第920話 魔性少年と魔神マンくん
【前回のあらすじ】
恐ろしいかな、その圧倒的な体躯から繰り出す破壊音こそが凶器と思っていたがそうではない!!
本当に恐れるべきはその音痴!!
外れた音程!!
いかれたビブラート!!
意味不明な所で刺さるコブシ!!
そのメロディが、全てソニックブームとなって目の前の相手を襲う!!
おそろしきかな邪神マンくん。
ふざけているように見えて、会ったその瞬間から既に彼のペースに相手を巻き込んでいた。反撃する間もなければ、その必殺技の真相に迫る間もなく追い込まれた壁の魔法騎士は、あっという間に地に膝をついた。
「……ダメだこれは」
自らの力の至らなさと邪神マンくんの声に震える壁の魔法騎士。
最後っ屁とばかりに繰り出した壁魔法も灰燼に帰したその時――。
「待つでゲソ!! そこまでじゃなイカ!!」
黒い水球が邪神マンくんに飛んだ。大気を揺らすソニックブームで攻撃してきた彼だったが、どうしてその黒い水には、その衝撃波が通じない。思わず飛び退いてそれを避ければ、邪神マンくんの術が切れて壁の魔法騎士の身体に自由が戻った。
はたして彼の下に駆けつけたのは他でもない。
「どうやら、間に合ったみたいですね、ゼクスタントさん」
「ゲソ!! 危機一髪じゃないか!! 間に合ってよかったでゲソ!!」
魔性少年とデビちゃん。
超能力潜水艦コンビの二人であった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ゲソ!! ここは私に任せるじゃなイカ!! 人外の者には人外であたるに限るでゲソよ!! なに、巨人がなんぼのものでゲソ!! こっちは海の王者、デビちゃんじゃなイカ!! というか、あんなタコ頭に負けてたまるかでゲソ!!」
「なっ……タコ頭だと!! そっちこそイカみたいな頭しやがって!!」
「これはお前と違ってお洒落でやっているんでゲソよ!! まったく、この深海コーデが分からないとは、センスがないんじゃなイカ!!」
イカとタコ、にらみ合うデビちゃんと邪神マンくん。
同じく露骨なパロディにして深海からやってきた二人組。同族嫌悪かそれとも競争心か、二人が反目するのはもはや必然であった。
そんなやる気満々のデビちゃんに任せて、魔性少年が壁の魔法騎士に駆け寄る。
彼はすかさず超能力を使って壁の魔法騎士を起こすと、後ろに下がっていてくださいとその前に出た。
同じ騎士ならばともかくほぼ装備がないと言っていい少年である。
そんな相手に守られる訳にはいかない。すぐさま、大丈夫だと食い下がろうとした壁の魔法騎士。だが、その目の前で、すぐに邪神マンくんが口を大きく開いた。
来る。
「いけない!! すぐに耳を塞ぐんだ!! 奴の攻撃は破壊的な歌唱力!! それお背にしている装置で倍増させて、俺たちを行動不能にするんだ!!」
「……なるほど。なら、聞こえなければ問題ないでしょう?」
何をバカなと壁の騎士が口に出しかけてそれが止まる。
いや、正確には、かき消された。
口を動かしている、喉を鳴らしている、肺から息を吐き出している。
にもかかわらず、まったく口から声が出てこない。その不思議な感覚に、壁の魔法騎士が目を丸める。彼の表情を見つめながら微笑んだのは魔性少年だ。
その表情から壁の魔法騎士、目の前の少年がなにかをしたことを察し、また、彼が高位の魔法使いに相当する力の使い手だとすぐに察した。
(……空気の層を作って音を拡散しました。大丈夫です。もう私たちにアイツの歌が届くことはりません)
(これは!! 口を動かしていないのに喋って!?)
