第841話 ど荒獅子さんと昔語り
【前回のあらすじ】
壁の魔法騎士をすっかりと男騎士だと勘違いしている荒獅子ことアリオス。
どうやら男騎士の元冒険仲間と思われる彼に、気づかれないように声まねを続けて、壁の魔法騎士は仲間達を上の階へと通すことに成功した。
あとは相手の様子を窺いつつ、その素性を徐々に引き出す。
そして闘いを有利な状態に引き込む。
場は情報戦の様相を呈してきた。これは男騎士とは違い、長らくその手の情報を扱うことに血道を開いてきた、壁の魔法騎士ならではの戦い方であった。
敵を知れば百戦あやうからず。
さぁ、どう出ると構える壁の魔法騎士。
対して、それに、荒獅子は――。
「お嬢様のおっぱいもりもりパッド判明、ど貧乳だよ全員口封じ事件が」
とんでもない単語を持ち出して、度肝を抜くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……びっくりしたよ。まさか、あのお嬢様が胸にパッドを爆盛りしていただなんて。しかも、明日結婚式というその夜に、それが関係者にバレてしまうだなんて」
「……あ、あぁ、そうだな」
「お前も、びっくりしていたよな。『あのおっぱいが偽物だなんて。俺は、なんて、おっぱいを見る目がないんだ』って」
「……まだその頃は、俺はまだ、おっぱい鑑定力を養っていなかったからな」
「それを機におっぱい鑑定士としての資格もとったんだものな。知力1のお前にそんなことができるものかと思ったものだけれど――まさか一発合格するとは」
「……た、たまたま、運がよかっただけさ」
「ふふっ、今となっては、すべてがみな懐かしいな」
入ってくる情報が男騎士のどうでもいいことばかりである。
なんだ、おっぱい鑑定士とは。
なんだ、『お嬢様のおっぱいもりもりパッド判明、ど貧乳だよ全員口封じ事件』とは。
そんなどうしようもないことをきっかけに、男騎士はオッパイスキーになったというのか。
だとしたら、あまりにもしょうもない。
思わず、男騎士ではない壁の魔法騎士が頭を抱える。
その様子を察して、背中を向けたままの荒獅子がどうしたと声をかける。
ここで振り返られてはすべてが水泡に帰す。
慌てて、壁の魔法騎士は男騎士を演じるのを続けた。
「……大丈夫だ。ちょっと、あまりに懐かしいのでな。目頭に来たのさ」
「そうだな。あまりに懐かしすぎる。だが、忘れられない日々だ」
「……あぁ」
「覚えているか。冒険者の俺たちならば消してしまえば問題なかろうと、お嬢様が連れてきたメイド達を仕掛けてきたことを。彼女たちは、ただの女給ではなくて、暗殺技術を幼い頃からたたき込まれた、お嬢様の本当のボディーガードだったんだ。俺たちは、あくまでおとり。まさしく使い捨ての傭兵だったという訳だ」
「……あぁ、覚えているとも」
「キャサリン、メリッサ、アンナローゼ、マリリン――みな、おそろしいほどの爆乳だった。貧乳お嬢様のおつきとしては、考えられないほどの爆乳だった」
おどろくのは、そこか。
もっと違う所におどろくべきではないのか。
お嬢様のメイドが、実は自分たちを凌駕する武道の達人であることに、まずは驚くべきではなかったのか。なぜ、おっぱいに驚いているのだろう。
この男も、男騎士も。
あまつさえ男騎士は、その後、おっぱい鑑定士の資格を取得するくらいに、その事件でこじらせてしまっている。
なんで取ろうとおもったのか。
冷静になるとまったくわからない。
おっぱい鑑定士の資格を取るくらい、こじらせてしまっている。
どれだけ爆乳だったのか。
なんか、確かに、その気持ちも分かるかもしれないと、壁の魔法騎士は思った。
思ったが、いやいや、ないないと首を振った。
彼は胸に関してはあまりこだわりはなかった。
別にそういうのはどうでもよかった。
というか、一児のパパとして、そういうのはよくなかった。死んだ妻に操を立てるためにも、おっぱいにうつつを抜かす訳にはいかなかった。
壁の魔法騎士の真面目さが、かろうじて、ここで彼の正気を保った。
「迫り来るおっぱい殺法。右から飛ぶおっぱい。左から舞うおっぱい。まさか、魔法で強化したクーパー靱帯が、岩を砕くほどの力があるとは。あのおっぱいが、フレイルの如き破壊力を発揮するとは」
「……フレイルの如き破壊力!!」
「当たれば色んな意味で死!! 社会的にも、肉体的にも待ち受ける死の罠!! そんな窮地の中にあって、俺たちは背中を預けて戦いあった!!」
「……そ、そうだな」
「そしてお前は言ったな。たとえ魔法で強化されていると言っても、おっぱいはおっぱいだと。掴んでしまえばどうということはないと」
「……い、言うかもしれないな」
どれもこれも、出てくる言葉が間抜けすぎた。
出てくる男騎士の過去があまりにもどうしようもなさすぎた。
おっぱいメイド暗殺者に囲まれて。
死にそうな目に遭って。
挙げ句その打開策が、おっぱいだから掴んでしまえば問題なかろうだと。
そんな簡単におっぱいをどうこうできたなら、この世はこともなしである。
というか、よっぽどそっちの方が社会的な死に繋がるのではないか。
「あの時のお前の言葉に、俺は心臓を打たれたような心地だったよ」
「……そうか」
「そうだ、恐るるに足らない、所詮、おっぱいはおっぱいだと――掴んでしまえばどうということはない。簡単に無効かできるとな」
けれど、と、荒獅子が肩を落とす。
その視線が向かった先は、己の二本の腕。
まさか、本当に掴んだのだろうかと壁の魔法騎士が見る前で彼は呟く。
「おっぱいは一人に二つ。腕もまた、一人に二つ。向かってくる、四人八つのおっぱいの群れの前に、俺たちはあまりにも無力だった」
「……四人八つのおっぱいの群れ」
「気がつくと俺たちは、おっぱいにボコボコにされ、簀巻きにされて廃屋に閉じ込められていた。本当に、ここは地獄かはたまた天国か、生きた心地がしなかった」
感慨深く呟く荒獅子だったが、壁の魔法騎士はもういっぱいいっぱいだった。
おっぱいの話でいっぱいいっぱいだった。
この調子で、話を聞いていて大丈夫なのか。
しかし、まだ「お嬢様のおっぱいもりもりパッド判明、ど貧乳だよ全員口封じ事件」の話は終わっていない。
どころか、始まったばかりである。
気を強く持たねば。
壁の魔法騎士は奥歯をかみしめ、そして、これからも繰り出されるだろう、おっぱい話に身構えるのだった。
かつてこれほどに、おっぱいの話に身構えた事があっただろうか。
少し考えて、壁の魔法騎士は不毛とその考えを放棄した。
あまりにもとんちきすぎて、考え出すとむなしくなりそうだった。
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