第844話 壁の魔法騎士とバレてしまっては仕方ない

【前回のあらすじ】


 壁の魔法騎士、ついに荒獅子アリオスに正体がばれる。

 男騎士に自分が教えた魔法カッチンカッチンを、変な用途で使われたことを知りつい声を荒げてしまった壁の魔法騎士。そんな彼を丁寧に追い詰めて、荒獅子はようやく回想モードから戦闘モードに入ったのだった。


「……なんか、長い割にはしょうもない流れだったわね」


 そういうこと言わない。


 なんにしても、ついにその本領を発揮する荒獅子。

 彼が操るのは武術と妖術。裂帛の気合いと共に放たれた風圧が、壁の魔法騎士に向かって襲いかかる。


「誰や知らぬが、我こそは荒獅子のアリオス!! かつて、獅子覇王拳を極めし武道家にして、死して新たに冥府神ゲルシーより力を授かった!! 操るは、風を手繰る三匹の魔獣かまいたち!! さぁ、我が武闘と風の生み出す奔流に耐えられるかな、ティトを語りし不埒者よ!!」


「バレてしまっては仕方ない――我こそは壁の魔法騎士、ゼクスタント!! 騎士ティトの盟友にして幼馴染み、義兄にしてリーナス自由騎士団を預かりし者!!」


 かくして、ここに風と土の魔法を操る戦士達の闘いが火蓋を切った。


◇ ◇ ◇ ◇


 壁の魔法騎士にとって、想定外だったことがあるとすれば相手が風系の魔法を使うということだった。

 そもそも目の前の相手が魔法を使うと言うことすら考えもしなかった。


 見るからに前衛職。

 隆起した肉体は直接戦闘を得意とする人間のそれに間違いなかった。

 戦士あるいは武闘家、ともすれば野伏せの類いのどれかだろうと壁の魔法騎士は推察し。


 果たして半分それはあたった。

 だが、誰が武術と平行して魔法を使うと誰が予想しただろう。


 魔法騎士があるのだ、魔法武闘家とてあっておかしくはない。

 要はプライドの問題である。


「武道家は己の拳一つを頼りに闘う者だと思っていたがな!! まさか、魔法を使うとは思わなかったぞ!!」


「ふっ、たしかに俺も命を落とすまでは己の拳を頼りに生きてきた!! しかしな、己の拳だけでは到達できない領域を知ったとき、そんなプライドはたやすく棄てたわ!! 真なる武道の探究の前に、魔法がどうこうなどというのは些事!!」


 壁の魔法騎士が指摘した通り、武闘家の身でありながら魔法を使う者は少ない。

 それは武闘家の性質によるものだ。


 戦士などの武器を持って闘う者達は総じて、闘いのための手段を選ばない。

 彼らはあくまで戦闘のプロフェッショナルであり、生きるための手段のそれに頓着をしている余裕などないのだ。


 勝負には勝たなければ意味が無く、生存率をあげるためならば、ありとあらゆる合理的な手段を講じる。


 騎士も、冒険者としての戦士も、弓兵もそこは同じである。

 基本的に、彼らが扱う兵法は、効率的な戦い方へと収斂していく。


 しかし、ここに道を見いだした者は別だ。

 剣の道、弓の道、あるいは棒術などの技の求道、自らの技を研ぎ澄ますために闘いの中に身を置こうとする者は、必然とそのあり方にこだわりを見せる。


 そして、その一つとして、徒手にて闘うことを旨とする者達――武闘家はそのこだわりがことに強い。それはそうだろう、武器を持てばいいところを、武器を持たずに闘うのだから。彼らは自らの業を高めることにこそ血道を開く。


