第857話 デビちゃんと永遠の夏時空

【前回のあらすじ】


 デビちゃんの特殊能力【そゲぶ】により、超能力を封じられた魔性僧侶。

 しかしながら、○金闘士の武器はそれだけではない。

 彼らは、妖怪を冥府神ゲルシーから与えられた者達なのである。


 今の今まで、魔性僧侶はその身に宿った妖怪の権能を使っていなかった。

 デビちゃんに煽られに煽られ、ついにその尊厳までブレイクした魔性僧侶は、ついにその力を解放することを決めた。


 そう――。


「我が身に宿りしは第六天魔王と呼ばれしもの!! この世界の快楽愉悦をほしいままにし、人を堕落させる魔性にして化生!! さぁ、輪廻の理の先にある、魔なるモノの内なるささやきを聞くが良い!!」


 彼が使う妖怪は、快楽と暴虐の権化として知られる第六天魔王。

 人を欲望のるつぼに落とし込む魔性が、ついに炸裂する――。


 かと思われたのだが。


「ゲソー、なにが第六天魔王だゲソ!! さっきも言ったように、海からの侵略者デビちゃんの方が怖いでゲソ!! こうなったら、こっちも本気を見せてやろうじゃなイカ!!」


 まさかのデビちゃん。これにもさらに立ち向かう。

 魔性僧侶と同じ、妖怪の瘴気を突如放って、相対するのだった。


 はたして、デビちゃんに勝機はあるのか。

 この異能バトルの決着やいかに。


◇ ◇ ◇ ◇


「……はっ!! ここは!?」


 魔性僧侶が目覚めるとそこは浜辺であった。


 それも、今まで見たことのない、どこまでもどこまでも続く、広い砂浜であった。寄せる波は色鮮やかで、太陽の光を眩しく反射している。

 砂浜には漂着物の一つも無ければ石の一つも転がっていない。


 完璧に管理されたプライベートビーチ。

 かつて、師に従って東の島国の各地を練り歩いた魔性僧侶だが、このような地に来たのは初めてであった。


 ここは、現かそれとも幻か。

 死んだ身だということも忘れて、彼はその瞼を擦りあげる。


「バカな。確か私は怪奇メフィス塔の中で、無謀にも挑んできた冒険者と戦っていたはず。なのに、なぜ、こんな場所に?」


「ふっふっふ、それはこれが私の権能だからじゃなイカ?」


「その声は!!」


 どこからともなく響く声に振り返れば、魔性僧侶の背後にデビちゃんが立っている。しかしながら、立って居たのは彼女だけではなかった。

 そう、彼女の後ろには、その背中よりも大きい建築物。


 まるで一夏を楽しむためだけに作られたほったて小屋。

 しかしながら、その一夏になくてはならない、決して外すことの出来ない建築物がそこにはあった。


 磯の香りに紛れて漂ってくるのはソースの香り。

 香ばしい中華スープが焦げる臭い。


 そんな胃袋をくすぐる臭いが流れてくるのは、なにを隠そうデビちゃんの後ろにある建物の中。


 そう、そこには、この浜辺を楽しむために必要な、魔性が潜んでいた。

 思わず、魔性僧侶の喉が鳴った。


 だがそこは第六天魔王を従える魔性僧侶。

 負けてなるものかと堪えた。

 堪えて、自らに与えられた強力無比な妖怪の権能を行使しようとした。


 したのだが。


「くっ!! 何故だ!! 来い第六天魔王!! どうして来ない!!」


「それは既に、私の妖怪の権能が、お前の第六天魔王を呑み込んでしまったからではなイカ? 既にお主は、私の術中の中ということだゲソ!!」


「そんな、お前は――いや、お前の使う妖怪の名は一体!!」


 ふっふっふと笑ってデビちゃん、彼女は手から黄金に輝く玉を取り出す。


 いや、それは、黄金の玉ではない。

 橙色が鮮やかなその拳大の果実を、かつて東の島国を旅していた魔性僧侶は知っている。それはそう、東の島国で独自に進化した、魅惑の柑橘類。


 そして、彼が生きていた時代から、神聖視されてきた果実である。


 非時香華ときじくのかぐのこのみ

 すなわち橘――みかんに間違いなかった。


 瞬間、魔性僧侶の脳裏に、デビちゃんの操る怪異の名が過る。


 それは遠野の物語に語られたモノと同じ存在。マヨイガと同じく、空間に作用する怪異にして妖怪。人々が迷い込む不可思議の空間。

 またの名を理想郷。


「ゲソ!! 私が操る妖怪こそは【常世の国ニライカナイ】じゃなイカ!! ここでは、永遠の夏が繰り広げられる!! 人々の心の中にある原風景の故郷!! 心が帰るべき場所!!」


「バカな【常世の国ニライカナイ】だと!! そんな妖魔を操るモノがいるだなんて!!」


「ゲソ!! セイレーン科デビルフィッシュ目を舐めてもらっては困るゲソ!! 我らセイレーン、すなわち人魚は古くより亜人と妖魔の狭間にあるもの!! そして、デビルフィッシュ目の我々は、その中でも特殊な力を授かっているのでゲソ!! それが、この【常世の国ニライカナイ】の幻想!! 人々が抱いた、故郷へのしるべ!!」


 なぜ、と、誰何するうちに、デビちゃんの姿が変わる。


 白い衣は無垢へと替わり触手がまるでドレスのように裾のように末広がりに垂れる。気品ある顔立ちに変わったデビちゃんのその背後からは、魔性僧侶とはまた違う、生命の息吹を感じさせる後光が放たれていた。


 ようやく、魔性僧侶は彼女の正体に気がつく。


 彼女は怪奇メフィス塔へと挑むパーティの面白コメディリリーフではなかった。

 伝説に謳われた存在――水底に住まう海生生物たちの姫に違いなかった。


 そう、【常世の国ニライカナイ】伝説と共に伝わる、それは東の島国のおとぎ話。

 海の底の都にまつわる伝説。


「ゲソ!! 竜宮城の姫こと、乙姫こそ我が一族が奉る妖怪!! ブッさんがなにするものぞじゃなイカ!! 東の島国はもとより、海神を奉る海の人々の心に根ざす信奉の力を、ここに見せてくれるゲソ!!」


「なっ、なにぃぃいい!!」


「喰らえ!! 【永遠の夏時空むかしむかしうらしまは】!!」


 強烈な空気の渦が、魔性僧侶を吸い込むように襲う。

 誘われるのは、デビちゃんの背後の魔性の建物。


 その看板にはこう書かれていた――。


 『海の家みかん』


 と。


「ぐっ、ぐぁああっ!! まさか、快楽の虜に私が取り込まれるとは!!」


「ゲソゲソゲソ!! 時も忘れる、止まってしまう快楽こそ、我が【永遠の夏時空むかしむかしうらしまは】の真骨頂!! 挑む相手を間違えたでゲソ!! やっぱり、海からの侵略者デビちゃんの方が、強いってことじゃイカ!! はっはっはっ!!」


 絶叫する魔性僧侶。

 しかしながらその絶叫は、やがて、デビちゃんが造った伏魔殿に吸い込まれると絶え、代わりに朗らかな笑い声に変わったのだった。


 本当に朗らかな、いつまでもいつまでも、終わらないような笑い声に。

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