第847話 ど荒獅子さんと開き直り
【前回のあらすじ】
千手雷光拳!! そのふんわりしっとりやわらか、女性のたわわを彷彿とさせる絶妙な感触の正体とは!!
「……俺の尻だ!!」
「尻だ!! じゃ!! ない!!」
強キャラ仁王立ちして拳を繰り出せない荒獅子アリオス。
彼の尻からひり出したケツ旋風なのだった。
そう、鍛えに鍛えた拳の軌道を、かまいたちの旋風で複製して分裂させる千手雷光拳。しかしながら手が塞がっていたら拳は使えない。
拳が使えないとあっては、他の身体の部位を使って技を放つしかない。
奇しくも、それができるのは、壁の魔法騎士に向けている尻だけだったのだ。
それ故の、ケツ乱舞。
おっぱい乱舞ではなく、ケツ乱舞。
しかも男の、ケツ乱舞。
壁の魔法騎士がその場に膝をつくのはやむなしであった。
おそるべきかな、冥府神ゲルシーの刺客、○金闘士。
はたして、壁の魔法騎士は手が塞がっているからケツで技を放つような変態かつ達人に勝つことができるのか。
そして男としての尊厳を守り通すことができるのか。
◇ ◇ ◇ ◇
「お前!! 拳が使えないのは仕方が無いにしても、尻で技を放つとはどういうことだ!! それでいいのか!! 武闘家の誇りとかそういうのはないのか!!」
「何を言う!! 技極めれば、これ、道具を選ばず!! 気により如意自在に技を発することができるようになってこそ、武闘家として本物というもの!! むしろ、尻から出てすがすがしいくらいだわ!!」
「すがすがしくないわ!! そんな屁みたいに言うな!!」
その技を当てられた人間にしてみたらたまったものではない。
拳で殴られたと思ったらおっぱい。
おっぱいかと思ったらケツ。
しかも男の汚い奴である。
それはもう、壁の魔法騎士が受けた精神的ダメージは大きかった。
大きすぎて、もう片膝立ち出なければやっていられない状況であった。
実際、四方八方から男のケツにひっぱたかれるという絵面を考えれば、その精神的ダメージはお察しだった。
どこにいったい、そんな特殊なプレイを喜んで受けるような奴がいるのだろう。
女にしても、男にしても、そんなのはお断りである。
「女の尻ならまだしも、男の尻だぞ!! 許されるか、そんなこと!!」
静かな怒りが壁の魔法騎士の中には渦巻いていた。
おのれだましたな、俺の心を弄んだなと、繊細かつ正直な男心が怒りの業火をあげていた。
そう、いつもクールな壁の魔法騎士は、今、怒りにその身を委ねた。
かつてこれほどまでに、敵に対して怒りを抱いたことがあっただろうか。
ない。
暗黒大陸の激突の時にも、これほどの怒りを感じなかった。
妻を失った時にも同じくらい怒ったが、これほどの屈辱は感じなかった。
何が、尻で拳を放つだ――!!
「もういいアリオス!! 貴様がティトの旧知だとしても構うものか!! よもや、この序盤にて全力を発揮するのは控えようと思ったが、ここで私の全力を持ってして、お前を倒してみせる!!」
「ふははっ!! まるで俺を前にして手加減していたような言い草だな!! たかが尻の乱舞如きを喰らって、泡を吹いている男がそれを言うか!!」
「言おう、あえて言おう!! 俺もまた、腐ってもリーナスの騎士!!」
壁の魔法騎士がマントを脱ぎ捨てる。
風の無い水底の神殿。
背中に舞うマント。
その前で、彼は再び立ち上がる。
既に、その拳の正体が、男の尻であると知ったその瞬間、彼が前のめりでなければならない必要はなくなっている。
股間は平穏を取り戻していた。
いや、むしろいつもより元気がなくなっていた。
バッドステータス状態であった。
しかし、今は目の前の男を倒すことのみ考えなければならない。
明確な敵意と戦う意思と共に、壁の魔法騎士はその手を掲げた。
嵌めた純白の手袋に緑の光が走る。
迸る魔法騎士として研ぎ澄まされた魔力。
壁の魔法騎士のサングラスの奥に、騎士としての矜持が宿り、肩からは裂帛の気合いが立ち上る。
さきほどまで杖代わりにしていた剣の柄に手を載せれば、それは彼の手袋から放たれる光を取り込んで、眩く瞬いた。
魔法騎士の剣は、剣であると同時に杖でもある。
彼らの魔力を通すことで、大魔術を行使するリソースへと増幅するそれは、今、荒れ狂うようなまばゆさでもって発光していた。
これに不適な背中――もとい尻で応える荒獅子アリオス。
「いいだろう!! 貴様の魔法と俺の尻!! どちらが上かケツ着をつけよう!!」
「だまれ!! もう尻ネタはこりごりだ!! この私に、ここまでの魔法を使わせたことを、地獄で後悔するがいいアリオス!!」
「もはやここが地獄の底よ!! しかし、その意気やよし!!」
喰らえ、千手雷光拳!!
必殺技の名乗りと共に、再び烈風が壁の魔法騎士へと躍りかかる!!
やはりそれは人の手ではなく尻!!
汚い男の尻に違いなかった!!
それに合わせて、壁の魔法騎士――!!
「もはやこのフロアを荒れ地に変えるもやむなし!! 我が壁魔法の妙技!! 隆起する巌の大激震を味わうが言い!! もはや、慈悲など無いと思え!!」
必殺――闘陣棒!!
その叫びと共に、六角柱がそこかしらから隆起したかと思うと、四方八方から躍りかかってくるケツの乱舞を、全て弾き飛ばしたのだった。
さらに、それだけではない――。
「なっ、こちらに迫り来るだと――これは!!」
「我が闘陣棒は防御にして攻撃、攻撃にして防御!! 攻防一体だけでなく、環境そのものを組み替える、壁魔法の真骨頂たる大魔法よ!! さぁ、荒れ狂う大地の狂乱からどう逃げるアリオス!! 貴様のそのいらだたしいケツを貫くまで、こちらはもはや止まらぬぞ!!」
お前の尻が俺を貫くか。
俺の棒がお前を貫くか。
二つに一つ!!
そう言って、壁の魔法騎士は邪悪にその頬をゆがめた。
彼もまた、その手繰る魔法については、当代一の使い手である。
戦士として。
魔法使いとして。
負けられぬ思いがその顔からはあふれかえっていた。
ただ、溢れかえりすぎて、冷静に考えるとちょっと間抜けな決め台詞になっていることに、気がついてはいなかった。
やはり、トンチキバトル。
一度はじまったが最後、最初から最後までトンチキはトンチキだった。
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