第845話 壁の魔法騎士と胸囲の力
【前回のあらすじ】
荒獅子アリオス。
彼は武闘家にして風の魔法使いであった。
本来であれば己の拳と業のみを頼みとする武闘家。それが魔術を備えて挑んでくるなど予想外。壁の魔法騎士のそれは予想外のことであった。
しかし、風と土とでは土が相性として有利。壁の魔法騎士が操る壁魔法は、まさしく土魔法の変化系であれば、相性の上での問題はない。
「覚悟!!」
次々に繰り出す壁により、襲い来る風の嵐を防いで肉薄する壁の魔法騎士。
その剣先が荒獅子の首筋をかすめようかというその瞬間。
「……笑止!!」
荒獅子の秘奥が炸裂し、彼の身体を強引に吹き飛ばした。
四方八方から繰り出されるのは人間の身体と変わらぬ感触。生身の身体を想起させる打撃であった。いったいこれはどういうことかと目を剥く壁の魔法騎士に、またしても背中を向けたまま荒獅子は語る。
「我が操るは無数の風の拳!! 極めに極めた格闘の業を風の魔術にて放つ!! 人呼んで獅子風影拳!! さぁ、我が風の拳を躱せるか、騎士よ!!」
風を操り、人間の拳を生み出した荒獅子。
はたして降り注ぐ千の凶手を、壁の魔法騎士は破ることができるのか。
いや、それより以前に――。
「……風の拳だと!! バカな!!」
どう見ても、おっぱい。
色を帯びて舞う魔の風の形は、見間違いでなければ女性の胸についている、二つの房に間違いなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「食らうが言い――千手雷光拳!!」
「ぐっ、ぐぁああああああっ!!」
次々に襲い来る荒獅子が巻き起こす旋風の打撃。
壁の魔法騎士の身体にさんざんにぶつかったそれは、彼の身体を空中に弾き上げると、獅子宮の入り口まで吹き飛ばした。
煙を上げて落下したその先で、剣を杖にして立ち上がる壁の魔法騎士。
上体をなんとか剣で支えてやっとというその体に、ふっと荒獅子がニヒルな微笑みを溢した。それは、自らが編んだ魔法と拳が、背後に立つ壁の魔法騎士を凌駕したという確信からくる表情であった。
はたして、壁の魔法騎士。
荒い息を溢しながら彼は――。
「……これは!! 反則だろう!!」
「なにっ!?」
「これはやってはいけない奴だろう!! ちょっと、武闘家としてこれはまずい!! というか、戦士としてやっちゃいけない奴!! ダメだよ、これ!!」
「バカな!! 俺の千手雷光拳を喰らってピンピンしているだと!!」
むしろビンビンだと言いかけて、壁の魔法騎士は我に返った。
アホの男騎士ならそのまま口にしていた所だが、紳士の壁の魔法騎士はそこで堪えて言葉を飲み込んだ。そして、実際ビンビンになっている自分の下半身を、ぐっと腰を引いて隠して見せた。
そう。
繰り出される風の拳は、見た目だけでなく感触もまたおっぱいであった。
千のおっぱいに蹂躙されるその必殺の魔技。
男として無事な訳がない。
無事な訳がないが、おっぱいの雨嵐である。
割とダメージは通っていない。
むしろ心地いいくらいであった。
そしてビンビンに元気であった。
壁の魔法騎士――妻と死に別れてからそういうのとはご無沙汰だった男。
久しぶりの女体の感覚に、不覚にも腰が引けていた。
なさけなくも腰を引かざるをえなかった。
姿だけを見れば、完全に技にやられている、立っているのもやっとという形相である。しかしながら、そこには抜き差しならない男としての事情が存在していた。
男として、そこはちょっと、腰を引かねばならない事情になっていた。
けれども、分からない。
背中を向けている荒獅子にはそこの所の事情がさっぱり分からない。
自分のくりだしたモノが拳なのだと本気で信じている荒獅子には、背中の男を襲ったおっぱいの衝撃がどれほどのものか分からなかった。
幾千ものたわわなおっぱいに襲われる。
もう反応するのは仕方ないよねと言うしかない、男の悲しき性を感じさせられる惨状に、ちっともまったく気がついていなかった。
悲しいことに。
そして、だが故に、悲しみの連鎖は止まらない。
「バカな!! 息も絶え絶えという感じではないか!! それでもお前は、立つというのか!!」
「立つというか、勃っているというか。とにかく、やめるんだその技は。アリオス。お前が本当に英雄なのだとしたら、その技を使うのはよくない。なんというか、風評被害が甚だしいことになる」
「……なにを!! 拳の代わりに魔法を頼った時より、そんなことはこちらも承知!! 強くなるために魔道に手を染めた!! 愚かと思うなら思うがいい!! しかし、これが俺の戦い方なのだ!!」
「あくまでも、貫き通すというのか……!!」
「立って向かってくるというのなら、こちらも迎え撃つのみ!! くらえ、再びの――千手雷光拳!!」
「やめろぉおおおおおっ!!」
再び、おっぱいの嵐が壁の魔法騎士を襲う。
時速80kmの風圧がむち打つように彼の身体を巻き上げて、そして再び艶めかしい感触を身体に呼び起こす。
なまじ壁の魔法騎士、鋼の鎧を着ていないのが仇となる。
布越しに押しつけられるその圧力は、まさに殺人的であった。
しかし――。
「ぐっ、ぐぁああああああああっ!! くっ、くそおおおおおおっ!!」
「なっ、バカな、まだ、立っていると言うのか!!」
「……はぁ、はぁ、ハァハァ」
「何が、いったい、お前の何がそこまでさせるというのだ。この俺の鍛えた拳の技を、風に変えて打ち付ける千手雷光拳。これだけの必殺技を食らっておいて、どうして立ち上がることができるのだ。もう、息も絶え絶えだというのに……!!」
確かに息も絶え絶えであった。
油断したり、変な刺激を貰うと、違う意味で逝ってしまいそうだった。
けれどもそれだけである。
物理的なダメージは皆無と言って差し支えない。
いや、むしろ女体に擬似的に触れられて、元気になっていると言っても良い。
むしろ元気になりすぎてしまって、わっちゃわっちゃと言っても過言ではない。
さきほどよりも、より、抜き差しならぬ状態になった、壁の魔法騎士。
剣を床に突き刺して堪えてにらみ据え、彼は目の前の荒獅子に立ち向かう。
気迫のこもったにらみに、背中からでも分かるほどに、男は生唾を飲み下した。
「このような攻撃効くものか!! 俺の、俺と嫁との絆の前には!! このような煩悩が立ち入る隙間などないのだ!!」
「何を言っている!!」
「おっぱいだよ!! お前が先ほどから、拳とか言ってくりだしているのは、まちがいなくおっぱいだよ!! これは攻撃魔法じゃない!! どちらかというと、アタッカーを鼓舞する感じのバフ系の魔法!! あるいはあれ、相手を混乱させる感じの奴!!」
そんなバカな話があるかと激昂する荒獅子。
しかし、ふと、彼は顔をこわばらせて、その場に押し黙った。
その反応にもしやと、壁の魔法騎士が反応する――。
「貴様、まさか、心当たりがあるのか?」
「……あると言えば、ある!!」
「技がこうなってしまった原因、おっぱい乱舞の原因に心当たりがあるのか!!」
「……ある!! 情けないことに!!」
なんと、あった。
そうなる理由が、どうやら荒獅子にはあるようだった。
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