第918話 邪神くんと狂気の沙汰
【前回のあらすじ】
怪奇メフィス塔最後の試練の間。
そこで壁の魔法騎士を待ち構えていたのは、大きな大きな池であった。
どうしてこんな所に池があるのか。唐突に現れたそれをのぞき込めば、そこにはどこまでも続く望遠なる深淵が待ち構えている。
のぞき込んではいけない根源的な暗闇。
池の底を見つめてしばし言葉を失う壁の魔法騎士。
その時、その深淵から彼を引き寄せる手が伸びた。
緑色をしたそれは、池の中から身体を引きずり出すと、その異形を明らかにする。まるでタコみたいな顔。大きく広がった背中の羽。そして――。
「……
「なっ!! 邪神だと!!」
怪奇そして迷惑極まりない登場挨拶。
そう、彼こそは海底の底から全て捨ててやって来た邪神――。
「俺の名前は邪神マンくん!!」
「……ダメだ!! お前!! 三体悪魔合体は流石にまずい!!」
悪魔マンなのか、悪魔くんなのか、それとも邪神なのか。大御所三つを豪快に煮しめた狂気のパロディ生命体だった。
はたして、壁の魔法騎士の正気は持つのか。
という感じで今週もどエルフさんはじまります。
◇ ◇ ◇ ◇
壁の魔法騎士は混乱した。
いきなり現れた邪神を名乗る○金闘士。
その素性が分からずに壁の魔法騎士は混乱した。
いや、彼は邪神マンを名乗っているが、そんな英雄、古今東西の歴史を紐解いても壁の魔法機の頭の中にはなかった。
いったい目の前の男は何者なのか。
百歩譲って、パロディ三位一体の展開については目を瞑ろう。
それにしたって、邪神マンというパワーワードが強すぎる。
そのあたりがはっきりとしないまま、闘う事はできなかった。
喉の奥にひっかかった、小骨を取らずに闘えるほど、壁の魔法騎士の精神は図太くできていなかった。
いや、違う。
「ここ、怪奇メフィス塔では、人類の英雄たちの魂が現れるという。なのに、ぜんぜん人類のフォルムをしていない。頭の先から足の爪の先まで異形。いったい、それでなんの英雄だというのか。気になる、気になってもう、何も手がつかない」
壁の魔法騎士はやはり混乱していた。それも正気を失うレベルで混乱していた。
そう、彼はあろうことか狂気――SAN値チェックに失敗していたのだ。
一時的な精神の恐慌状態。
おおよそ人間の理解の外側にある、異形が現れたせいなのか。
それとも、その超越存在と会話したためなのか。
はたまた、三つの悪魔が一つになった冒涜的なパロディからくるものなのか。
それは定かではないが、とにかく壁の魔法騎士は混乱していた。
混乱してまともに行動できないようになっていた。
ここまで男騎士のかつての仲間や、自らの師と相まみえても毅然と――かどうかはともかく、大きく取り乱すことは無く闘ってきた壁の魔法騎士。それが、邪神を前にして初めて狼狽えていた。正常な判断ができなくなっていた。
そんな壁の魔法騎士をあざ笑うように、邪神マンくんは立ち尽くす。
見事な正面男立ち。
ぶらりと揺らした二つの腕。
無駄にキリリとした目。
そしてタコの顔。
なぜか顎先を少し上げて、空を睨んで立ち尽くす邪神マンくん。異形の者の無駄に凜々しい立ち振る舞いが、またしても壁の魔法騎士の精神を蝕んだ。
「ンンン!! どうやら戦う前から俺のオーラに圧倒されているようだな!! 情けない!! それでもこの怪奇メフィス塔に挑む戦士か!! お前の戦士としての矜持はその程度なのか!! もっと根性みせろよ!! 熱くなれよ!! やれるやれる、お前ならやれるよ!! さぁ、かかってこいよ!! 俺に本気を見せてくれ!!」
「ヤメロー!! これ以上キャラクターを複雑にするな!! ただでさえ、色んなものが混じっていて扱いずらいのに!! せめて三パロディまでにしてくれ!!」
「パロディがなんだ!! お前だって、まるでダメなパロディのくせして!!」
誰がまるでダメなパロディだと激昂する壁の魔法騎士。しかしながら、その言葉さえも彼の術中。みるみると壁の魔法騎士の正気が削られていく。
やれやれという感じで首を振った邪神マンくん。
何を思ったか、彼はふと手を池にかざした。
池の水面が忙しく波紋を立て始める。
今度はいったいなんだ、そう壁の魔法騎士が目を見開いた先に――現れたのはこちらの世界で言うところの鉄筋。
