第915話 ど男騎士さんとTS

【前回のあらすじ】


 男騎士の身体の中の呪い。

 その呪いを造り上げた赫青鬼アンガユイヌ。


 冥府神の計らいにより、鬼族の姫と邂逅し、彼女からその身に宿る鬼の力のコントロール法を習うように言われた男騎士たち。はたして男騎士は、世界を救うために、そして、呪いをこの世に産み落とした自責に囚われた鬼族の姫を救うために、そのコントロール法を教授して欲しいと、目の前の鬼族の姫に頭を垂れるのだった。


 はたして、その願いは聞き届けられた。


 男騎士の手の甲にその手を重ねれば、鬼族の姫の姿が霞と消える。

 そして次の瞬間、男騎士の身体は彼であって彼ではない、さきほど宝瓶宮に入った時と同じTSした姿に変わっていた。


「すみません、シンクロ率のコントロールをするのに、一時的に魂のあり方を変質させていただきました。なにせ、ティトさんの身体に宿っている私は女ですので」


「……そういえばそうだったわね」


「くっ、女の身体の方がやりやすいというなら仕方がない。ちょっと恥ずかしいが、世界のためだ、甘んじて受け入れようじゃないか」


 かくして、男騎士の鬼族の呪いコントロールのための特訓が始まった。


◇ ◇ ◇ ◇


「ところでアンガユイヌどの。先ほどから姿が見えないが、いったい何処へ?」


「今私は、ティトさんの身体と魂に刻まれた呪いのパスを通すことで、貴方の魂と融合しているんです」


「……魂を融合って。またそれは凄いことするわね」


 これも呪いの力ですよと、穏やかな声で言う鬼族の姫。

 そんなものかと納得する男騎士の一方で、女エルフは顔をしかめた。


 魔法による魂への介入というのは一朝一夕にできるものではない。それこそ女修道士シスターが、その魔法を行使した対価に命を失ったように、膨大なエネルギーはもとより、それを行使し続けるだけの集中力が必要になる。


 いくら条件が揃っている――男騎士の身体の中に彼女の生前と変わらない鬼の力がパスとして存在している――にしても、そう易々とできるものではない。

 もしかすると、この目の前の鬼族の乙女は、自分が思う以上に強大な力を持っているのかもしれない。それこそ、自分と同等、あるいはそれ以上の、魔法の使い手ではないのだろうか。そんなことをついつい考えてしまう。


 そんな女エルフの思惑を余所に、鬼族の姫はさっさと手ほどきを開始した。


「ティトさん。まずは、貴方の身体に取り憑いた状態で、私が鬼の力を引き出してみせます。それを感覚として覚えて、自分でやってみてください」


「……むぅ、随分とアバウトというか、感覚的なものなのだな」


「コントロールですからね。言葉で説明することもできなくはないですが、実際に体感して感覚を掴んだ方が手っ取り早いです。それに、ティトさんは戦士ですから、こちらの方がよく分かるかと」


「……たしかに一理あるわね」


 ではいきますね、と、鬼族の姫。

 その言葉と共に男騎士の身体から紫のオーラが立ち上ったかと思うと、その身体に模様が浮かび上がっていく。


 それはいつぞや、女エルフがベッドで見た、男騎士の身体に刻まれていた模様と同じ。鬼族の呪いを表す模様にそっくりのそれは、たちまちに男騎士の身体の隅々にまで刻まれると、妖しく発光するのだった。


 同時に、男騎士の身体が少しばかり大きくなる。

 目の錯覚でもなんでもなく、彼の身体の筋肉が膨張しているのが、女エルフから見てもよく分かった。もっとも、今は男騎士は魂だけの状態。加えて女体である。これが本当に、肉体を持った状態でもそうなるのかは定かではない。心の持ちよう、あるいは魂のありようだけということも考えられたが。


 なんにしても、これが正しく鬼族の力を解放した状態らしい。


「……どうですかティトさん。この感覚、分かりますか?」


「……なんとなくだが、分かる気がする。なるほど、確かに、人の身を留めたまま鬼の力を引き出すことができている気がする。鬼の身になったときの、身体の奥から湧き出てくるパワーを感じる」


「そうです、それでいいんです。後は気を強く持って、このエネルギーの波に呑み込まれないようにすればいい」


「呑み込まれてしまえば?」


 男騎士の質問に押し黙る鬼族の姫。

 今は男騎士の身体に取り憑いてその表情を窺えない。

 だが、どうにも実を詰むような痛々しい沈黙に、どうやらそれが危険なことであるのは言葉無くして伝わった。


 しばらくして、何かを観念したような鬼族の姫の言葉が響く。


「もし鬼の力に呑み込まれてしまえば、人の身体では御すことのできない強大な鬼の力によって、身体を傷つけることになります。言うなれば、間近で最大級の攻撃魔法を喰らうようなもの」


「……それは、なかなかきついな」


「諸刃の剣ね。まだ、仲間を傷つけないだけマシかもしれないけれど。けど、ちょっとそれを聞いてしまったら、おいそれと使わせられないわ」


「だからこそ、この場で完璧に鬼族の力をコントロールする術を身につけて欲しいのです。ティトさん、鬼族の呪いは、自分でも他人でもいい、誰かを傷つけずには居られないあらぶる力です。それが内に向けば自分を、外に向けば他人を傷つけます」


 大切なのは平常心。

 己の中で荒れ狂う力に冷静に立ち向かい、それを御す精神力。


 知力の低い男騎士には最も難しい精神判定行動。しかし、伊達に彼もここまでの長い道のりを、冒険者技能で知力を代替して乗り切ってきた訳ではない。


 任せろと彼は不敵に笑った。


 その言葉に安心したのか、男騎士の身体から紫色の模様が引く。

 どうやら、鬼族の呪いのコントロールが解除されたらしい。少しばかり身体が小さくなった男騎士は、ふぅと、まるでウェイトトレーニングや重めの運動の後のような、疲労の色が濃いため息を吐き出すのだった。


「いいですかティトさん。この感覚を覚えておいてください」


「あぁ、大丈夫だ。もう、だいたいコツは掴んだ」


「……では、今度は一人でこれをやってみてください。大丈夫。まだ、私が貴方と融合している状態です。何かあれば、私が無理矢理魂に介入して、コントロールすることができます」


 それは心強いなと呟いて、男騎士は瞳を閉じる。

 すぅ、と、深呼吸――霊体なのでする必要はないのだが――をしてから男騎士は、いつも鬼に変身する時と同じように、自分の下腹に刻まれている鬼族の呪いの印に手を当てると、彼はその力を発動した。


 徐々に、徐々に、鬼族の姫がその身体を使って、力を発動させた時と同じように、男騎士の身体に紫色の模様が広がっていく。


 しかし、先ほどと違って、男騎士の表情にはあきらかな苦悶が滲んでいる。

 やはり難しいか。いや、しかし、彼ならば。

 そんな思いを籠めて、男騎士の姿を見つめる女エルフ。


 その時であった――。


「ぐっ……あぁっ!!」


「ティト!!」


「ティトさん!!」


 男騎士の身体から大きな紫色の魔力が膨れ上がる。

 たった一瞬。ほんの少しの間。そして油断。


 ただそれだけで――。


「ぐああっ!!」


「うそ、ティトの身体が!! 大きく膨れ上がって!!」


「くっ、コントロールに失敗しています!! モーラさん、少し離れて!! すぐに私が魂に介入して――くぅっ!!」


「アンガユイヌさん!?」


 あまりにも簡単に、男騎士の身体は呪いの力に呑み込まれてしまった。

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