第848話 ど壁の魔法騎士さんと闘陣棒

【前回のあらすじ】


 再び、壁の魔法騎士を襲うおっぱいの奔流――改め男のケツの奔流。


 しかしながら、壁の魔法騎士も男である。

 ケツが発生させた風、いわば屁のようなものを浴びせかけられて、怒らぬモノが居るだろうか。


 怒髪天を突く勢いで闘志を漲らせた彼は、こちらも必殺の技でもってそれに応えてみせるのだった。


 繰り出したのは彼の得意とする壁魔法。

 極めに極めた当代一の限定魔法。


 六角形の石柱が隆起する。

 荒獅子アリオスが発生させた千手雷光拳ことケツの風を弾き飛ばして疾走する。

 はたして、その技は○金闘士に届くのか。


 今ここに、二人の戦いに決着の幕が下りようとしていた。


◇ ◇ ◇ ◇


【魔法 闘陣棒:土魔法にして壁魔法の初歩である壁精製。それを効率的かつ広範囲に展開する、超応用的な技巧派魔法である。六角柱ハニカム構造になったそれを、自在に隆起させることにより敵の足場を乱す、そのまま六角柱で打ち砕くという残酷な技。しかしながら、有効にこの魔法を展開するためには、それなりの空間を操作する必要があり、必然として豊富な魔力リソースとそれを精密に動作させるだけの精神力を必要とする。何事においても基礎的な能力こそがモノを言うというのを、まさしく体現したような魔法である。なお、先の大戦で見せた万里の長城グレート・ウォールよりも、こちらの方がより高位な壁魔法であり、当世で充分に使いこなせるのはゼクスタントだけである】


 まるで地を這う大蛇のように、荒獅子へと迫り来る壁の魔法騎士の闘陣棒。

 この時、初めてずっと向けていたその背中が翻ると、剽悍なその顔が壁の魔法騎士の方へと向けられた。


 まさしく獅子。獰猛な肉食獣を彷彿とさせる顔立ち。

 彼はようやく、尻による奥義では目の前の男を倒せぬと察した。

 そして、すぐにその拳を握りしめた。


 空中に舞いながらも丹田に力を込めて彼は一打を振り抜く。

 今まさに、その身体に向かって襲いかかろうとしていた、柱の群れが、その一振りによって爆ぜるようにして引き裂かれた。


 それだけではない。

 今度はその拳のつむじ風が壁の魔法騎士に逆に迫って来たのだ。


 これに壁の魔法騎士。


「……さきほどより随分と見やすくなった!!」


 さらに、壁魔法を行使して、相殺を狙う。


 巻き起こる風の拳の嵐に向かって、石柱を立て続けにぶつけると、一方で、自らの足下を隆起させて、三次元的な移動を開始した。


 柱の陰に隠れ、時に柱ごとせり上がり、迫り来る風の拳を弾き飛ばす。

 そんな壁の魔法騎士の防御を、圧倒的な風の拳で粉砕する荒獅子。


 にわかに、戦場に風と共に砂塵が飛び交う。

 灰色の灰燼により視界が悪くなる中、二人の武人はお互いの気配を手繰ると、そこに向かって自慢の必殺技を放つのだった――。


「喰らえ!! 千手雷光拳!!」


「押し込め!! 闘陣棒!!」


 再び激しく岩を打ち砕くつむじ風。

 彗星の如く、荒獅子より放たれたその空気の一撃が、人の胴よりゆうに太い石壁を、砕き、はねのけ、飛ばしていく。


 まるで、長年風雨にさらされた岩が砂に変わるように、収斂する風の暴威に晒された壁の魔法騎士の石柱は、儚くも大気に舞う灰燼へと変わった。


 勝利を確信して荒獅子、構えたその時である。


「……なんだ!?」


 妙な違和感に拳を握りしめる。

 その瞬間、風の力で投影された、幾多もの己の腕を彼は幻視した。


 いや、見えたのだ、実際に。

 その鍛え上げ練り上げた風の腕が。


 何故か。

 魔力干渉によるものではない。

 摩訶不思議な力の発露ではない。


 それは、策略。

 巧妙に張り巡らされた戦略。


 技ではなく環境を操る術にして、リーナス自由騎士団の頭領という身分にある、ゼクスタントが絶対とする得意分野。


 そう、風に混じり込んでいたのは、細かい細かい砂塵である。

 彼が粉砕して巻き上げたそれは、再び風で作り上げた拳の中に降り注ぎ、それを灰色に染め上げた。


 意味するところはただ一つ――。


「風の拳。限りなく質量のない空気によって練り上げられたその魔術はまさしく驚異。なによりも早く、鋭く、相手を穿つことだろう。しかしながら、多くの砂を巻き上げた状態で、それを制御するのは難しかろう――なぁ、アリオス!!」


「……なるほど、これが狙いか!!」


「馬鹿の一つ覚えのように、魔法で攻めるだけが魔法騎士ではない!! 戦闘とは駆け引き!! 一つ一つの行動の積み重ねの果てに勝利する!! 我が策謀に気がつかず、迫り来る壁を破壊し続けた、お前の不明を呪うがいい!!」


 そして、再び嵐が巻き起こる。

 砂を巻き込んで飛び出した幾千もの拳の影は、目前で待ち構える男に向かって飛ぶ。しかしながら、余分なモノを含んだその一撃は、目の前の男の影を捉えることなく、どころか、届く前に霧散した。


 くっ、という、焦りの顔と共に、彼に踊りかかるいくつもの石柱。


「さぁ、そして特大の柱を喰らうがいい!! 闘陣棒究極奥義――エントリー・プラグ!!」


「ぐぬぁああああっ!!」


 さらに、隆起しているのは何も地面だけではなかった。


 天井。

 密かに精製されていた、つららの如き石柱が、刻を待っていたとばかりに荒獅子の背中へと降り注ぐ。


 すぐさま、回避しようとするが――足場は既に、壁の魔法騎士の制圧下。


 踏みしめようとした床はにわかに動く。

 空中でも丹田に力を込めてみせた彼だったが、流石に、構えた矢先に足場を崩されては、もはやどうしようもなかった。


 降り注ぐ巌の雨に貫かれて――荒獅子アリオス。

 彼はついに、その場に倒れ込んだ。


 鮮やかな、そして、いつにも増して理性的な、壁の魔法騎士の勝利だった。


「……アリオス。お前の敗因はただ一つ。ふざけた技を使って、私の心をかき乱したつもりになっていたということだ。この程度の事で、狼狽えるような心など、騎士団長になったときにとうに棄てたわ」


 その割には、随分とキーキー五月蠅かったきもしますが。

 まぁ、なんにしても。


 壁の魔法騎士は、ここに荒獅子アリオスを倒した。

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