第913話 ど男騎士さんとシンクロ率

【前回のあらすじ】


 怪奇メフィス塔の攻略ぬるすぎワロタ。

 などと言っていたら、いきなり男騎士の姉に説教された男騎士達。


 夫である壁の魔法騎士の助っ人でもあり、冥府神のメッセンジャーでもあった彼女は、この怪奇メフィス塔で男騎士達に与えられた試練――その奥にある真意を、滔々と男騎士達に語った。


 試練が形式ばったものであるのは百も承知。

 古今東西の英雄の魂と闘うことで更なる力を得て欲しい。

 冥府神は意外にも、男騎士達に対して協力的であった。


 そして、望むことはそれだけではない。

 彼は自分が持つ権能――冥府の支配――を行使して、この場この時でなければできない成長を、男騎士達にして欲しいと望んでいた。


「貴方達が成長するために、今一度向き合うべき相手は英雄とは限らない」


 それはかつて海母神マーチに誘われ、海王神の下で修行したときにも感じたこと。

 自分が避けてきた過去と対峙することで成長するということ。

 あるいは、失われて久しくもはや対峙することができない因縁に対して、正面から向き合うということ。


 この場所――全ての死者の魂が集まる冥府にあっては、もはや叶わぬと思われた者とも、人外の魂とも対峙もできる。


 すなわち。


「ティト、もう分かりましたね? 貴方が向かい合うべき死者は、なにも人間ばかりではありません」


「……まさか!!」


 男騎士たちの前に現れたのは、紫の着物に身を包んだ鬼女。

 彼女こそは、男騎士とその姉の身体に宿った、鬼の呪いの基となった者。


「お初にお目にかかる。わらわこそは赫青鬼アンガユイヌ」


 鬼の姫君、その魂であった。


◇ ◇ ◇ ◇


 男騎士たちの前に現れた人外の者――その魂。

 紫の上等な衣服を身に纏った鬼娘は、淑やかにその頭を垂れると男騎士達を見据えた。男騎士の姉とはまた違う眼力。言うなればそれは高貴な身分にある者、あるいは、責任ある立場に身を置く者が、生活する上で自然と身につける空気であった。


 自らが立っているその立場。背負っている使命。歩んできた人生。

 それら全てに恥じることのないように、自らを厳しく律しようとする心の姿勢。

 抜き身の刀身を首筋にあてがわれたようなひりつく空気の中、思わず男騎士達が生唾を飲み下した。


 今やすっかりと新女王からは失われて久しい、高貴な者が持つ気品に、男騎士達は圧倒されていた。


 落ち着いた男騎士が口を動かしたのは、十を数えるほどの時間が経ってから。


「……貴方が、俺の身体の中に巣くっている、鬼の正体だというのですか?」


「はい。その節は、貴方にも貴方のお姉さまにもご迷惑をおかけしました。よもや、わらわの今際に放った呪いが、これほどまでに長き時を経てこの世に害をなそうとは。我が身の浅ましさを恥ずかしくおもうばかりです」


「いや、そんなことはない」


 鬼族の呪いは、鬼が死に際して、その命を刈り取らんとする者を恨んで発動する呪詛である。命の危機に挑んでその相手を恨まぬ者がいるだろうか。

 浅ましさと彼女は言ったが、それは鬼であろうと人であろうと当たり前の行動であるように男騎士には思えた。


 むしろこの際、彼が驚いたのは――。


「優しいお方ですね。お姉さまにも先だって挨拶させていただきましたが、同じように申してくれました」


「いや、それはそうだろう。貴方のような可憐な乙女に、そのようなことは言わせられない。むしろ、その身を襲った悲劇を憐れにさえ思う」


「仕方なきことです。我が一族は、わらわのあずかり知らぬ所であったとはいえ、多くの人々に憎しみと恐怖を与えた。その報いとして、一族の長たるわらわが斬られることになったのは世の定めし道理というものでしょう。だというのに、目の前に迫る武士に向かい、激しい恐怖と憎悪を抱いて果てた。どう弁明しても、我が身の未熟というものです」


