第912話 ど男騎士さんと赫青鬼

【前回のあらすじ】


「まぁ、コーネリアを復活するついでに、私たちも復活して貰えばいいでしょ」


「コーネリアさんも復活できて、俺たちも復活できるから一挙両得」


 死んでしまったのにえらく危機感がないなと思ったら、厚顔無恥なことを考えている男騎士と女エルフ。そもそも、そんな簡単に復活させるのがまずいから、こうして試練を受けているというのに、大前提を忘れての暴論である。


 しかし、ここまでの試練で経験させられた数々のトンチキぶりに、男騎士も女エルフも辟易としている。いざ神の与えた試練、どのような無理難題・強敵が待ち構えているのかと、気構えてきてみればこのザマである。


 そりゃ復活くらいしてもらってもいいだろうと開き直るというもの。


 そこに間髪入れずに、了承の返事が冥府神から返ってくる。

 いよいよ調子に乗った二人が、やれ冥府神の試練はもとより彼自身にも文句を言い始めたその時――。


「こら!! 冥府神さまの厚意に甘えて生き返らせて貰うのにその言い草はないでしょう!! ティト!! それに、モーラちゃん!!」


 男騎士の姉にして、壁の魔法騎士の妻が吠えた。


 はたしてなぜこの場で彼女が怒るのか。

 どうして彼女が吠えたのか。


 その答えはすぐに分かった。


「冥府神ゲルシーさまのお言葉を伝えます。ティト、モーラちゃん、そしてゼクスタント。よく聞いてちょうだい」


 彼女はただ夫の危機に駆けつけたのではない。

 冥府神からのメッセンジャーだったのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 声色が変わる。

 生前も鬼族の呪いをその身に宿していたこともあり、どこか神がかったというか神秘的な雰囲気を時たま垣間見せていた男騎士の姉。すぐにその時の感覚を取り戻した男騎士と壁の魔法騎士は、真剣な表情で彼女の言葉に応えた。

 女エルフも、二人の騎士の早変わりを見て、これは真面目に聞かなくてはいけないものだと察する。


 はたして冥府神ゲルシーは、彼女に何を託したのか――。


「単刀直入に申しましょう。今回の試練については、先の魔神シリコーンの使徒との戦いにおいて、コーネリアさんを使わしたことに対する対価のようなものです。もとより、ゲルシー様は貴方たちが冥府の底――セントラルドグマに到達した際には、彼女を復活させるつもりでした」


「……なんと」


「形式が大事ってこと? ほんと、神様ってのもろくなもんじゃないわねぇ」


「モーラちゃん」


「……ひゃい」


 思わず、女エルフが黙ったのは、男騎士の姉が放った眼力に負けたためだ。


 真剣に聞いてと言った矢先に神に対する不平不満を述べた女エルフも悪かったが、それより増してその眼力が鋭かった。その冷たい輝きに、思わず身体の芯から熱が抜けていくような感覚に陥った女エルフは、反論もせずにその言葉に従った。


 姉弟だが男騎士とは違う。

 もちろん、男騎士とて時々、女エルフがはっと息を呑むような表情をするが、それとはまた異質のもの。生来の頭の良さというか、機転の良さというか、性格のきつさというか、なんにしても話の主導権を握る才能を彼女からは感じた。


 察したように男騎士が女エルフに声をかける。


「すまん、モーラさん。会ったことがなかったからはじめて説明するが、姉さんは昔からなにかと仕切りたがりでな。俺もゼクスタントも頭が上がらないんだ」


「……し、仕切りたがりっていうか、なんていうか。これ、私、嫌われてないよね? お姉さんに、私、嫌われちゃってないよね?」


「大丈夫。姉さんは誰にでもあんな感じだから。話の腰を折られるのが嫌いだから」


「人が話しているのだから、ちゃんと話を聞きなさい!!」


「……ぶへっ!!」


 男騎士の頬にビンタが飛ぶ。

 唐突に振るわれる暴力。


 後にも先にも、男騎士がこんなにも易々と女からの攻撃を受けたことはない。

 仮にも戦士技能については当代一の男である。それが、避ける間もなくビンタを食らった。あるいは、甘んじて受けたのかもしれないが、それはそれで怖い。


 先ほどの凍り付いた表情と相まって、女エルフの身体に戦慄が走る。

 震える彼女のその横で、壁の魔法騎士も暗い顔して俯いていた。


 どうやら、懐かしさより勝るトラウマ的な何かが彼の中にあるらしい。隣に怯えて座る壁の魔法騎士、その表情を見て女エルフは烈女の烈女足る何かを察した。


 これは逆らってはいけない。

 真面目に聞こう。


 いつになく女エルフが真面目な顔をすると、ようやく男騎士の姉は少しだけその顔から険を取り除いたのだった。


「形式ばった儀式であることは否定しません。ゲルシー様も、このようなことをせずとも力を貸してやりたい所だとは申しておりました。しかし、先にその力を貴方達が頼ったのも事実です。たとえ難易度ガバガバのヌルゲーだとしても、真剣に試練に挑むのが筋というものでしょう」


