第846話 ど荒獅子さんと千手雷光拳の秘密

【前回のあらすじ】


 炸裂する荒獅子の千手雷光拳。

 かまいたちの力を借りて繰り出されるその風の拳は、彼が長年にわたって鍛え上げた拳の代わりとなり、壁の魔法騎士をボコボコにする――はずであった。


 しかし、思いがけないことが起こった。

 風による拳は思いのほかに――打撃攻撃としての重みが足りなかったのだ。

 いや、むしろ風速が上がれば上がるほど、ぶちあたる風の塊その感触は、高速道路を疾走する車の窓から、手を突き出すが如き変容をみせていた。


 そう、壁の魔法騎士を襲ったのは拳ではなく――。


「おっぱいだよ!! お前が先ほどから、拳とか言ってくりだしているのは、まちがいなくおっぱいだよ!! これは攻撃魔法じゃない!! どちらかというと、アタッカーを鼓舞する感じのバフ系の魔法!! あるいはあれ、相手を混乱させる感じの奴!!」


 おっぱいの乱打。


 そう、それは千手雷光拳ではなく千乳雷光房。

 すさまじいやらうらやましいやら、けしからんやらやらしいやらよく分からない必殺だったのだ。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 いかにも実力は武闘家という荒獅子アリオスに思わず問う壁の魔法騎士。

 そんな騎士の問いかけに、○金闘士は。


「……ある!! 情けないことに!!」


 こうなってしまった心当たりがあることを、男らしく告げるのだった。


 はてさて。

 やっぱりトンチキ、少しも真面目にバトルしない、おふざけファンタジーどエルフさん。


 今週も、まったく男騎士たちの出番がないまま、壁の魔法騎士とおっぱい武闘家とのとんちきからはじまります――。


◇ ◇ ◇ ◇


 壁の魔法騎士が思わず息を呑み込んだ。

 それは、思いがけない返事が、目の前の武闘家から返ってきたからだ。


 これまでの話の流れ。

 けしかけられた拳の嵐ならぬ乳の嵐というセクハラ。

 そこから、もういい加減にしてくれという所まで精神を追い込まれていた壁の魔法騎士は、咄嗟にツッコミを入れてしまった。


 それはもう、なんというか、漫才のツッコミの如く自然に出たものであり、特に深い意図があるものではなかった。

 ほんと、もうええかげんにせいやくらいのものだった。


 本当に心当たりがあるはずがない。

 彼は真面目にやった末に、結果としてこのおっぱい乱舞を生み出してしまった。


 トンチキなやりとりは確かにあったが、終始真面目な感じは醸し出していた荒獅子。その真面目な感じを壁の魔法騎士は信じていた。

 この人は、なんというか、そういう感じの人なんだろうな。

 真面目にやってるんだけれどすべっちゃったんだろうな。

 なので、ここでちょっと注意してやろう。

 それで終わりにしよう。


 くらいの気持ちだったのだ。


 したら、返ってきたのが、心当たりがあるである。


「あるのか!? 心当たりが!?」


「ある!! とても、身に覚えがある!! 恥ずかしながらこのアリオス、心ならずとも風のおっぱいを生み出してしまった事実に、心当たりがある!!」


「……そんな!!」


 真面目な武闘家ではなかったのか。


 裏切られた感じで壁の魔法騎士がうなだれる。

 それと、同時に、そういえばこの男も男騎士と同じでおっぱいがどうとかこうとか言っていたっけと、それまでの話の流れを思い出していた。


 おっぱいマイスターがどうとかこうとか言っていたっけと、過去のやりとりをあらためて思い出していた。


 なるほど、その話の流れならば、拳がおっぱいになることもあるかもしれない。

 おっぱい好きならば、無意識に放つ拳がおっぱいになってしまうこともあるかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。


 まだその心当たりについて、荒獅子が喋った訳でもないが、壁の魔法騎士は心の中できっとそうなのだろうと一連の流れに納得した。


 何処までも真面目な男であった。

 壁の魔法騎士は、物事に対してなにがしの筋道を見いださずにはいられない、悲しいサガの持ち主であった。


 理系と言うよりも理屈家の部類だった。


 なんにしても、覚悟は出来た。

 おっぱい乱舞の理由について受け止める用意はできた。

 壁の魔法騎士は、杖代わりにしていた剣を地面から引き抜くと、ならば聞こうではないかその理由をとばかりに真面目な顔を造った。


 拳がなぜかおっぱいの形になってしまっていた。

 そんなくだらないことを話そうというのに。

 回想シーンのような真剣な面持ちで目の前の武闘家を壁の魔法騎士は睨んだ。


 はたして、そんな壁の魔法騎士のシリアスな空気に応えるように、重苦しい感じで荒獅子は語り始める。その背中で語り始める。


「千手雷光拳は、自らの気合いを込めた拳による衝撃を、かまいたちの風にのせて倍加させて放つ広範囲攻撃。即ち、俺の拳を複製して放っているだけに過ぎない」


「……それがいったい、どう、おっぱいと関係しているというのか!!」


「分からないのか!!」


「分からぬ!! まったく話が見えぬ!! もう少し分かりやすく!!」


「さっきから俺は一度も拳を使っていない!!」


「!!」


 それは紛れも無い事実だった。

 確かに目の前の武闘家は、強キャ振り返り仁王立ちして、その背中を壁の魔法騎士に向けているだけである。

 拳を一度も彼は動かした気配はなかった。


 なるほど、拳を動かしていないのに、その拳を風で複製することなど出来ないのは自明の理である。


 てっきりと、自分では目視できない早さで、拳を繰り出していたのではないのかと、そんなことを思っていた壁の魔法騎士であった。

 だが、あらためて説明されその上言い切られてしまうともう納得しかない。

 納得しかないが。


「では!! 先ほどの雷光千手拳はいったいなんだったというのだ!! まさか、拳以外を使って生み出した打撃だというのか!! まさか、おっぱいなのか!! そんな形をして、お前は実は女なのか!!」


「女な訳がないだろうが!! これまでのやりとりの何処に、TSフラグがあったというのだ!! あ、お前、女だったのかフラグがあったというのだ!!」


「だとしたらいったいあのおっぱいの柔らかさはいったいなんだというのだ!! 男の身体に、そんな柔らかい場所など――」


 その時、壁の魔法騎士は気がついた。

 おっぱいがそもそも、どのようにして発展してきたのか。

 そのたわわがどのような経緯により、人類の営みの中に発生したのか。


 確かに、男の身体の部位に、おっぱいに相当するやわらかみのある箇所はない。しかしながら、男にも女にも、たわわになった元となる部位は存在する。

 そう――。


「本来乳とは、人類が四足歩行から二足歩行に進化するにあたり、セックスアピールであった尻が進化したモノ!!」


「ま、まさか!! もしや、お前!!」


「ならば、尻で放った千手雷光拳がおっぱいになるのもやむなし!!」


 やむなし。


 では。


 ない。


 壁の魔法騎士はその場に膝をついた。

 今まで自分を襲っていたのが、拳でもなくおっぱいでもなく、その実――男のケツであったと知って血の涙を流した。

 ちょっと興奮してしまったのに、それが男の尻だと知り、悲しみの涙を流した。


「男の尻の感触で俺はドギマギしていただと!! ふざけるな!!」


「……しかし、事実なのだから仕方あるまい」


「仕方あるとかないとかではないわ!! アホー!!」


 むしろこちらはやむなしであった。

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