(すみませんゼクスタントさん。器用に敵の声だけを遮断できればよかったのですが、そこまでやるのはちょっとコストがかかりすぎるので。私たちの声も相殺させていただきました。今は超能力――特殊な魔法で脳内に直接語りかけています)
なんとと心で絶句するゼクスタント。
声を潜め念話にてやりとりをするというのは、魔法使いもよくやっていることだ。
けれどもしかし、それはもっと抽象的な会話である。身振り素振りも交え、合図を共有することでかろうじてわかり合えるレベル。魔性少年が使った技は、そんな壁の魔法騎士が知る念話の域を遙かに超えている。
ここまでされて悟らぬ方がどうかというもの。壁の魔法騎士は、目の前の魔性少年の実力を認めて静かに彼にこの場を任せることにした。
いや、より正確には、彼が連れて来た見知らぬ少女に。
「なんと!! 俺の歌が無効化されただと!!」
「ゲソゲソ!! コウイチを舐めたらダメじゃないか!! そして、私も舐めて貰っちゃ困るじゃないか!! がら空きでゲソよ!!」
邪神マンくんに肉薄するデビちゃん。
白いワンピースを振りまいて、青色の髪がにわかにはためいたかと思えば、その幾条にも分かれた先が鋭い刃となって邪神マンくんに襲いかかる。
自分の歌でスタンすると思い、完全に油断していた邪神マンくん。突如顕れたデビちゃんの攻撃を前に、彼はそれを躱すこともできずにその身に喰らった。
緑色をした躯体を斬り裂かれ、鮮血の代わりに黒い液体が飛ぶ。
ゲソゲソゲソと、デビちゃんの笑い声が響く中、くっと邪神マンくんははじめてその顔に苦渋を滲ませた。
「イキって出て来た割にはあまりたいしたことないでゲソね!! その程度の実力でこの深海の王者デビちゃんに挑んでくるとは、良い度胸でゲソよ!!」
「黙れ!! 深海の王者はこの俺!! 邪神マンくんだ!! お前のようなイカの娘に深海の覇権を譲った覚えはない!!」
「ゲソ!! そんなことないでゲソ!! 全深海の生物の代表者が話し合う深海生物会議で、私が最強ということで決定したんでゲソ!! メガロドンくんも、ダイオウグソクムシくんも、チョウチンアンコウくんも、最強って言ったじゃんなイカ!!」
「しらんわそんな会議!!」
壁の魔法騎士と魔性少年をおいてきぼりにして、くだらない会話で盛り上がるデビちゃんと邪神マンくん。
やはり話してみても、お互い相容れる存在なのは変わりないようだ。
こうなったら拳で決着を付けるでゲソよとデビちゃんが構える。
それに合わせて邪神マンくんも構えると、二人は同時に地を蹴った。
交わる蹴りと蹴り。
まるで格闘漫画の一幕のように、高く飛び上がって二人、蹴りを交わすとすぐに地面に着地する。デビちゃんのワンピースの裾が微かに切れ、邪神マンくんの顎先から生えている触手が一本ずるりと落ちる。
肉対戦の実力は同じ。
この勝負、どちらが勝つかもはや誰にも分からなくなってきた。
「イカの誇りにかけて、お前には負けないでゲソ!!」
「タコの名誉に誓って、俺も負ける訳にはいかん!!」
漲る闘気がぶつかりあう。デビちゃんの青いオーラと、邪神マンくんの赤いオーラがぶつかり合って、気の衝撃波を作り出す。次の瞬間、高くその場に飛び上がった二人は、空中にて各々の必殺技を繰り出していた。
後ろに引いて力を溜めた髪。一瞬に賭けるとばかりに鋭い眼を向けるデビちゃん。
それを真っ向から受け止めながら、頬に手を当ててアッチョンブ○ケよろしく、変顔をする邪神マンくん。
どちらが先にしかける、そんなことも考える暇もなく――。
「イカイカ神拳奥義!! イカイカ百烈拳!! イカソーメン転生じゃなイカ!!」
「なんのタコタコ神拳奥義!! たこ焼き波!! 熱々の小麦玉を喰らえ!!」
二人の必殺技は交わると、激しい閃光と共にその場で爆ぜた。
お互い死力を尽した一撃。
そのエネルギーがぶつかり合って、光へと変じたのだ。
はたしてその光の後にやってきたのは濃厚な闇。
まるで、二人の姿を隠すように、それはいきなりその場に帳を落とすと、彼らの闘いを見守る壁の魔法騎士と魔性少年の視界をふさいだ。
はたして、どちらが勝ったのか。
あるいはどちらがこの闇の中で優位に立っているのか。
(……デビちゃん!!)
魔性少年のデビちゃんの無事を願う心の声が響いたその時、闇の中に再び眩い閃光が走るのだった。
どうやら激戦は、この闇の中でまだ続いているようだ。
はたして、二人の勝負の行方やいかに。
タコとイカ、どちらに深海最強の称号は与えられるのか。
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