そう、あの鉄筋である。
それが組み合わさり、みるみるうちに建物の形を成していく。これまた、こちらの世界で言うところのビルディング。まだコンクリートやそれを塗りつける基礎が組まれていない、紅色をした鉄筋で組み上げられた工事中の建造物だった。
そんなものがずもももと水面の中からせり上がる。
天井に届くかというくらいに、壁の魔法騎士の前にそびえ立つ。
こちらの世界にはない構造物質。また、なまじ壁を操っているだけあって、目の前に現れた建造物の構造的な難易度が壁の魔法騎士には分かる。
魔法で造り上げたにしても、目の前の男は凄まじい魔法の腕前だ。
よもや魔法使いとしての実力でも敵うだろうか。
突然のトンチキ展開に、驚いていたのもつかの間、魔法使いとしての技量でも見せつけられる。またしても、壁の魔法騎士の胸の中が忙しくざわめいた。
しかし――。
「……よっこいしょ」
そんなことなど知らないという感じで、邪神マンくんは鉄筋の上に座り込む。
どこか夕日を見るように寂しげ。しかしながら、狂気のホラー小説家が素描きした邪神のようにシュール。
そして、手にはどこから取り出したのかオカリナが握られている。
そのタコのような顔の先細った口にオカリナを当てて邪神マンくん。
彼は寂しげなメロディをいきなり演奏しはじめた。
それは狂気のメロディ――。
「誰も知らない、俺も知らない。邪神マンくんが何なのか」
「またそんな特定しやすい歌を!!」
そして狂気のソング。
邪神マンくんは絶妙にオカリナを響かせると、その中で歌い出したのだ。
今なら壁の魔法騎士にもわかる。
邪神マンくんが呼び出した鉄の檻は、ただのこけおどしではない。
複雑に編み込まれたそれは、邪神マンくんが紡ぎ出すオカリナの音を、増幅させて奏でる音響楽器に他ならなかった。
吹いた笛の音が鉄筋に反響して、複雑なハーモニーを奏でる。
遅延したそれが、邪神マンくんの歌声に合わさって、狂気的な音を作り出す。
邪神マンくんの放つ悪魔の歌声と、複雑怪奇に絡み合ったその音により、壁の魔法騎士が目眩を覚えて膝をついた。
なんということ。
これが邪神マンくんの力。
まさしくこれは――。
「……狂気の歌声!! まさしく、
「ンンンン!! ようやく気がいたか!! そう、俺こそ原初に人より別れ、今は滅びた一族の末!! 人の世に滅びを告げるメッセンジャー!! 巨人族!! その最後の頭領!!
「くっ、伝説に歌われた巨人であったか!! 気がつかない訳だ!! しかし、確かに巨人も人――」
「そう、お前達に滅ぼされはしたがな!! しかし、俺はこうして帰ってきた!! 巨人族の最後の末はこうして再び人類に復讐するために戻って来た!! 水底に住まう邪神の力を身につけて!! さぁ、聞くが良い人類よ!! お前達に無惨に殺された、巨人が奏でる怨嗟の歌を!! 貴様等を冥府神の下へなぞ到着させはせん!! ここでお前は、邪神マンくんと死ぬのよ!!」
一度、双魚宮に流れるメロディが止んだ。
かと思えば、先ほどよりも大きな音の波が、一斉に壁の魔法騎士に襲いかかる。
ただの空気の振動だというのに、まるで四方八方から殴られているような感覚が壁の魔法騎士を襲う。その強烈さに、思わず蹲った壁の魔法騎士。三半規管を強制的に揺り動かされては、流石のリーナス自由騎士団の騎士もひとたまりもなかった。
いや、というより――。
「くっ、この、聞いているだけで不快になる歌声!! 外しっぱなしのキー!! 響きすぎて訳がわからなくなってるビブラート!! 不自然な所で入るこぶし!!」
「どうだ、俺の歌は!! ジャイアントパワーが耳に溜まってきただろう!!」
「……シンプルに!! 歌が、下手!!」
シンプルに下手クソだった。
超絶魔法で、音響をセッティングした割には、普通に歌が下手クソだった。
聞くに堪えない、吐き気を催す歌であった。
そう、邪神の力とか、巨人族とか、そういうの関係なく。
邪神マンくんこと剛田オリオンの歌は吐き気を催す殺人ヴォイスであった。
音響兵器であった。
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