第914話 ど男騎士さんと能力補完計画

【前回のあらすじ】


 男騎士たちの前に現れた紫の衣をまとった乙女。

 彼女こそ、男騎士の身体に宿った鬼の呪いをこの世に生み出した者。鬼の姫、赫青鬼アンガユイヌであった。


 男騎士が変身する鬼の姿とは似ても似つかぬ可憐な格好。

 では、いつも男騎士が変身しているあの姿はいったいなんだったのか。


 そんな疑問と、彼女が宝瓶宮に姿を現わした理由。

 二つが綺麗に結びつく答えを、鬼の姫は男騎士に告げる。


「鬼は、荒ぶる鬼の姿と、静かなる人の姿の二つを持ちます――」


「それは!! まさか!!」


「鬼の姿に変じることなく、人の身で鬼の力を使えるということ」


 これから魔神シリコーンに挑む男騎士に、更なる力を与えたい。

 それは男騎士達パーティに与することを選んだ冥府神からの粋な計らい。

 死んだ鬼族の姫を通して、その身に宿る力を制御する方法を学んで貰うため、彼が仕組んだことだったのだ。


 はたして、更なる力を求めて、その方法を伝授して貰おうとする男騎士。

 いつになくシリアスな展開になってきたと息を呑む女エルフ達の前で――。


「即ち――シンクロ率のコントロール法!!」


「○ンクロ率コントロール法だって!! なっ、なんてことを言うんだ君は!!」


「……ダメだ、やっぱりこいつ致命的に耳がアホになってる!!」


 やっぱり安定の男騎士。

 彼はこの作品に必要不可欠なエロボケをかまして、せっかくいいかんじにまとまってきた事態を混沌の渦にたたき落とすのだった。


 流石だな男騎士さん、さすがだ。


 という感じで、今週は多分シリアスモード。

 どエルフさんはじまります。


◇ ◇ ◇ ◇


「なるほど、シンクロ率コントロールか。すまん、俺としたことがつい恥ずかしい勘違いをしてしまった。許してくれアンガユイヌどの」


「えぇ、まぁ、はい。それはいいんですけれど、どういう意味なんですか、ち――」


「訊かなくていいから!! 貴方は知らなくていいことだからアンガユイヌさん!! このアホが勝手に暴走したことだから、気にしないでちょうだいおほほ!!」


 卑猥なワードを口にしそうになったアンガユイヌを急いで女エルフが止める。

 無垢なまま死んだ鬼族の乙女には、男騎士が発した言葉の意味など通じるはずもなかった。それ故に、その言葉がどれほど恥ずかしいものかも分からず、彼女は戸惑うこともなく口にしそうになった。


 いっそすがすがしいほどにおぼこ。

 そんな彼女をなんとかフォローして女エルフ、彼女は額に溜まった玉のような汗を拭うのだった。


 さて。


「という訳でティト。アンガユイヌさんに鬼の状態をコントロールする方法を教えて貰いなさい。ちょうど都合のいいことに、今貴方は死んでいるわ」


「いや、ちょうどいいって」


「霊体ならアンガユイヌさんが干渉することもできる。この際よ、手取り足取り、そのコントロール法を伝授して貰いなさい。そして、手に入れた力で魔神シリコーンを今度こそ倒すのよ」


「手取り!! 足取り!!」


「なに考えてんだこのドスケベ!!」


 思わずまたしても意味深な単語に反応した男騎士。

 その頭を、すぱりと女エルフがたたき上げる。

 そんなわちゃわちゃとしている彼女たちの前で、男騎士の姉はこれぞ能力補完計画よと、冥府神の企みを改めて命名した。


 うむ、と、唸る男騎士。

 これから激しくなる戦いに、今よりさらに自分の能力を高めなくてはならないというのは、彼も実感していた。大性郷に師事し、剣の技を高めた彼だったが、それでもまだ何か足りないという実感があったのだ。


