第842話 壁の魔法騎士ともりもりパッド事件

【前回のあらすじ】


 恐怖『お嬢様のおっぱいもりもりパッド判明、ど貧乳だよ全員口封じ事件』の巻。


 男騎士と荒獅子ことアリオスが巻き込まれた、護衛の冒険者を皆殺しにしてお嬢様の秘密を守るという大事件。

 迫り来るお嬢様のメイドとそのおっぱい(凶器)を前に、男騎士は「おっぱいならば揉めばいいじゃない」というトンチキ理論を発揮して、挑みかかった。


 しかし、鍛えられしおっぱいは鋼をも断つ。

 あわれ男騎士と荒獅子はメイドの爆乳おっぱいの前に敗れ、簀巻きにされた。


 とまぁ、そんなトンチキ話を聞いた壁の魔法騎士。

 あまりに素っ頓狂でどうしようもない、そしてこの試練に果たしてどれだけ関係あるのか、そんなこと知ってどうするんだという内容にもかかわらず、根が真面目な彼はこれはなかなか骨の折れる話だぞと息を呑むのであった。


 どトンチキVSど真面目。

 はたして、この勝負どちらに軍配が上がるのか。

 というか、そもそもそういう勝負ではないのだが。

 闘いは、まだ、はじまったばかりだ――。


◇ ◇ ◇ ◇


 結構迂闊なリアクションを繰り広げているというのに、まだ、壁の魔法騎士を男騎士と勘違いしている荒獅子。彼は、爆乳メイド達との激闘という過去に想いを馳ながら、なぜか涙を一条その眦から溢した。


 その涙の意味が、苦難を共にした男騎士だったならばわかるのだろう。

 しかし他人である壁の魔法騎士にはさっぱりと分からなかった。


 もう何を言っているんだという感じであった。

 そもそも、おっぱいを武器にして迫り来るメイド暗殺部隊という状況からして理解できぬ。異常な話以外の何者でも無い。


 しかし――。


「その後、俺が機転を利かせて、お嬢様の秘密を既に冒険者仲間に喋っているとふかしたおかげで、俺たちはすぐに処分されることはなかった。だが、そこからまた始まった、三日三晩に渡るおっぱい拷問に、俺たちは苦しめられることになる」


「おっぱい拷問……!!」


「目隠しをさせて押しつけられる、おっぱいのような、おっぱいじゃないようなモノ。縛り上げられて、身体の自由が利かなくなった俺たち。長旅に疲れに疲れて溜まったいろいろなものに、金がなくってご無沙汰のそういう感じ――俺たちにその拷問はたいそう効いた。それはもう耐えられないほどにその身を苛んだ」


「……くっ、思い出しただけで、身体の一部がおかしくなりそうだ!!」


「そうだろう、そうだろう。この苦痛から解放されたければ、いや、解放したければ、お嬢様の情報を渡した冒険者の名を告げろと、そいつらは俺たちに言ったよ」


 気持ちは痛いほど分かった。

 身体の一部が痛くなるほど分かった。


 壁の魔法騎士とて男だった。


 そして、一児の父になったことがあるので、当然のようにそういうことが分かる男であった。もちろん、妻が亡くなってからというもの、一途に彼女に操を捧げて、再び清い生活をしている壁の魔法騎士だったが、それはそれだった。


 ぶっちゃけ、長年禁じていただけに余計にクルモノがある。


 くっとう呻くと、彼は前のめりになってその場にうずくまっていた。

 やむかたなし。


 男であれば、そんな拷問ともご褒美とも取れない状況に追い込まれれば、そしてそれを想像してしまえば、身体が反応をしてしまうのは仕方なかった。


 その呻きに荒獅子が背中で同意を促す。

 はからずとも壁の魔法騎士のその反応は、男としての共感を呼ぶモノだった。その男としての当然の生理反応が、荒獅子の心を今少しばかり緩めた。


 だが、同時に壁の魔法騎士には気になることがある。

 あの男騎士が、あのおっぱい大好き男騎士が。

 はたしてそんな拷問に耐えることができたのか。


 確かに彼はこの事件を機に、おっぱいに対する造詣を深めていったらしい。けれども、そうなるからにはあらかじめ素養が元から彼にあったのではないか。

 男騎士の中におっぱいに対する情熱がなければ、今のエルフ・パイオツメチャデッカーなどという、エルフ名を使うこともないはずだ。


 同時に、男騎士は律儀な男である。


 アホでスケベではあるが、一定の線は引いている。

 男女の間の超えてはいけない一線というものが見えぬほどではないし、好色の気があるほうではない。


 いや、むしろ英雄の癖してそういうのは少ない。

 薄いと言ってもいいくらいだ。


 男騎士の女性に対する紳士ぶり、そして律儀ぶりは、長らく生活と人生を共にし、ついには義兄弟にまでなった、壁の魔法騎士はよく知っていた。


 そう、今でこそ、女エルフというパートナーがいるが、その昔は――。


 その時であった。

 壁の魔法騎士の頭に不意に違和感が過ったのは。


 そういえば、男騎士があのように色事に対して律儀さと貪欲さを併せ持つようになったのはいつからだっただろうか。


 彼の記憶の中――男騎士と過ごした日々――の中でも、男騎士があのようなスケベな言動をしたモノは限られている。

 今のように、奔放な発言するようになったのは、いったいいつからだったか。

 頭の悪さを律儀さと生真面目さで補っていた男が、どうしてあのようなエロバカになってしまったのか。


 彼との関わりを失っていた数年間。

 リーナス自由騎士団を去り、冒険者として彼が身を立てている間に、その変化があったのは間違いない。


 そして、目の前の男――荒獅子と共に経験した『お嬢様のおっぱいもりもりパッド判明、ど貧乳だよ全員口封じ事件』もまた、その要因に他ならない。


 なるほど、男騎士の過去にこの目の前の男は深く関わっている。

 生来のおっぱい好きという隠されていた性癖をこじ開けて、バカがつくほどの真面目から、今のアホでスケベなおとぼけ者へと男騎士を変じさせたのにはこの男が関わっているのだろう。


 滾る下半身の一方で、胸の中に浮かび上がるのは友への想い。


 大事な友人を。

 妻の弟を。

 あのようなスケベバカに変えたのが目の前の男なら。


 俺は――と、壁の魔法騎士が怒りに拳を握りしめる。


「大変な目に遭った。お前が唯一習得している魔法――カッチンカッチンを使って股間を石に変えていなければ、俺たちはあのおっぱい地獄に屈していただろう」


「あいつ!! 俺が教えた魔法を何に使ってるんだ!!」


 しかし、そんな怒りは一度に霧散した。

 義弟の身を案じて、自らが教えた魔法を、しょーもなさすぎる事に使われていることにそんな想いはすぐさま蒸発した。


 紳士であったかもしれないが、アホなのは昔からである。

 オープンにエロくなったのは再会してからだが、アホなのは昔からである。

 おっぱいは揉めばいいものと言う辺り、無自覚エロの兆候もばっちりである。


 目覚めていようといまいと、男騎士ならやりかねない。


 だが、それにしたって本当にやるか。

 しかも、自分が教えた魔法を、そんな風に使うか。


 男騎士に輪をかけて真面目な壁の魔法騎士。

 彼も流石に叫ばずにはいられなかった。

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