第868話 どワンコ教授と冒険心

【前回のあらすじ】


 天蝎宮を守る○金闘士は蠍の王スコーピオン・キング


 黄金の鎧に身を包み、マッチョな身体に白粉塗りたくった顔という、なんともエキゾチックなファラオであった。


 宙を舞い。

 華麗に歌い。

 下々の民を笑い飛ばす。


 その姿は、まさしく王の中の王。


 今ここに、怪奇メフィス塔はじまって以来の、大物○金闘士が姿を現わした。

 はたしてそんな奴を相手に、ワンコ教授と新女王だけで勝てるのか。


 自分たちだけでもやらなければならないと、勇み足で飛び込んだ彼女たちだが、相手のあまりの強大さに、すっかりと彼女たちは気を呑まれてしまうのだった。


 そして、このファラオ、間違いなく――良い声であった。


「……いや、ファラオがいい声で何か良いことがあるの?」


 まるでベテランアイドル声優。

 今どきの声優よりよっぽど女の子キャーキャー言わせていました。

 ここ最近も、出演したアニメの原作漫画に設定逆輸入、思わず主人公の生活レベルを引き上げるという活躍をした。


「いい!! もうそのファラオの声の話はいい!! やめよう大御所過ぎる!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 黄金のファラオ。


 その天をも衝く威容に圧倒されるワンコ教授と新女王。

 二人の後衛職は、その貧弱な身には余りある強大な○金闘士の登場に、お互いの肩を抱き合うことこそなかったが、等しく戦慄することとなった。


 これが、古代の王の威容。

 そして、蠍の王スコーピオン・キング


 空飛ぶ王の姿に、さらに強まる王コール。

 鼓膜を破るような強烈な怒号の中で、満足そうに歌い終えた古代の王が再び演説台の上に降り立つ。

 すかさず、奥から出てくる玉座にふんぞり返ると、白粉塗りの王はふぅとけだるげなため息を吐き出した。


「よもやここまで登ってくるとは思わなかったぞ挑戦者たちよ。しかし、余が守護する天蝎宮はそう簡単に突破できるモノではない。ここまでの○金闘士は惰弱極まりない雑魚オブ雑魚。余こそが最強にして至高のファラオにして○金闘士」


「す、すごい自信です!! なんなんですか、あの不遜な感じ!! けど、言われても全然悔しくない、むしろもっと言ってってなっちゃう、不思議な魅力が!!」


「エリィ、アイツの空気に呑まれているんだぞ!! 一旦落ち着くんだぞ!!」


 あまりに良い声過ぎて、百合の者である新女王の反応がバグる。


 筋金入りとまではいかないが、女エルフになみなみならぬ重たい感情を向けている新女王をして、惑わす魅惑が蠍の王スコーピオン・キングにはあった。


 声だけではない。

 その姿、その表情、全てに強烈なカリスマが滲み出ている。

 これが、本場仕込みの色気。

 これが本当の高貴さ。


 圧倒的な人間としての格の違いを嫌でも思い知らされる。

 確かに目の前のファラオにはこれまでの○金闘士にはない迫力があった。

 だが、だからと言ってここで立ち止まる訳にはいかない。


 一歩前に踏み出たのはワンコ教授。

 彼女は、震える身体と心で目の前の強力な大英雄を睨み付けると、だぞぉと気合いを込めた雄叫びを上げた。

 その声に、はっと、新女王が隣の彼女を見る。


蠍の王スコーピオン・キング!! 古の砂漠の王よ!! 確かにお前はこれまでの○金闘士にはない風格を備えている!! それは認める所なんだぞ!!」


「……ほう、我が王威を認めるとは、なかなかの胆力よのう獣の娘よ」


「だが、僕たちにも譲れない者があるんだぞ!! スコーピオンキング!! お前は僕たちが倒してみせるんだぞ!! 覚悟するんだぞ!!」


 なんだと、と、怒号を上げたのは彼を崇める男達だ。

 王のかけ声を止めて、彼らはワンコ教授達の方を振り返る。

 幾千もの憤怒の表情がまるで壁のように彼女たちに立ち塞がった。


 そのむき出しの敵意に思わずたじろぐ新女王。

 その前にワンコ教授が回り込む。


 任せるんだぞと震えるその背中に匿われながら新女王、ワンコ教授がこんなに頼もしい存在だっただろうかと少し自問自答する。


 その問いかけの答えが出る前に――。


「騒ぐな者ども!! 獣娘よ――その意気やよし!! 貴様の勇気に免じて、少し趣向を凝らした勝負と行こうではないか!!」


 ファラオの一喝が宮殿に響いた。


 かと思えば、強烈な地鳴りが彼女たちの耳に届く。

 いったい何が起こるのかと思ったその時、王を讃える男達の足場が盛り上がったかと思うと、彼らごと吹き飛ばした。まるで生き物のように蠢く、黄色い石の塊。長方形をしたそれらが、蠢いて形作っていくのは、王が待つ玉座への道。


 いや、違う。


 山あり、谷あり、罠ありのそれは――アスレチックアトラクション。


「さぁ、来るがいい挑戦者よ!! 我が待つ玉座へと!!」


「こ、これは!!」


「だぞ!! この挑む者に威圧感と共に高揚感を与える装置!! 間違いないんだぞ!! 古文書ににある、真の戦士を選別するためのアトラクション!!」


「そう、これこそが――Pharao!! 王へと至る道である!!」


【アトラクション Pharao: かつて南の国西部の砂漠で流行った儀式。数々の趣向を凝らしたステージをクリアしていき、最終的に王が待つ玉座へと辿り着くという、見る者の心を躍らせる一大興業である。これがあると街の住人はこぞって見に行き、酒を飲んだり、出場者がクリアできるか賭けたりとお祭り騒ぎ。挑戦者も観戦者も、そして主催者も楽しめる、エクストリームスポーツである。なお、余りに危険なトラップ――命奪う系――お茶の間への影響も考えて排除してあり、トラップに引っかかっても水に落ちたり小麦粉まみれになるだけである】


「……なんか、試練という割には、しょぼいというか。いえ、決してしょぼくはないのですけれど、こう、緊張感がないというか」


「だぞ!! 僕の冒険心をくすぐるとは、やってくれるんだぞ、蠍の王スコーピオン・キング!!」


「ケティさん!? ノリノリですね!!」


 ノリノリにならない訳がないんだぞ、と、ワンコ教授。

 彼女はどこから取り出したか、帽子と鞭を取り出すとそれを装備する。

 これまで一度も見せたことがない、冒険者っぽい顔を見せてワンコ教授。彼女は玉座でふんぞり返る、ファラオに向かって指先を突き立てた。


「待っているんだぞファラオ蠍の王スコーピオン・キング!! この僕、ケティ・ジョーンズが、必ずお前の所に辿り着いてみせるんだぞ!!」


「え!? ケティさん、ファミリーネームジョーンズって言うんですか!?」


「言わないんだぞ!! これはノリの問題なんだぞ!!」


「なんですかノリって!?」


 ファラオの甲高い笑い声が響き、ワンコ教授の真剣な眼差しがそれを睨み付ける中、もうついていけないと新女王が疲れた顔をする。


 かくして、ここに――風雲ファラオ城どきどきケティ・ジョーンズ魔宮大脱出の幕が上がったのだった。

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