第831話 ど男騎士さんと蟹坊主

【前回のあらすじ】


 かつて、中央大陸に強烈な縁戚同盟を結成したハッスルプルグ家。

 その立役者であるモッツアルトの名を借りる、キダローとは何者なのか。


 なにくそモッツアルト。

 モッツアルトは知っているけど、彼は知らない男騎士たち。

 疑惑の念が飛ぶ中で、まぁ、聴けば分かるからと、英霊が指揮棒を取り出す。


 その指揮棒の軌道に合わせて、流れてきたのはまさしく――。


「「えっ、まさかこの曲の作曲者だったんですか!?」」


 どこかで聴いたことのある有名ソング。

 そう、この男、ただの人のいいおっちゃんではない。確かに人の心に残る名曲を数々生み出した、英霊に間違いなかった。

 その証拠に――。


「とれたて!! プリプリ!! かにざんまい!!」


「「かにざんまいのうた!!」」


「ある時!! ない時!! やっぱりある時!!」


「「GOGO1のほーらこいのテーマ!!」」


 男騎士も女エルフも、街で一度は聴いたことのある宣伝ソングだったのだ。


 そして。


 どちらも、胃袋にダイレクトアタックを仕掛けてくる、名曲だった。


「「ぐぅうぅぅぅ!!」」


「「こんなんぜったいお腹が減る奴ですやん!!」」


 はたして、彼らの胃袋やいかに。


◇ ◇ ◇ ◇


「どや、知ってるやろ? 他にもいろいろあるねんけど、私の仕事の一番二番言うたらこれですわな」


「知ってるぅ、めちゃくちゃよく知ってるぅ!! 街でお店の前通ると流れてて、めちゃくちゃ気になる奴ぅ!! 絶対美味しいだろうなって、音楽だけでお腹がすく奴ぅ!!」


「けどお値段お高めでちょっと気軽には入ることができない――特にカニの奴!! まんじゅうの奴は、ちょっといいことがあった時とかに買ったりするけれど!! カニの奴はもう、前を通るだけで中に入ったりできない!! けれど、絶対に美味しいんだろうなって伝わってくる奴!!」


「言うほどかにざんまいはお高くないで? 庶民のお財布に優しいお店やで?」


「「そうかもしれないけれど!! 怖くて入れない!!」」


 男騎士も女エルフも根が貧乏性であった。

 そして、わざわざ蟹をお店で食べなくても、川とかでハンティングする冒険者であった。そう、割と蟹は、冒険者たちにとってなじみのある食べ物なのだ。


 だがしかし、なじみがあるからこそ分かる。


「きっと泥抜きした、食用の蟹ならばもっと旨いんだろうなって!! いつもかにざんまいの前を通る度に思っていた!!」


「水槽で見る蟹!! 明らかに川とか海とかで捕まえる奴と違って色が綺麗だなって、いつもお店の前を通る度に思っていた!!」


「なんや、自分らほんまに入ったことないんかいな?」


「ないですよ!! 俺たち冒険者にね、贅沢する余裕なんてある訳ない!!」


「遠くから、あのお店のシンボルの蟹が、わきわき動くの眺めて、あぁ、今日も元気にわきわきしてるなって、そのくらいしか思わないわよ!!」


「そんな金があるなら――川で蟹狩るための道具を買いますよ!!」


「餌買いますよ!!」


「貧乏性やなぁ、自分ら」


 基本、その日暮らしの冒険者である。

 宵越しの金は持たないとは言ったものだが、宵越しできるほどの稼ぎもないというのも実情。基本的に彼らの食糧事情は割ときついものがあった。


 いやまぁ、蟹を捕って食うは極端――流石に街にいるときは、そこそこの大衆食堂や居酒屋で済ます――だが、実際高級な店にはおいそれと入れないのであった。


 贅沢は敵。

 これは冒険者の共通認識である。

 モンスターに倒されるパーティよりも、金欠に倒されるパーティーの方が多いとは、ギルドでもよく言われるジョークであった。


「とにかく、今すぐその曲を止めてください!!」


「お腹が、お腹にダメージが蓄積されていく!!」


「ふはは、どうや、思い知ったか!! これが先生の実力じゃ!!」


「知らん言うた割にはふがいないのう!! のう、兄ちゃん、姉ちゃん!!」


 名前は知らないけれど曲は知っている。

 素直にそれを認め、なおかつ、地味な精神ダメージ、それも、精神防御をすり抜けてくる奴を止めてくれと懇願する男騎士たち。

 相手はこの塔を守る○金闘士。そうは問屋が卸さない――かと思いきや。


 すんなりと、音楽は止まり、えらいすまんかったなとなにくそモッツアルトは男騎士達に謝るのだった。


 なぜ、と、この絶好の機会を逃した敵に男騎士達は視線を送る。


「お腹空いてるのにこんなん聴かすんはなんや申し訳ないことしたなぁ。大人げない言うか。もっと他の曲にするべきやったわ」


「……キダローさん」


「……もしかして、めっちゃいい人」


「せや、良かったら、蟹食べてんか。私な、この巨蟹宮を守ってる関係上、蟹の妖怪と契約してんねん。せやから、いくらでも蟹食べ放題っちゅうか」


「え、蟹が食べ放題なんですか!?」


「ほんとうですか!! じゅるり!! 私、結構蟹ってすきなんですよね!! じゅるり!! プリプリとした身がたまらないというか!! じゅるり!! いや、泥臭いのは流石にちょっとというのもあるんですけど、綺麗な沢で育った奴とか目がないというか!!」


「食い意地はっとるなぁ」


 ちょっとちょっとキダローさんとたしなめる青い服を来た従者達。

 そんな彼らに、ええやないかと微笑むなにくそモッツアルト。


 なんだよ、本当にいい人かよと、女エルフと男騎士が蟹の味を想像して、頬と口元を緩めたその瞬間――。


「ただまぁ、活きが良すぎるし、大きいから、ちょっと気はつけてや」


 聞き捨てならない言葉が聞こえた。


 ゆらりとキダローの背後に現れる人ならざるものの気配。

 それはゆっくりとその輪郭を露わにすると、甲殻類独特のごつごつとしたフォルムと、部屋の天井を擦るのではないかという巨躯を男騎士達に見せつけた。


 ぶくぶくと、口から吐き出す泡が、なにくそモッツアルトに吹き付ける。

 あかんでぇとなんでもないようにあしらった瞬間、男騎士たちは理解した。


 このおっさんが、底抜けに人が良いことを。

 そして、人が良すぎて、いろんな感覚がバカになっていることを。


「かにざんまい繋がりっちゅうことでな、私が預かっている妖怪はこれやねん。蟹坊主。でっかい蟹さんやろ。まぁ、食い応えあるで」


「食い応えというか」


「一歩間違えば、食われ応えというか」


「ほな、巨蟹宮の試練はじめましょか」


「「どきどき、プロポーズ・オペレーション・エルフ!! はじまりでっせ!!」」


「「どきどきの方向性が違う!!」」


 吠える男騎士達に向かって、無情かな、蟹坊主の大きなはさみが、勢いよく振り下ろされる。それは、フロアの大理石の床を粉々に砕いて、粉塵を巻き起こす。


 突然の強襲。

 降り注いだ甲羅の断頭刀を避けて――女エルフを抱えた男騎士。


「くそっ、こいつは厄介な食い倒れになってしまったな!!」


「おいおいティト。俺は、蟹の身をほじくる奴じゃないからな。魔剣だからな」


 彼はすぐさま魔剣を抜刀すると、床に刺さったままの蟹坊主のはさみを、その節目を狙って切り落とした。

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