第875話 どワンコさんと腹黒

【前回のあらすじ】


 炸裂するワンコ教授の知謀。

 長らく男騎士達の知恵袋を務めてきたのは伊達ではない。


 新女王の失敗を早々と小気味よい挨拶で回復したワンコ教授。

 彼女はその溢れ出る才気を見せつける。

 これならば、なぞかけという体の大喜利においても、それまでのPharaoと劣らない活躍をするであろう。蠍の王スコーピオン・キングなにするものぞ。


 賢き犬耳の賢者。

 その慧眼が光る。

 しかし、そんな矢先。

 隣に座ったファラオが――ついにその正体を露わにした。


 白塗りの顔を拭い去れば、そこから出てくるのは日に焼けた色黒の顔。

 そして――。

 

「えぇ、古来より我が王朝では犬猫の類いをよく飼っておりますが、これには由縁がありましてね。今でこそ南の砂漠なんて言われておりますが、その昔は肥沃な土壌の穀倉地帯でございました――」


 ワンコ教授に勝ると劣らぬ挨拶。

 これは前の人間のネタを使って笑いを取るパターン。

 しかも、性質の悪い、知識マウント被せ芸。


 この男――色黒なだけでなく腹まで黒い。


 紫色の衣に身を包んだ蠍の王スコーピオン・キングを睨んで新女王は戦慄する。


 この闘い、どうやら、死人が出ることになるだろう。

 舌戦は必至であった。


「……というか楽さんと歌さんはプライベートで仲良いからあのネタができただけで、普通の人たちがやれるもんじゃないと思うんだけれど」


 今どきの若い子は○点見ないし、もう師匠もいないから……。


 師匠、どうして……。

 いや、ご高齢だったけれども……。


「あ、なんか変なツボ入ったなこれ」


◇ ◇ ◇ ◇


 知識マウント被せ芸。

 前の人が言った内容に、より深い蘊蓄でもって答えることにより、お、こいつのが分かっているやんけ感を出す技である。


 やった方は、視聴者に対してより賢いというイメージを植え付けれる。やられた方は、なんでえたいしたことねえなというイメージを植え付けられた挙げ句、ろくに文句も言えないという絶妙な切り替えし芸である。


 ぶっちゃけ、これをやることができるのは、それなりの胆力のある人物だけ。

 いくら才人・知識人とは言え、それをひけらかすというのは下品な行いである。その分野に通じていない素人にも、したり顔で人の無知を指摘した挙げ句、笑いにするような奴がろくでもないというのは分かる。


 知識人であろうとなかろうと、人間生きていればマウントを取られることはままある。横からしたり顔で間違いを窘められて、むかっ腹が立ったことなど誰しも経験があるのだ。

 そう、これはまさしく、誰の身にでも起こりうる激おこイベント。


 人の琴線ではなく逆鱗に触れること必至の所業なのである。

 しかし、しかし――。


「豊かな大河、豊富な穀物、南の国の大地はそれはそれはたいそうな穀倉地でありました。さて、そうなってくると、厄介なのがこれネズミでございます。動物のネズミも人間のネズミもどちらも厄介。という訳で、人々はこれ猫を飼い、犬を飼いと。まぁ、そういう次第に犬猫が飼われるようになった訳でございますな」


 おぉ、なるほど、とむくつけき男達が感嘆の声を漏らす。


 なぜだ。


 確かにその蘊蓄については凄い。

 往事のことを知っていないと出てこない知識ではある。


 けれども、そんな感嘆するようなことだろうか。そもそも、蠍の王スコーピオン・キングの取り巻き達は、彼と同じ時代を生きているのではないのか。


 だったら、別に一般常識だろう。

 驚く要素がどこにあるというのか。


 どうにも香ばしく匂い立つ茶番の匂いに、新女王が目を細める。

 それと同時に、視線を向けたのはワンコ教授の方。すっかりと話のダシに使われてしまった彼女は、まるで蝋人形のように固まってそこに座っていた。


 なまじ彼女は考古学者である。

 まるで当時のことを知らなかったのかと言わんばかりの蠍の王スコーピオン・キングの蘊蓄は、予想以上にワンコ教授のプライドに刺さっているようだった。


 これはきつい、そう新女王が思った所に――まだファラオの追撃は止まらない。


「まぁ、そこまでだったらあらかわいいって話で済むんだけれども、皆さんご存じの通り南の国ではもう一つ流行りましたね盗人が。そう、墓盗人。これをなんとかしましょうよと、王墓の中にまで犬猫を持ち込んじまったもんだから――え、話が長くってひからびちゃってる? あらホント、隣にミイラが。あ、こいつは困ったわん! どうも中も外も真っ黒、毒蠍亭ファラ太郎でございます」


 固まったワンコ教授の状態まで見越しての仕込まれた毒牙。

 さすが蠍の王スコーピオン・キングというべきか。


 エグいくらいの嫌味が飛ぶ。

 しかし、これに腹を立てては人間の底が知れるというもの。

 ワンコ教授、ここは耐え忍ぶことしかできない。


 そして、なるほど、そういうことだったのかと新女王。


 身内びいきにしても、ちょっとキツい蠍の王スコーピオン・キングの冗談。しかしながら、こちらの身内は引いていても、向こうの身内はそうではない。


「「「ファラオ!! ファラオ!! ファラオ!!」」」


「……どうやら、この蠍の王スコーピオン・キングのブラックジョークは、観客達のためだったようですね」


 毒舌ネタは人を選ぶ。

 それは性格が悪い人を選ぶ訳ではない。

 そういう不文律を知っている人間――その毒舌が彼の芸風だと知っている人間を選ぶということである。


 今更もなにも、ここは蠍の王スコーピオン・キングの独壇場。

 彼が用意した彼のための舞台である。


 そして、観客もまた舞台装置。

 彼らが、蠍の王スコーピオン・キングの芸風を理解していない訳がない。

 あらかじめ、仕込まれていたブラックジョーク。


「蠍と言いながら、やっていることは蟻地獄。まんまと嵌められましたね、ケティさん」


「……だぞぉ。油断したんだぞ」


 悲しみと悔しさに暮れるワンコ教授と新女王。

 そして、高笑いするファラオ。


 してやられた、そう彼女たちが悲観したその時。


『おのれファラオトロン!! 何も知らない無垢な少女を、ミイラポジションにして笑うとは許せぬ!!』


 その横で、妙な電子音声がした。

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