第832話 ど男騎士さんと蟹スレイヤー

【前回のあらすじ】


 巨蟹宮を守るのは気の良いおっちゃん○金闘士。

 なにくそモッツアルトことドドドのキダロー。


 彼が、何気に有名な飲食店のテーマソングを作曲している偉大なアーティストだということは分かった。それにより、胃にダメージを負うのもしかたなかった。

 試練の塔に挑みだして食事をすっかりと忘れていた男騎士達に、飲食店のテーマソングはがっつりと響いた。


 しかし、根がいいのかなんなのか。

 あっさりと攻撃を止めるなにくそモッツアルト。


「お腹空いてるのにこんなん聴かすんはなんや申し訳ないことしたなぁ。大人げない言うか。もっと他の曲にするべきやったわ」


「……キダローさん」


「……もしかして、めっちゃいい人」


「せや、良かったら、蟹食べてんか。私な、この巨蟹宮を守ってる関係上、蟹の妖怪と契約してんねん。せやから、いくらでも蟹食べ放題っちゅうか」


「え、蟹が食べ放題なんですか!?」


 止めたついでに敵に塩を送るならぬカニを贈る。


 蟹食べ放題。

 こいつは正月でもないのにめでたい。


 蟹なんて、食べようと思って食べれるけれど――冒険者なので――高級蟹となっては話は別。男騎士達はその話に飛びつくのだった。


 しかし、彼らの前に現れたのは――。


「かにざんまい繋がりっちゅうことでな、私が預かっている妖怪はこれやねん。蟹坊主。でっかい蟹さんやろ。まぁ、食い応えあるで」


 フロアの天井まで身長があろうかと思われる巨蟹。

 妖怪蟹坊主なのであった。


 いきなり振り下ろされる、蟹坊主のはさみ。それを躱して男騎士、魔剣エロスに手をかけた。


「くそっ、こいつは厄介な食い倒れになってしまったな!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 男騎士について多くの人間が誤解していることがある。

 この男、実はバイスラッシュ以外に必殺技を使えないのではないかと。


 ともすれば、上段からのバイスラッシュ、下段からの逆バイスラッシュ。

 横に飛んでの横バイスラッシュと、彼はそれを多用している。


 その技というか戦い方のバリエーションのなさには、身内からも「またかよ」とあきれかえられるほどである。


 しかしながら、彼もまた何も考えなしにそれを使っている訳ではない。


 極めに極めた必殺の一撃は、どのような攻撃よりも速い。

 男騎士はバイスラッシュという己の技を、極限まで極めることにより、それを神速の域でたたき出すことを可能としていた。それは、大性郷との特訓より前からできたことであり、彼がこの技を多用する理由でもあった。


 百度繰り返せば、振るより速く剣の軌跡が見える。

 千度繰り返せば、構えただけで相手の死に様が見える。

 万回放てばそれはもはや呼吸と変わらぬ、一切の滞りなく繰り出される神速の剣戟は、何物の刃を持ってしても防ぐことはできない。


 だからこその、先手バイスラッシュ一点張り。

 男騎士に染みついた戦士としての本能が、最適戦略として必殺の一撃を放たせるのだった。そう、それは怠惰でもなんでもなく、最も効率的な攻撃手段であった。

 戦士としてそれを選ばないということはあり得ないのだ――。


 そして、同様に。


「行くぞ!! ティト・ズ・キッチン!! 乱れ魔剣活き捌き!!」


 男騎士が刺突の連撃を蟹坊主へと向かって繰り出す。

 甲殻類の最大の弱点である関節部。

 その一番もろい部分に向かって、神速で魔剣の剣先をねじ込むと、そこからてこの原理で無理矢理に断絶を行う。


 次々と蟹坊主の身体を断絶していく男騎士。

 飛び散る蟹の肉汁を浴びても一顧だにしない。

 繰り出される蟹の脚に見向きもしない。

 ただひたすらに、関節を執拗に引き裂く。


 その姿はまさしく修羅。

 いやむしろ鉄人。


 そう、料理の鉄人であった。


「ほぉー、なんや凄いやな、あの兄ちゃん」


「まぁ、伊達にウチのパーティで、長らく食材の下ごしらえ係やってないからね」


「君らん所はあの兄ちゃんが料理作るんか。あれやな、クッキング・ウォーリヤーっちゅう奴やな。今流行の」


「嫌ですよぉ、今どき、料理なんて冒険者なら女でも男でもできますって。まぁ、ティトは下ごしらえ専門なんですけれどね」


 そう、男騎士は戦士である。

 しかしながら同時に、料理人でもあったのだ。


 幾多もの冒険を経て、お昼時を任されることしばしば。

 箱入り娘の女修道士シスター。生活能力皆無のワンコ教授。

 入れ替わったが、新女王と法王もまた同じ。


 彼女たちにはお料理スキルがなかった。


 なんというか、モンスターは普通に倒せるけれど、料理スキルがなかった。内臓とかを処理したり、食べやすく食材を加工するとか、そういうことができなかった。


 なので男騎士が頑張った。

 一人で頑張った。


 まぁ、剣で戦うのと同じだしなと、自分を誤魔化して頑張ってお料理した。


 そう、そんな境地の果てにたどり着いたのがこの型にして技。

 ティト・ズ・キッチン十二の下ごしらえであった。


 今、男騎士は戦士ではない、料理人として目の前の巨蟹と相対していた。どんなに巨大でも、どんなに活きがよくても、どんなに凶暴でも、蟹は蟹。

 食材でしかないのだ。


「うぉぉおぉおおお!! これは、可食部が多いぞ、モーラさん!!」


「ティトぉ、いいかげん、俺を包丁代わりに使うのやめろよなぁ。俺、これでも大切な魔剣なんだぞ。人類の宝的な魔剣なんだぞ。なのに、料理包丁扱いって」


「ぎみみみぃいぃいい!!」


「よし、脚は全部捌いた!! 後は甲羅を剥いで――蟹味噌と卵を取り出す!!」


「ほんとお前、料理のこととなると目の色変えるよな」


 別に男騎士は特殊技能【料理技能】を取得している訳ではなかった。

 むしろ、これは、長く冒険をしているものの性だった。


 【料理技能】は【冒険者技能】により代替することができる。

 すなわち、冒険をしていれば、自然と身につくものだった。


 パーティの中で最も冒険者歴の長い男騎士が、料理が得意なのは必然。

 そして――。


「よし!! 甲羅は無事に開いた!! あとは出汁が取りやすいように、ぶつ切りにするぞ!! いいか、エロス!!」


「あいあい、任せてくださいよ、いつものでしょう――!!」


「うぉおぉおおお!! 乱れバイスラッシュ!!」


 まるで嵐のように魔剣を振り回し、蟹坊主の胴体をぶつぎりにしていく男騎士。

 丁寧に、それはもう、食べやすいサイズに切り分けられた蟹坊主は、もはや、妖怪としての能力を発揮することも良いところもなしに食材にされたのだった。


 しかたあるまい。

 蟹坊主よりも男騎士の方が、化け物として上だったのだから。


 綺麗に切り分けられた巨大蟹。

 その亡骸を前にして男騎士は、魔剣をさやに収めると、蟹汁でまみれた汚れた顔で愛する女の方を振り返るのだった。

 こんな時、男が女に言う言葉はたった一つ。


「モーラさん!! 今日は鍋にしよう!! 蟹鍋!!」


「いいわねぇ!!」


 お料理のリクエストしかないのだった。

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