第917話 ど壁の魔法騎士さんたちと双魚宮

【前回のあらすじ】


 鬼族の姫、自らの呪いの力を見誤る。

 長らく彼女の下を離れて、人々の間を渡り歩いてきた鬼族の呪い。

 その数奇な流浪の中で、呪いはかつて彼女がこの世にそれを生み出した時よりも、さらに強大で醜悪なものへと変質していた。


 多くの鬼族の呪いの宿主たち、その今際に挑んで怨嗟の力を高めたそれは、もはや産みの親である鬼族の姫にも制御できない段階に至っていた。


 すわ、男騎士の身体を暴走した呪いの力が駆け巡る。

 このままなすすべも無く、男騎士の身体は呪いの力に屈してしまうのか。

 その暴走を受ければ、生身であれば瀕死の重傷、霊体であればその魂が消滅するほどのダメージを受けかねない。


 絶体絶命。

 まさか、こんな所で、男騎士の旅路は潰えるのか――。


 その時だ!!


「そうはさせないであります!!」


「ティトどん!! お前をみすみすしなせはせん!!」


「モォーッ!!」


 謎の台詞と共に、三つの光り輝く希望のアイテムが、男騎士へと飛んでいった。

 まるで呪いの苦しみにもがく彼を助けんとばかりに。


 はたして、その三つのアイテムとは。

 そして、男騎士は鬼族の呪いが持つ怨嗟の沼から抜け出すことができるのか。

 どうなる、どエルフさん――。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて。


 男騎士たちが鬼族の姫から、鬼の力のコントロールについて学んでいる一方。

 壁の魔法騎士は一人、宝瓶宮よりさらに上――残された最後の試練の間である双魚宮へと向かって階段を登っていた。


 激戦の末、彼の師匠、そして妻は再びあるべき場所へと戻った。

 冬将軍は現在彼が駐留しているはずの山岳都市へと。

 男騎士の姉は、再び彼の到着を待つ冥府神の下へと。


 それぞれがそれぞれの場所に戻る中、彼は自分が成すべきことを考えた。


 もはや、この試練が儀式的なものであることは彼も把握している。時間についても余裕がある。なにも焦ることなどない。

 けれども男騎士達がこれから行う試練が、どれほど時間がかかるかは分からない。


「俺だけでも、先に駒を進めなければ」


 この場で闘う事ができる人間は今は彼しかいない。

 女エルフから連戦しろと言われたということもあった。だが、それを抜きにしても、彼には怪奇メフィス塔を攻略しなければならないという気負いがあった。


 一歩でも多く。

 数刻でも早く。

 この塔を攻略する。


 壁の魔法騎士は、鬼族の姫と修行するために残るという男騎士と女エルフ、二人を宝瓶宮に残すと双魚宮へと登った。そして、そこで待ち構えている最後の○金闘士と雌雄を決しようとその扉を開いたのだ。


 今までにない荘厳な門構え。

 仄かに緑色をしている石造りの扉には、双魚宮のマークが刻まれていた。

 はたして、いったいどのような○金闘士が中で待ち構えているのか。


 どのような者が相手でも関係ない。


「このまま、推して通るのみ!!」


 先ほど、男騎士を間違って倒してしまった時に見せた、情けない一面はどこへやら。再び、リーナス自由騎士団の長としての威厳を取り戻した壁の魔法騎士は、その暗闇が満ちる双魚宮の奥深くへと入り込んでいった。


 灯はない。

 どこまでもどこまでも暗闇が満ちている。

 人の気配もまた感じない。


 これはまさか無人ではないのかと壁の魔法騎士が訝しむ。その時だ。

 突如として緑色の光が天から降り注いだかと思えば、彼の目の前を照らし出す。眩く、天井から降り注ぐ緑の光を反射して波打つのは水面。


 そう――。


「馬鹿な!! 宮の中に池があるだと!! これはいったいどういうことだ!!」


 双魚宮の真ん中。壁の魔法騎士が辿り着いたのは大きな池。

 緑色に染まってたゆたうその水面を見つめながら、壁の魔法騎士は何か得体の知れない恐怖に身体を震わせた。


 そう。

 壁の魔法騎士は、最初その感覚を無視していた。

 自分がそのような感覚に陥るはずがない。錯覚かなにかだと切り捨てていた。


 この宮に入った時から、彼の身体は震えていた。まるで、真冬の山に放り込まれたように、しかしながら寒さとはまた質の違う何かに、彼の身体は震えていたのだ。


 恐怖。

 それはこの宮に満ちている、異様な空気に壁の魔法騎士が抱いた恐怖の現われ。

 一歩踏み込んだその時から、そこが異質だと壁の魔法騎士は気がついていた。


 この宮は、これまで挑んできたどの宮とも違う。


「あきらかに魔力の質が一つ上がっている。いや、一つではない。なにかこう、これまでの宮とは次元が違う」


 それはかつて、魔神と闘った時にも感じた圧倒的な力の差。

 神と人の間にある、決して越える事のできない断絶。

 ある種の神性。


 まさか、この宮を守るのは、英雄にして神だとでもいうのか。いや、確かにそのような伝承が、世界にないこともない。かつて人だった存在が、周りの人間から信奉され、縁ある者たちによって神へと列せられることはままあるのだ。


 そんな類いが相手なのか。

 だとすれば、いささか相手が悪いのではないか。


「なんにしてもこの池はなんなのだ。何か、この宮の黄金闘士に関係があるのか」


 そう呟いて、壁の魔法騎士が池の奥をのぞき込んだその時。


 ほの暗い水の底から。

 池の暗闇の奥深くから。

 深淵の底より。


 彼をのぞき込む姿があった。


 すぐさま、壁の魔法騎士の精神が攻撃を受けているのを察知する。長くのぞき込んでいてはいけない。反射的に顔を逸らしたその瞬間、水面が割れたと思うと、そこから一つの影が飛び出していた。


 二つの腕に、二つの足。

 緑色をした肌に包まれたそいつは、異形の顔を持っている。


 いや、顔だけではない。

 まるでコウモリのような翼が、そいつの身体には生えていた。


 突然姿を現わした異形に、絶句する壁の魔法騎士。

 そんな彼に、紅く輝く瞳を向けて、その異形は叫ぶ。


「……邪神ジャシーンンンンン!!!」


「なっ!! 邪神だと!!」


「とうっ!! 俺の名前は、邪神マンくん!! 海の底を愛し、人間を愛し、深海から迫り来る邪神軍団から人類を守るために、全てを捨てて飛び出した男!!」


 何を言っているのか。

 邪神マンくんなる者が言っていることを理解できずに固まる壁の魔法騎士。

 そんな彼の前で、緑色の肌に大きな翼、そして、悪魔タコみたいな顔をした、異形の生命体は胸を張って立ち塞がった。


 その堂々たる立ち振る舞い、まさに英雄。


 しかし――。


「さぁ、ここが最後の試練だ!! 双魚宮を守る、この邪神マンくんを倒してみせるがいい!! いくぞ!! エロイゾエッチムエロイゾエッチム!! 我は求め訴えたりイ○イ○言っちゃう!!」


「……ダメだ!! お前!! 三体悪魔合体は流石にまずい!!」


 悪魔マンなのか、悪魔くんなのか、それとも邪神なのか。

 最後の最後で出て来た大トンチキに、壁の魔法騎士すっかりと取り乱すのだった。


 エロイゾエッチム我は求め訴えたりイ○イ○言っちゃう


 まさに今、狂気を煮しめる釜の蓋がここに上がった。

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