 これから彼が相手にしようとしているのは、ただのモンスターではない。

 この世界をかつて支配した神々なのだ。


 とうてい人間の力が及ぶことのない強大な相手に挑むのに、使える技や能力は多いに越したことがない。なにより、鬼の力を男騎士は持て余している。


 その身に宿っている鬼族の呪いは、発動すれば大いなる力をもたらすが、同時に我を失う可能性がある諸刃の剣。バビブの塔では制してみせたが、その力が、いつ何時仲間に向くか分かったものではないのだ。


 迷うことはない。


 男騎士はすぐに意を決すると、あらためて目の前の鬼族の姫に教えを請うた。


「教えてくれアンガユイヌどの。どうすればこの身に宿る鬼の力を制御できるのか。俺は、君から受け継いだこの力を、正しくこの世界の為に使いたい」


「……ティトさん。貴方が私の呪いを受け継いでくれて本当によかった。死して後、冥府にあってはじめてこの世界を呪ったことを後悔した私ですが、貴方がそう言ってくれてなんだか救われた気持ちです」


 鬼族の姫が悲しげな笑顔を向ける。

 そのえもいわれぬ表情の中に、男騎士たちは彼女の苦悩を察した。


 自分の身に降りかかった不幸に咄嗟に応じた。どうしてこんな目に遭わなければならないのかと世界を呪った。ただそれだけのこと。


 それが、巡り巡ってこの世界の災禍になってしまった。

 決して消えることのない呪いをこの世界に残してしまった。

 それを彼女は後悔しているのだ。


 ただ、強くなるだけではない。これは、目の前の罪の意識に囚われた、憐れな魂を救済する行いでもあるのだ。


 そう思えば、男騎士の身体には、自然と活力が漲る。


「任せてくれアンガユイヌどの。俺は、君の教えを無駄にはしない。この世界を平和に導くために。与えられた力を、この身に宿る呪いの力を、正しく使うと約束する」


「……ティトさん」


「この男が底抜けのお人好しなのは私が保障するわ、アンガユイヌさん。安心して、ティトはやると言ったらやる男よ。きっと貴方の後悔も、この世界も、まるっと救ってみせるわよ。だから、シンクロ率のコントロール方法を教えてあげてくれる?」


「……分かりました」


 まるで憑きものが取れたような笑顔を溢す貴族の姫。

 そうすると、彼女はそっと男騎士の手を取って、そこに自らの掌を重ねた。


 二人の身体が眩く光る。

 紫色の光。それは、男騎士と鬼族の姫が宿している鬼の色。

 一瞬眩く、その光が宝瓶宮に満ちたかと思うと次の瞬間、鬼族の姫の姿は霞と消えて、男騎士がそこには立ち尽くしていた。


 いや、違う――。


「ティト、貴方その姿!!」


「……うん? こ、これは!!」


 そこに立っていたのは紛れも無く男騎士。

 しかしながら、男騎士は男騎士でもちょっと特殊な状態の彼。


 TS王の力によってTSしてしまった、女になった男騎士がなぜか立っていた。

 これはいったいどういうことかと、男騎士も女エルフも困惑する。


 その時、どこからともなく消えた鬼族の姫の声が響いた。


「すみません、シンクロ率のコントロールをするのに、一時的に魂のあり方を変質させていただきました。なにせ、ティトさんの身体に宿っている私は女ですので」


「……そういえばそうだったわね」


「くっ、女の身体の方がやりやすいというなら仕方がない。ちょっと恥ずかしいが、世界のためだ、甘んじて受け入れようじゃないか」


「いや、お前は女にならなくてもだいたい恥ずかしい奴だぞ?」


「……くっ、殺せ!!」


「いや、ここぞとばかりにクッコロしても誤魔化せないぞ?」


 かくして、男騎士のドキドキシンクロ率コントロールトレーニングが幕を開けた。

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