 魔法を使うなど外道。

 自らの鍛えた拳と業だけで闘う。

 それが武闘家の矜持――のはずなのだ。


 故に、壁の魔法騎士にとって、目の前の武闘家が魔法をまとった拳を振るうことは想定外のことであった。


 一方で。


「風魔法とは都合がいい!! 我が魔法の前にはそよ風よ!!」


 彼が思いがけず繰り出した魔法それ自体は脅威とはなり得なかった。


 土魔法――その派生である壁魔法を使う壁の魔法騎士。

 土と風の相性は土に傾く。


 土は長じては風により風化させられるが、一時であればその流れをせき止める。

 高く積み上げられた盛り土は人を風から守るのだ。


 その派生である壁魔法にしてもしかり。彼が断じたように、荒獅子の使う風魔法など、彼にとってはそよ風でしかなかったのだ。


 襲い来る風の嵐。

 その衝撃波を初手こそ受けたが壁の魔法騎士は自らが編んだ魔術で遮っていく。

 練り土の壁にて乱された気流はその場で弾けて渦を巻く。その影に隠れて、壁の魔法騎士は素早く鞘から剣を抜くと、その刀身に秘術を走らせた。


 練り込んだのは刃研ぎの魔術。


 砥石を用いず彼が持つ剣の刃は研ぎ澄まされると、名刀の如き切れ味と化す。

 鋼をも容易く裂くような妖しき光を放ったそれを下段に構えて疾駆する魔法剣士。彼は、これまた自分の魔力で編んだ、風止めの壁を蹴り上げると、そのまま荒獅子に躍りかかるようにして刃を振るった。


「覚悟!!」


「……笑止!!」


 斬りかかるまで瞬きほどの極小の時間である。

 にも関わらず、武闘家故か、荒獅子アリオスは襲いかかってくる壁の魔法騎士に合わせてみせた。


 放つのは風の衝撃波。

 激しく空間をゆがめて迫り来るそれに――壁の魔法騎士怪しく笑う。


 空中に射出されたのは壁の足場。

 それを蹴って、跳躍。


 さらに、襲いかかる風の奔流を防いでみせると、壁の魔法騎士は気炎を上げて、横薙ぎに剣を振るった。


 完全に、荒獅子の虚を突いた――そう確信したその瞬間。


「……なに!?」


 壁の魔法騎士の身体が荒獅子から引き離される。

 そのまま、彼は、まるで何物かに掴まれる、あるいは押しやられるように吹き飛ばされると、剣を返して片膝をついた。


 これはいったいどういうことか――。


 いや、それよりも――。


「この妙な感触。いったい、なんだというのだ。俺の身体を運びながら、それでいて痛めつけない妙な感触。風のようであって風ではない、まるで生身を触れているような、妙な感触」


「ふふっ、我が魔拳の真骨頂を見破るとは、なかなか骨のある騎士と見受ける」


「……魔拳だと?」


「しかり!!」


 そう言って、また、格闘家の背中に闘気が満ちる。

 はたしてその闘気が、色をまとったかと思ったその時、無数のそれが風の魔法騎士の瞳に映った。

 彼が操る風――それは。


「我が操るは無数の風の拳!! 極めに極めた格闘の業を風の魔術にて放つ!! 人呼んで獅子風影拳!! 我が風の拳を躱せるか、騎士よ!!」


「……風の拳だと!! バカな!!」


 どう見ても、おっぱい。


 そう、荒獅子の背中から舞い立つのは拳ではない。


 たわわに実ったおっぱい。

 その一房である。


 風の拳ではない、風のおっぱいが彼の周りを漂っていた。


 いったいどうして。


 なぜ。


 どうやればこうなる。


 混乱が押し寄せる中――。


「そして、これこそが我が奥義!! 人の身では決して放つことができない、千の拳が同時に相手を穿つ魔性の業!! 食らうが言い――千手雷光拳!!」


「ぐっ、ぐぁああああああっ!!」


 必殺の拳――ならぬ必殺のおっぱいが壁の魔法騎士に向かって躍りかかった。


 不意打ち。

 それは、壁の魔法騎士をして防ぐことのできない、不可避の業であった。

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