第922話 デビちゃんと影法師
【前回のあらすじ】
タコのスミとイカのスミ。似ているようで役目が違う。
タコのスミはめくらまし。周囲環境を暗くして、その暗闇に紛れて危機を回避するためのもの。故に薄く、広く散布される。
イカのスミはデコイ。自分の分身を作りだし、そこに敵の攻撃を向けさせるためのもの。故に濃く、局所的に散布される。
そんな二つのスミが、奇しくもここ海の底、怪奇メフィス塔にて交わる。
邪神マンくん対デビちゃん。
タコとイカの誇りをかけた二人の闘いは、ついにクライマックス。各々のスミを吐き出しての応酬へと至っていた。
はたして吐き出した墨の中を移動して邪神マンくん、音の刃でデビちゃんにロングレンジからの攻撃を食わえる。
あわやデビちゃん一方的に蹂躙されるか。
そう思った時、デビちゃんが放ったスミが暗闇の中に立ち上った。
八つの影が暗い闇の中にさらに暗く浮かび上がる。
それはデビチャンの影法師。
しかしただの影法師ではない。
「いくでゲソよみんな!! そいつをとっちめてやるでゲソ!!」
「「「「「「「「ゲソー!!」」」」」」」」
デビちゃんが吐き出したスミが作りだしたその影は、影は影でも確かな意思を持った不思議な影であった。
◇ ◇ ◇ ◇
八体のイカの娘の影が闇の中を交錯する。
素早く飛び回り、目にも留まらぬ速さで移動するそれに、すっかりと目をとられた邪神マンくん。彼の得意とするソニックブームもその動きに心を奪われ一瞬止まる。
いや、心を奪われたというよりも、それはどれに狙いを定めて良いのか、分からなかったためだ。
「ど、どれだ!! どれがいったい本物なのだ!!」
「ゲソ!! 私が本物じゃなイカ!!」
「いやいや、こっちが本物でゲソよ!!」
「イカの真贋も判別がつかないとは、やっぱりタコはダメじゃなイカ!!」
「やーい、こっちでゲソー!! 捕まえられるものなら捕まえてみるでゲソ!!」
どれもがどれも、本物らしく動く。
波間に漂うイカスミであれば、波にたゆたうだけである。もしただのスミだったなら、邪神マンくんであれば真贋を見抜くことはできただろう。
しかし、こうもそれらしく動かれては判別をすることなどできない。
デビちゃんはただ回避のためにスミを吐き出した訳ではない。邪神マンくんと同じように、この闘いを有利にすすめるためにスミを吐き出したのだ。
彼がデビちゃんの視界を奪うために、スミの煙幕を吐いたのだとしたら、彼女は邪神マンの判断力を奪うためにスミを吐いた。
彼女の吐いたスミはまるでそれぞれが意思を持つ。
それは影法師となって、タコのスミが作り出した闇の中を蠢く。こ
の際は、先にスミによって周囲を暗くしたのが仇となった。スミの煙幕が邪魔になり、どれがどれと判別をするのが余計に難しくなっている。
チッと舌を鳴らして邪神マンくん、冷静になろうと務める。
だが既に遅し。
「こっちでゲソ!! 敵影発見でゲソ!! 全員戦闘配置でゲソよ!!」
「「「「「「「「ゲソー!!」」」」」」」」
既にその姿は捉えられていた。
まずいとたまらず距離を取ろうとする邪神マンくんだが、その周囲を既に八つの影が囲っている。
影は所詮影。
別に彼らは質量を持っている訳ではない。
取り囲まれたからなんというもの、攻撃が刺さる訳でもなし。
そう判断したが命取り。
「ふん、取り囲んだからなんだというのだ!! 影にいったい何……ぐはっ!!」
「ゲソゲソゲソ!! 影にいったいなんだってゲソ!!」
「そんな!? バカな、何故ダメージが!! どうしてそんな!! ブベッ!!」
次々に、見舞われる乱打の嵐。八つの影、それが邪神マンくんの周りを飛び交っては、次から次にその身体に拳をお見舞いしていく。
そしてその影は確実に邪神マンくんの身体を穿っていた。
確かな質量を伴って、その身体を撃ち抜いていた。
なぜ。
どうして。
邪神マンくんの脳裏に疑問がよぎる。
それを笑い飛ばしてデビちゃんとその八つの影。彼女たちはゲショゲショゲショと特徴的な笑い声を上げると、拳と共にそれを邪神マンくんに浴びせかけた。
「分からないでゲソか!? この私が操る影法師、影とは名ばかりその実態は――」
「そうか、スミ!! それは紛れも無く、実態を伴ったスミ!!」
「そうでゲソよ!! 吐き出したスミは周囲の水気を取り込みまた魔力で膨張し、質量を伴った実態ある影になったんでゲソよ!! つまり、私のこの影は、お前を殴り飛ばすことが可能ということでゲソ!!」
「……くっ、そんな!! 迂闊!! あまりにも迂闊!!」
「今更悔やんでも遅いでゲソ!! さぁ、じわじわなぶり殺しにしてやるゲソ!!」
そう、デビちゃんが扱う影法師は、影法師と銘打ったが実際には影ではない。
その実態は、彼女が説明した通りスミである。
質量を伴ったモノだった。
イカのスミと同じ原理、波間に漂うデコイだと認識したのが間違い。
そのデコイは動くし攻撃もする。影であり分身なのだった。
デビちゃんが使ったのは即ち――分身の術。決して、目くらましのための技ではない、ダメージ倍加のための術だったのだ。
にやり、と、デビちゃんとその影の頬がつり上がる。
場の趨勢はただ一つ、ほんの些細な闘いの機微の読み間違いにより、今ここに決しようとしていた。
「さぁ、このままタコ殴りゲソ!! 歯を食いしばるでゲソォォオオ!!」
「ぐっ、ぐわぁあああああっっ!!」
「イカイカ神拳奥義!! イカまみれ、イカざんまいじゃなイカ!!」
繰り出されるデビチャンの触手が、まさしくイカまみれという感じに次々に邪神マンくんの身体を打ちのめす。瞬く間に影の触手の乱打にその身体を巻き上げられた邪神マンは、そのままなすすべも無く双魚宮の宙を舞うのだった。
もはや、何もかもが遅すぎた。
「くっ、邪神マンくん、一生の不覚!! よもや敵の攻撃を読み間違えるとは!!」
ぐああぁっ、といううめき声の後、爆散する邪神マンくん。
ここに、あまりにもあっけなく、圧倒的な力でもって勝負は決着した。
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