第849話 ど壁の魔法騎士さんと完全燃焼

【前回のあらすじ】


 炸裂する風が巻き起こす旋風に、石の柱が巻き起こす怒濤の地鳴り。


 千の拳を、石の柱が砕いて止める。

 お互いの死力を尽くした総当たり戦を演じて見せる壁の魔法騎士と荒獅子アリオス。はたしてその軍配は――。


「……なんだ!?」


「風の拳。限りなく質量のない空気によって練り上げられたその魔術はまさしく驚異。しかしながら、多くの砂を巻き上げた状態で、それを制御するのは難しかろう――なぁ、アリオス!!」


 乱立する石柱――魔法【闘陣棒】もまたブラフ。

 壁の魔法騎士の狙いは、荒獅子の手により粉々に粉砕された岩を風に含むことで、その質量を重くする所にあった。


 かくして、精細巧緻を必要とする、風の扱いが難しくなる。

 質量を伴って迫るその風は、やがて勢いを失い――そして、封じられた。


 さらに仕掛けた天井から降り注ぐ岩の鋲。

 貫かれた荒獅子は、断末魔を叫んで、ようやくその場に前のめりに倒れた。


 はたして、激戦を制したのは――。


「ギリギリだが、俺のほうだったようだな」


 壁の魔法騎士であった。


◇ ◇ ◇ ◇


 動かなくなった荒獅子。

 白目を剥いて、血を吐き出している。

 既に、戦う気力は残っていないだろう。


 とはいえ、戦いの道は詭道の道でもある。死んだふりをして敵に致命の一撃を与えるということは、よくある話である。


 まずは死亡を確認しなくてはいけない。

 そう、思って、魔法【闘陣棒】を解除した壁の魔法騎士。しかしながら、魔法解除の瞬間、ふらりとその足をその場についていた。

 疲労から来る立ちくらみであった。


 魔法騎士である。

 体力には自信が無ければ務まらぬし、魔力についても素養が無ければ務まらない。とはいえ、行使する魔法によって、必要とされる能力は違ってくる。


 単純な、強化魔法などであれば考えるまでもないが、彼が先ほど行使した【闘陣棒】は、制御するのに多大な精神エネルギーを必要とするものである。


 それも、熟練の魔法使いですら、しばらく行動不能にしてしまうような、判断力・調整力・戦略性が求められる、高度魔法。


 これを切り札として、この塔に挑もうとしていたのは流石に慧眼。

 だがしかし、塔に待ち受けている試練を、見極める事ができなかったのは、そして、こんな序盤で相性の悪い相手と当たってしまうとは、こればかりは不運としか言いようがなかった。


 脂汗が熟練の壁魔法使いの頬を走る。

 脱ぎ捨てたマントの代わりに制服の襟で額を拭う。

 それでも足りずに、袖で拭うと壁の魔法騎士は、その場に尻餅をついて倒れた。いや、もはや仰向けになり、大の字になってその場に倒れたのだった。


「どうやら、ここに来た経緯から、このフロアに至るまでの連戦で、疲れが溜まっていたようだな。すまない、ティト、それに、モーラさんたち。悪いが、少し、休ませて貰うぞ。大丈夫だ、回復したら、すぐに向かう――!!」


 男、壁の魔法騎士、ここに力尽きる。


 もっとも、命については別状はなかったが、他の仲間の進撃を信じて、彼は一旦戦線から離脱したのだった。


 魔法により精神力も使い、剣を振るって体力も使うのだ。

 それでなくても、そろそろいい歳、ティトと違って気苦労の絶えない彼には、いろいろな疲労が蓄積していた。


 それから、逃れる、術はない。


 ずっ、ごご、と、いびきをかき出して、その場に寝転がるマダパ野郎は、当分起きてこなそうだった。


 ふと、そんな横を、ひょいなひょいなと人が通りかかる。

 もちろん、それは、この塔の試練に挑戦している者達。


「げっ、ゼクスタント!! なに、もしかしてやられちゃったの!!」


「……いや、こちらに損傷はない。向こうの相手はきっちりとやられているみたいだな。どうやら、ゼクスタントが勝負に勝ったらしい」


 男騎士と女エルフである。


 ある意味では男騎士のためにここまでの激戦になった訳だが、そんな事情は、二人が伸びてしまっては何も聞くことは出来ない。

 すぐに彼らは、このフロアを突破してくれた仲間に背中を向けると、先に続く階段へと歩み始めたのだった。


 残酷などではない。

 刻は一刻を争うような状況なのだ。


 女修道士シスターを助けるために、別行動を取ろうと言ったその時から、男騎士は修羅にその心を染めることを由とした。

 大丈夫、彼の信じた男ならば、きっとすぐに復活するに違いない――。


「……それはそうと、この半裸のおっさんはいったい誰なのかしら? なに、もしかして、この塔に入って初めての、ガチバトル的なのがあったってこと?」


「そうみたいだな。ふむ、なんだろう、どこかで会ったような気がするのだが」


「え、ティト? もしかして、敵と知り合いなの?」


 男騎士、ふと、倒れる荒獅子の前で立ち止まる。

 しつこいくらいに、彼との因縁を強調してきた荒獅子である。当然、ティトの方にも、覚えがあるのかと思ったが、顔はまったくそんな感じをしていない。


 いや、と、男騎士はかぶりをふると。


「冒険者としてはよく見る顔だ、きっと他人の空似だろう。というか俺の知り合いはこんな若い冒険者じゃなかったしな。そもそも若い冒険者に知り合いいないし」


「そうよねぇ」


「と言う訳で、さっさと先に進もう。ケティさんたちが心配だ」


「えぇ、こんな所でもたもたしていられないわね!!」


 なんだかこれでもかと、物語を盛り上げるような前振りをしておいて、男騎士達はすんなりと荒獅子の前から立ち去って行ったのだった。


 哀れ荒獅子。


 しかしながら、男騎士の記憶能力を侮っていたのがいけなかった。

 屍ひろう者誰一人としてなし。


 かくして獅子宮で行われた、試練始まって以来の大激闘は幕を閉じたのだった。


「それはそうと、ゼクスタントあのままでよかったの? せめて、マントくらいかけてあげた方が?」


「アイツは眠りながら魔法を使って、自分の寝心地の良いように整地するような奴だ。そんな情けは不要」


「……ほんと化け物みたいな奴ねぇ」


 そして、この激戦に対する功労者についても、随分とおざなりな扱いが降りかかるのだった。


 まぁ、信頼しているからこそおざなりにもできるのだが。


 なんにしても、哀れゼクスタント。

 思った以上にあっさりと、壁の魔法騎士の激闘は流された。


「さて、ケティさんたちはどこまで進んだか」


「まともに戦うことができるのがコウイチくんだけってのが不安よね。まぁ、けど、彼なら、どんな敵が出てきたとしても大丈夫な気がするけれど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る