「……は、はい」


「また、そうは言ってもゲルシー様にも試練に挑んでの考えがあります。古今東西の英雄達、それと引き合わせ闘わせることで、貴方達の更なる成長を目論んだのです」


 なるほど。

 この○金闘士との戦いという試練を通して、古今東西の英雄と出会いそこから何かを学び取ってほしいということだったのか。


 言われてみれば、それは確かにまっとうな理由のように女エルフには聞こえた。


 ただ、出てくる英雄の悉くが、いまいち参考にならないというか見習いたくないというか、色物ばかりかつヌルゲー感があることは否めなかったが。


 なんにしても、冥府神が男騎士達に対して好意的であることは伝わった。

 それだけの厚意と好意を受けておいて、それをヌルゲーみたいにこきおろすのは、確かによろしくないだろう。女エルフも少しばかりこれには反省した。


 さらに男騎士の姉は話を続ける。


「ここまでの戦いで、多かれ少なかれ貴方達も得るものはあったはずです。英雄達の魂に触れることで、冒険者として、そしてこの時代の英雄として、一回りも二回りも成長したと思います」


「「「……」」」


「しましたね?」


「「「はい!! しました!!」」」


 したかなぁという男騎士たちの沈黙を、ごりごりの眼力で吹き飛ばす男騎士の姉。

 やっぱりこの人、怖い。そう女エルフが引きつった顔をする前で、よろしいと彼女は満足そうに頷くのだった。


 ほぼ言わせたようなものじゃないの。

 しかし、怖くてそれを口に出すことが出来ない。

 沈黙と刺すような痛々しい空気の中で男騎士の姉。

 けれどもと彼女は人差し指を立てた。


「英雄達との戦いだけでは得られないものもあります。確かに、彼らは人類が頼ったかつての希望。この世界に生きた多くの人間達を導いた者に違いありません。けれども彼らよりも、貴方達を劇的に成長させる人物も存在します。言い換えましょう、貴方達が成長するために、今一度向き合うべき相手は英雄とは限らない」


「……それは、確かに」


「モーラちゃんは察してくれたみたいね。たとえばモーラちゃんが一階で出会った貴方のおばあちゃまが好例ね。彼女が英雄であろうとなかろうと、モーラちゃん、貴方は彼女との出会いにより成長したはずよ。成長に大切なのはなにもかつての英雄と闘うことだけじゃない、会うべき死者に会うことなの」


 壁の魔法騎士にしてもそうだ。

 彼はこの塔で、死んではいないが全盛期の師と闘うことで成長した。

 また、彼の妻と再会することで、暴走していた魔術を制御し、その完成形に至る道筋を見出すことができた。


 死者と対話することで得られる強さというものがある。

 男騎士たちはかつて海王の下でそれを経験していた。

 実感としてそれを知っていた。


 冥府神もまた、それを男騎士たちに期待していたのだ。


 そして――。


「ティト、もう分かりましたね? 貴方が向かい合うべき死者は、なにも人間ばかりではありません」


「……まさか!!」


「私がここに遣わされたのは、このためでもあるのです」


 さぁ、出て来なさいと、男騎士の姉が言う。

 たちまち彼女の背後の空気が揺れたかと思うと、そこに紫色をした東洋の服を纏った黒髪の少女の姿が顕れる。しかしながら頭には一本の角。


 人間に似通った姿をしているが人間ではない。


 男騎士の姉が先に言った通りだ。

 英雄よりも男騎士を成長させる、人間ではない者の魂。


 そう、彼女こそは。


「お初にお目にかかる。わらわこそは赫青鬼アンガユイヌ。貴方と貴方の姉君の身に巣くう呪いの基になった、鬼族の姫にございます」


「……赫青鬼!!」


「……アンガユイヌ!!」


 男騎士の身体に刻まれた鬼族の呪い。

 それを生み出した者だった。

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