第850話 ど魔性僧侶と奥満浄土

【前回のあらすじ】


 壁の魔法騎士の必殺壁魔法【闘陣棒】が荒獅子の【千寿雷光拳】を翻弄する。

 まるで本格バトルマンガのように床をずたずたに破壊し繰り広げられる攻防。

 しかしながら、個人戦闘の妙は荒獅子にあれども、戦略家としては壁の魔法騎士の方が一枚上手であった。


 魔法【闘陣棒】をあえて破砕させ、荒獅子の使うかまいたちの旋風に砂塵を紛れ込ませた壁の魔法騎士。

 重くなったその風は彼の身体を引き裂かない。


 見事に欺いて荒獅子の【千寿雷光拳】を封じた壁の魔法騎士。

 彼の魔法が鮮やかにきらめいたかと思えば、気がつけば荒獅子は襲い来る岩石にその身体を強かに打たれて、再起不能に陥るのだった。


 はたして、獅子宮での激戦はここに幕を下ろした。


 久しぶりに本気で魔法を行使したことにより、疲労困憊になる壁の魔法騎士。荒獅子を倒したはいいものの、彼は静かにその場に倒れ込んだ。

 今はしばし休め、リーナスの自由騎士よ。


 と、そんな所に、男騎士達が通りかかる。

 なんだか荒獅子と因縁があるようだった男騎士だが――。


「さっさと先に進もう。ケティさんたちが心配だ」


「えぇ、こんな所でもたもたしていられないわね!!」


 まるで、そんな因縁なぞないとばかりに、軽く荒獅子をスルーして、彼らは次の階層へと進んだのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて、壁の魔法騎士と荒獅子が激闘を繰り広げるより少し前。


 黄道十二宮、六宮め――処女宮にたどり着いた法王ポープたちは、その扉を前にして戦慄していた。

 今までの、フロアと明らかに違っている部屋の造りに、戸惑いを感じていた。


 両開きの木製の大扉。

 蝶番により途中で折れるようになっているそれは、丁度真ん中で割れる造り――東の島国で言う観音開きになっている。


 その中央には、焼き印により描かれた処女宮のマークが禍々しく浮かんでいた。


 アルファベットのMを彷彿とさせるそのマーク。

 それが両側に分かれて開く。


 女法王の喉が思わず鳴った。


「なんということ……!! このフロアの刺客は間違いなく、高位の僧侶技能の持ち主に相違ありません!! みなさん、気をつけてください!!」


「え? なんでそうなるんですか?」


「だぞ!! リーケット、いったいどういう理屈なんだぞ!!」


「そうですよリーケットさん!! 確かに、今までのフロアとは門からして違う感じの場所ですけれど、いったい何が危険だというのですか!!」


 分かっていない。

 ワンコ教授も、新女王も、そして世俗に疎い魔性少年も、まるでその門の意味を分かっていない。


 この最大級のセクハラ門の本質にまったく気がついていない。


 唯一、姉に代わってそのポジションを担うことになった、法王だけが観音開きM字御門のセクハラ力を正しく理解していた。

 その明らかに、異質なオーラの本質をちゃんと捉えていた。

 いやらしい感じを把握していた。


 これは大がかりなセクハラ舞台装置。

 そして、こんな用意をして待ち構えている相手が、強敵でないはずがない。自身の姉に勝るとも劣らない、セックスモンスターがここには待ち構えている。


 しかし、説明できない。


「どうしてなんだぞ!!」


「リーケットさん説明してください!!」


「世俗の文化には疎くって、申し訳ないです。ご教授願えますか、リーケットさん」


 このピュアピュア三人組、パーティ内でも比較的若年層で、セクハラネタも今ひとつ察しの悪い子達を前に、この凝ったセクハラを説明する方法が思いつかない。

 そして、セクハラ解説を堂々と出来るほど、法王ポープは姉ほど達観していない。


 女エルフ相手には、その胸――借りるほどもないけれど――を借りて、セクハラ弄りもできるが、真顔で迫る子供達にセクハラできるほど落ちぶれてはいない。

 そう、法王ポープもまだまだ華に恥じらうお年頃である。


 セクハラ御門、この扉は女性のアレを模している。

 などと、とてもではないが言えないのだった。


「詳しいことを語ることはできません。ただ、この中にいるのは間違いなく、お姉様レベルの強大な僧侶技能を持った英雄に違いありません。もしかすると、クリネス様に匹敵するレベルとも考えられる」


「……だぞ!! 大僧正クリネスにも匹敵する僧侶だぞ!!」


「教会が隠してきた闇――かつての大英雄をも凌駕するような僧侶が!!」


「……確かに、抜き差しならない力を感じます。しかも、これは僧侶という職業の域を超えている。神域と言えばいいのか、おそらく、中にいる英雄は、神代レベルの魔力を持っているような気がします。僕と同じ、摩訶不思議の力を操るかと」


 えぇ、なので、気を引き締めてかかりましょう。

 そう言って、門のことを華麗に記憶の彼方へと追いやる法王ポープ


 彼女はうまくごまかした。

 恥をかくのをギリギリの所で回避した。


 かくして、男騎士と壁の魔法騎士という主力を欠いた状態で、法王たちは部屋へと足を踏み入れる。手を押し込めば、両開きの扉はまるで彼女たちを吸い込む魔性の穴のように、すんなりと開いていくのだった。


 その開かれた先――暗黒の世界に待ち構えていたのは。


「お待ちしていましたよ。五十六億七千万年前からこの時が訪れるのを」


「なんだってなんだぞ!?」


「……この圧倒的な僧侶としての力量!! 間違いありません!! こいつがこのフロアの○金闘士!! けれどもなんなのですか!! この――妙な感じ!!」


「これは!! お姉様に感じるときめきのような、名状しがたい謎の感情が溢れてくるこの感じはいったい!! いえ、ダメですエリィ!! 私はお姉様一筋!! しかも人間にうつつを抜かすなど、エルフ好きとして言語道断!!」


「いえ、これは、種族性別を超えて伝わる魔性!! 神性とはまた似て非なるモノ!! しかしながら、その魔性神にも通ずる!!」


 怪しいオーラをまとって現れたのは絶世の美貌を持った僧侶。

 長い髪を振り乱したそれは、細めた目で魔性少年たちを射すくめると、すっとその手で印を切った。


 親指を人差し指と中指で押さえ込み、もう片方の手で輪を作る。

 それは、究極の卑猥隠形。


 そう、このひりつくようなカリスマ性。

 それこそは間違いない――。


「我こそはこの処女宮の守護神にして、万物万里性別種族を超越せし存在。魔性僧侶マカ・ラマである」


「「「「魔性僧侶マカ・ラマ!?」」」」


「貴殿らに罪はないが、これも○金闘士としてこのフロアを任された身。我が法悦の説法と魔性によって、奥満浄土を見せてくれようぞ」


 魔性少年をも凌駕する、魔性を携えた者。

 魔性僧侶であった。

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