「……赫青鬼どの」


わらわはもっと一族のことを知るべきでした。人間達のことも知るべきでした。そうすれば、悪戯にこのような悲劇が起こることはなかったでしょう」


 そう言って悔しそうに顔を歪める紫の鬼。

 濡れ羽烏の髪が揺れて、その双眸から涙が滴る。

 まさに幽玄の美しさと言うべきか、人を惑わすような色気があった。


 ますます、分からなくなるのは男騎士。

 彼は眉間に皺を寄せた。


 自らの身体に宿っている呪いの来歴については少なからず把握している。

 鬼族の姫が今際に放った悲しき呪い。それは知識として持っていた。

 幾ら知力1とは言っても、自分の身に関わる事くらいは覚えられる。


 しかしながら、変身した己の姿はこのような可憐なモノではない。

 姉が変身する姿も見ていたから知っている。


 人の身を依り代にして顕現したそれは、怒り狂うまさしく異形の怪物である。その姿と、今、目の前にしている鬼の姫の姿はどうにも結びつかない。


 あるいは彼女が自分を惑わしているのか。

 鬼は亜人種とはいえ、古くは妖怪とも言われた者達である。

 考えられる。いやしかし、何故こうして死後に自分の前に現れて、そのように騙す必要があるのだろうか。そもそも、そのようなことであれば、姉が黙っていないのではないかと、彼は頭が悪いながらに逡巡した。


 その逡巡の意味をくみ取って。


「戸惑われたことでしょう。貴方や貴方の姉君が振るわれた力――鬼の姿と、私は余りにかけ離れている」


「……いや!! そんなことは!!」


「いいのです、それはわらわも重々承知しておりますから。そう、死してなお自分を殺した相手を呪い、自らの現し身とするは鬼族の呪いが神髄。しかしながら、現し身として顕現できるのは鬼としての荒ぶる側面のみ」


「鬼としての荒ぶる側面?」


 はい、と、鬼の姫が頷く。


 そうしたかと思うと、たちまち彼女の身体が膨れ上がる。

 まるで白無垢のように白かった肌が、見る見ると紫色に変わったかと思うと、その姿が男騎士のよく見知ったものに変わっていく。


 間違いない。目の前に居る鬼は、自分の身に巣くう呪いの源泉だ。

 変身した姿がそれを証明している。


 しかし、これはいったいどういうことなのか――。


「どういうことなんだ? 鬼は鬼ではなかったのか? どうしてそんな少女のような姿と、化け物のような姿を――」


「人間と深く関わりを持つ鬼は、元来二つの姿を持っていたのです。妖怪として荒ぶる鬼の姿。そして、人間達と関わるために身につけた、静かなる人の姿」


「……では、そのどちらも貴方の姿、赫青鬼アンガユイヌだと?」


「はい。そして、ここに私が来た理由でもあります」


 ティトさま、と、優しく呟いて鬼の姫。

 彼女は再び背を縮ませると、黒髪の乙女の姿に戻っていた。

 紫の衣を揺らして、彼女は男騎士へと歩み寄ると、そっとその手を握りしめる。


 たおやかな手が節くれ立った男騎士の手を包み込めば、妖艶な匂いが男騎士の鼻先をくすぐった――ような気がした。もはや死んで、匂いなど感じるはずもないというのに、そう思わせるだけのすごみが、鬼の姫にはあったのだ。


 彼女は言う。


「鬼は、荒ぶる鬼の姿と、静かなる人の姿の二つを持ちます――」


「それは!! まさか!!」


「鬼の姿に変じることなく、人の身で鬼の力を使えるということ。ティトさま、貴方にわらわがこれからお教えしようとしたのはその秘法。鬼と化しながら、人であるために必要な要諦なのです。即ち」


 シンクロ率のコントロール法。

 そう鬼の姫は告げた。


 雷に打たれたような顔をする男騎士。

 無理もなかろう。その身体を蝕んでいる鬼の呪いを制御し、力に変える方法があるのだ。これほど頼もしいことはない。そう、女エルフは思った。


 だが――。


「○ンクロ率コントロール法だって!! なっ、なんてことを言うんだ君は!!」


「……ダメだ、やっぱりこいつ致命的に耳がアホになってる!!」


 どっこいやっぱりそれは勘違い。

 男騎士、いつも通り、安定の空耳を発揮して、勝手に赤くなっているのだった。


「……なんです、○ンクロ率は? どういう意味です?」


「そ、そんな!! そんなことはとても俺の口からは!!」


「いや、お前が言い出したんやろうがい。説明したれや責任もって」


 純粋な顔をして尋ねてくる鬼の姫。

 どうやら生前はたいそうな世間知らずだったことが、これまでの会話からも窺える。おそらく、男騎士の下ネタもばっちり伝わっていないことだろう。


 問い返してきたのは無理もなかった。


 そして、そんな無垢な少女に向かって、説明できる訳もなかった。

 男騎士にもそれなりに羞恥心はあったのだ。


「……せ、説明してあげてくれ、モーラさん!! 俺に代わって!!」


「いやだよ!! なんで私が!!」


「さっすが、さっすが!! 流石だなどエルフさん!!」


「しばくぞ!!」

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