第835話 ど壁の魔法騎士さんと黄金の獅子

【前回のあらすじ】


 第一階も試練の間であった。

 普通にエントランスだと思ってスルーしていた男騎士達。

 キダローのおかげで気づいた男騎士と女エルフが、急いで階段を駆け下りる。


 はたして、白羊宮の間で待ち構えていたのはどういう奴か、なぜ気づかなかったのか。その謎はすべて――部屋の隅にしつらえられたほったてられた感じのボックスによって説明された。


「は、はいって、ます……すみません、お腹の調子が悪くって」


 そう、入っていたのだ。

 お腹の調子が悪くって、トイレに○金闘士は入っていたのだ。

 だから気がつかない、だから分からない。


 誰が思ったか、トイレ不在。


 しかも、結構、お腹の様子は荒れ模様。扉を隔ててもヤバい感じがむんむんに伝わってくる。相手はそういう危険な状態だったのだ。


「……だ、大丈夫。大丈夫です。胃が弱いのは、昔からです。あ、あらためて、私が、白羊宮の○金闘士。アリエルウウウウウンンっン!!」


「「いいから!! いいから休んでアリエルさん!!」」


 はたして、男騎士達は、これはちょっと相手の調子がよくなるまで待とうかと、そういう感じで休憩モードに入ったのだった。

 そう、焦っても仕方ない。

 だって、お腹の調子が悪いんだから。


 この物語は、敵の胃の様子を察して待ってあげる、ハートフルファンタジー。


「いやまぁ、仕方ないけれども、もうちょっとこう展開があったんじゃない?」


 それはそれとして、戦いの舞台は男騎士達から壁の魔法騎士に移るのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 男騎士達を残して次の階へと進んだ壁の魔法騎士達。

 彼らの前に立ち塞がるのは獅子の紋章が描かれた扉。


 これまでのトンチキ・オブ・試練とはまったく違う、異様な闘気が扉の向こうからは漏れ出してきていた。


 激戦の予感とはこのこと。

 果たしてこの獅子の間に潜んでいる伝説の魂とは、○金闘士とは何者なのか。


「おそろしい強キャ感がむんむんと放たれている間ですね」


「獅子宮。見るからに武闘派という感じがするが」


「だぞ、今にも獅子の咆哮が聞こえてきそうなんだぞ」


「……わ、私たちだけで、勝てるのでしょうか?」


「皆さん、落ち着いてください。これまでの階層もなんとか皆でクリアしてきたではありませんか。ここも、皆の力を合わせればきっと突破できますよ」


 壁の魔法騎士、法王ポープ、ワンコ教授、新女王、そして魔性少年。

 メインアタッカーではないサブキャラクター達が顔を見合わせる。


 ぶっちゃけ、ここの戦いはメインアタッカーの男騎士や女エルフが担当なんじゃないのだろうか。


 そもそも、結構重要な中盤戦、盛り上がりどころなんじゃないだろうか。

 置いてくる奴間違えたんじゃないだろうか。

 そういうことを口には出さぬが皆思った。


 思ったが、そこは一旦置いておくことにして、彼らは扉に手をかけた。

 だって言っても仕方の無いことだから。

 置いてきたものは仕方ないのだから。


 はたして今度はどのような化け物が待ち構えているのか。

 緊張と共に開いたその先には――巻き立つような赤毛をした半裸の青年が仁王立ちにて背中を向けて待ち構えていた。盛り上がった見事な筋肉に、精悍なシルエット、そして、背中に背負っている見えないはずの燃え上がるような闘気。


 間違いない、これは――。


「「「「「主人公が闘う感じの強キャラ!!」」」」」


「待っていたぞティト!! 貴様と再び闘う日が来ようとはな!! 運命とは残酷なものよ!! しかし、今俺はこの獅子宮を守る○金闘士の一人!! いくらお前が相手だとしても容赦はしない!!」


「「「「「そして主人公を名指ししてきたよ!!」」」」」


 主人公を名指ししてくるような強キャラ!!


 たとえば師匠、あるいはライバル、はたまた兄弟子、まさかの実の兄弟!!

 燃える展開、滾る血肉、男と女が大好きな、バトルモノの鉄板展開!!


 そう、どうやらこの獅子宮を守る○金闘士――英霊は男騎士と因縁浅からぬ関係があるようだった!!


 しかし、男騎士は不在である!!


 一番下の階に移動して、大丈夫ですかとトイレの中の○金闘士を励ましている。

 大丈夫です落ち着いてくださいと、敵に塩を送っている真っ最中である。


 そして、タイミングの悪いことに、この因縁ある○金闘士は、壁の魔法騎士達に背中を向けていた。


 まったく、男騎士がこの場に居ないことに、気がついていないのである!!


「ティト!! よもやこの俺のことを忘れたとは言わんだろうな!!」


 しかし、それも進退窮まった。

 謎の○金闘士が、男騎士が居るものだと思って、なんか語りかけてきたのだ。


 これには壁の魔法騎士の額に汗が走る。

 このどうしようもないトンチキ状況を前にして、男騎士の代わりにパーティを率いている男の頭に苦悩がにじんだ。


 どうする、どうすればいい。

 素直に男騎士がいないと告げてやるべきか。

 この宿命の戦い演出をしている男の背中に、すまないが、男騎士は今ちょっと不在でしてと、肩透かしみたいなことを言ってしまって問題ないのか。


 結構、恥ずかしいことになるぞ。


「どうしたティト!! 返事がないぞ!! まさか本当に忘れたんじゃないだろうな!! おいおい、ちょっと待ってくれよ!! この、荒獅子のアリオスを忘れたんじゃないだろうな!! いくら知能が1だからって、忘れてしまったんじゃないだろうな!!」


「……ティトの知力が1だということを知っているということは」


「……だぞ、結構、親密な関係の人なんだぞ」


「おっとそうか!! ここ、怪奇メフィス塔で、死者はその者が全盛期だった頃の姿になるんだった!! うっかりだ!! いやはや、俺としたことがうっかりしていた!! うっかりうっかり、うっかりアリオスであった!! ぬわっはっは!!」


「……しかもちょっとお茶目さんですよあの人!!」


「……なんでしょう、お義兄にいさまのおバカ友達でしょうか?」


 おバカ友達とは。


 なんにしても、これ以上誤魔化すとほんと気の毒な感じになりそうだ。

 なによりちょっと間抜けなやりとりをしたおかげで、少しだけ緊張が緩んだ――と思ったのもつかの間である。


 ごうと獅子宮の○金闘士――荒獅子の背中に闘気の炎が燃え上がった。


「しかし、このアリオス!! お前が相手だとて容赦はせんぞ!! さぁ、かかってくるがいいティトよ!! よもや、この俺が相手では、戦えぬと情けないことを言うのではなかろうな!! それでも貴様、神に謁見しようという勇者か!! 勇者ならば、この俺の背中くらい越えて見せろ!!」


 また、真面目なノリに戻った。


 これは、もう、無理だ。

 壁の魔法騎士達が察して言葉を失う。


 そして――。


「……む、無理だよ、アリオス。俺に、お前は、倒せない、よー」


 やむなく壁の魔法騎士が声まね――絶妙に似ていない――で男に応えた。

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