるほど、この闇は――よく見るとスミによる濃霧!! これがお前のスミ技という訳でゲソね!! タコ野郎!!」


 この目くらましを使ってきたのは邪神マンくんの方だった。


 イカのスミと違って、タコのスミはそれほど粘度がない。

 これは、イカのスミがダミー用途――自分の身代わりを作りだして襲わせるのが目的――なのに対して、タコのスミがチャフ用途――広範囲にスミをまき散らして目くらましにするのが目的――と違っているからだ。


 タコとイカでは、スミの使い方からして違っている。


 同じスミを吐く軟体動物と言っても、やはりひとくくりできない違いがそこにはあるのだ。


 そして、その違いに絡め取られて、デビちゃんは思わぬピンチに陥っていた。


 四方見渡す限りはスミで作られた闇。

 その先に、人の姿を確認することはできない。

 濃いそれは彼女がやって来た深海と同じ冷たい色。無限に広がるスミの世界に、デビちゃんごくりと喉を鳴らした。


 見えない、だが、気配は感じる。

 この闇の中で蠢くタコ野郎の気配を。

 彼は決して逃げるためにこのスミを吐いた訳でもなければ、この闇の中にデビちゃんを閉じ込めた訳でもない。それはもう、ひりつくようなその殺気でよく分かった。


「ゲソ……狙っているゲソね!! そこでゲソよ!!」


 デビちゃんの青色をした髪が闇を引き裂いて走る。

 その触手が斬り裂いたのは衝撃波。


 バチンと弾けるような気配――しかし、散布されたスミは一向に晴れることはない――に、デビちゃんが思わず顔をしかめる。


 どうやら邪神マンくんは、デビちゃんをじわじわなぶり殺しにするつもりらしい。

 嫌らしいネチネチとした攻撃に、思わず舌打ちも出るというもの。


 そして、この黒く塗りつぶされた世界の中であっても、相手はデビちゃんの位置をつぶさに把握しているようだった。

 その顔に、少しも似合わない緊張の色が表れる。


「ゲソ!! ねちねちとやっぱりタコはやることが陰湿でゲソね!! 正々堂々と正面から向かってくる勇気はないんでゲソ!! 情けないじゃなイカ!!」


「……ンンン!! そんな安い挑発に乗るほど、俺もヤキが回っていない!! 勝負に汚いも糞もない、勝った方がただ正義なのだ!! この闇の中で、なぶりごろしにしてくれるわ!!」


 飛び交う、ソニックブーム。

 闇を斬り裂いて飛んでくるそれを、デビちゃんは触手で触って破壊する。


 一撃一撃は弱くとも、ちまちまと当たり続ければ結構なダメージが蓄積する。

 本体にダメージが通る前に、打ち落とす作戦を彼女は取った。

 けれども――。


「ゲソ!! 予想外に手数が多いでゲソ!! 競り負ける!!」


「ふふっ!! イカがタコを舐めたからこうなるのだ!! 確かにイカに比べてタコのスミは薄い!! けれども、それを補うテクニックがタコにはあるのだ!!」


 ちまちまと遠間に攻撃を繰り出すのがテクニックかと不敵に笑うデビちゃん。しかし、ここはそのようなやせ我慢でどうにかなる場面ではない。


 辺り一帯、全て邪神マンくんのテリトリー。

 圧倒的なアウェー。


 さらに言えば、相手の術中に既に落ちている。


 勝てるのか――そう考えて、デビちゃんは静かに顔を振った。


「勝てる勝てないではないでゲソ!! 勝つんでゲソ!!」


「ほざけ!! そんな気合いだけで勝てるならば苦労はしない!! さぁ、俺がどこにいるか分かるかな!! この闇の中で、俺に攻撃を当てられるかな!! できまい、イカの娘よ!! 所詮イカなど、その程度のそんざ――」


 イッと、邪神マンくんの声が引きつる。

 闇の中、捉えていたデビちゃんの気配が膨れ上がったかと思うと、恐ろしい精度でそれが練り上げられていくのが分かったのだ。


 これは間違いない。

 武術魔術には疎いが、戦闘の中に身を置いてきた獣の本能が、目の前の白い軟体動物が危険だと警告を発していた。


 はたして、デビちゃんがゆらりと髪の触手を揺らす。

 繰り出される衝撃波を受け止めながら彼女は、僅かに空いている触手と自分の手で、胸の前に印を結んだ。


「ゲソ!! 目くらましは何もタコの専売特許じゃないでゲソよ!! 奥義、ゲソゲソ流魔術!! イカスミ法師!!」


 立ち上る濃い墨の柱。

 瞬く間に八本の人影が現れたかと思うと、タコスミの闇の中に揺らめく。

 あれはまさか、イカスミで造りだしたデコイか。


 そう邪神マンくんが思ったその時――。


「いくでゲソよみんな!! そいつをとっちめてやるでゲソ!!」


「「「「「「「「ゲソー!!」」」」」」」」


「なっ、なにぃっ!?」


 八つの柱は突如として動き出すと、スミの闇の中を邪神マンくんに向かって突撃し始めたのだった。

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