第830話 ど男騎士さんとカニ料理

【前回のあらすじ】


 このままだと制限時間の十二刻以内での頂上到達が難しい。


 海底都市オチンポスが怪奇メイフィス塔。

 その試練を無事に終えて、女修道士シスターの命を助けるためには、仲間を見捨てて前に進む非常さも必要とされた。


 いや、違う。

 仲間を信じて先に進むのだ。

 男騎士達は、パーティーメンバーが頼りになる奴だと信じている。

 だからこそ、この戦力分散電撃作戦を敢行することにした。


 戦える仲間にその場は任せて先に進む――。


 そんな壮絶な覚悟をした彼らの前に、現れた第四の試練は!!


「私が、このフロア――巨蟹の間を預かる○金闘士。なにくそモッツアルト――ドドドのキダローですわ」


「なにくそモッツアルト」


「ドドドのキダロー」


 いきなりこの部のラスボス感をにじませる白髪タキシード男なのだった。

 はたして、男騎士の運命やいかに。

 そして、肖像権的な問題やいかに。


「ほんと、関西ローカルネタ好きね、この作者」


◇ ◇ ◇ ◇


 モッツアルト。

 その異名を男騎士達は知っていた。

 彼もまた、伝説に歌われた英霊の一人に違いなかったからだ。


「かつて中央大陸連邦共和国が一つの共同体になる前の物語」


「北辺にあった公爵家――ハッスルプルグ家のおかかえ音楽家モッツアルト。彼は数々の名曲を世に生み出すと共に、ハッスルプルグ家の外交官としてもその才覚を発揮。行く先々で、ハッスルプルグ家の子女との婚姻を取り付けて、一族の縁戚を盤石のものとし、ハッスルプルグ家一族繁栄の一助を担った。その余りに見事なお見合い能力から、結婚相談所ヴォルフガングとも呼ばれた男」


 しかし。

 伝説の中に登場するモッツアルトは、こんなおっさんではなかった。

 そして、なにくそモッツアルトという名で呼ばれてはいなかった。

 なにより、ドドドのキダローなどという呼称は初めて聞いた。


 いったい、彼は何者なのか。


 その時、青い服を着た二人組が突然声を荒げた。


「先生!! こいつら先生のこと知らんみたいでっせ!!」


「田舎もんやなぁ!! なにくそモッツァルト、下町が生んだ奇跡の音楽家、ドドドのキダローをしらへんやなんて!!」


「いや、そんなことを言われても」


「知らないものは知らないから」


 困惑する男騎士と女エルフ。

 まるで知ってて当たり前という感じにぐいぐいくる二人組に彼らは口を噤んだ。


 知力に自信のない男騎士。

 そして、知力はあるけれど、人間達の事情についてはあまり詳しくない女エルフ。


 もしかすると有名な人なのかもしれないと、彼らは目の前の白髪でふくよかな男――キダローを眺めた。


 はたしてキダロー。そんな彼らの視線に、はっはっはと柔らかい笑顔で応える。

 人の良さが滲み出ている、人情味のある反応だった。


「まぁ、私が勝手になにくそモッツアルト言われてるだけですからね。そら、本場の人たちは知らんのはしかたありませんなぁ」


「「自称なんかい!!」」


「せやかて先生の曲を聴いたら、おまんらあーこれやってなるで!!」


「せや!! なにくそモッツアルト、なめとたらあかんで!!」


 いやけど、自称音楽家なんでしょう。

 男騎士はともかく女エルフ、そんなニッチな人材を偉そうに紹介されても困るわよという感じに、眉根を寄せた。


 そして、そんな奴の代表曲なんて聴いた所で分かる訳がないじゃないのよと、白目を剥いた。


 なんだか変な英雄に掴まってしまった。

 そんな後悔が男騎士と女エルフの間に流れたその時――。


「そしたら、まぁ、私の曲をいくつか聴いて貰いましょか」


「そんな先生!! 先生自らそんなことせんでも!!」


「こいつら、録りだめしたカセット音源でも聴かせておけばええですやん!!」


「まぁ、せっかくやしなぁ」


 なにくそモッツアルトはおもむろに指揮棒を取り出したのだった。


 まぁ、音楽を聴くくらいなら、別に構わないかと男騎士。

 女エルフと目配せして、一応、精神感応系の防御魔法をその身にかけると、彼は白タキシードのおっさんの腕の動きに注目した。


 木製の指揮棒が振るわれたその瞬間――。


「なっ!! これは!!」


「嘘でしょ!! 精神防御魔法はちゃんとかけたのに!!」


「どや、聴いたことあるやろ!!」


「一度聴いたら耳にこびりついて離へんこの中毒性!! 精神防御魔法なんて効く訳あらへんがな!! これが、なにくそモッツアルトの真骨頂!! 【えっ、まさかこの曲の作曲者だったんですか!?】やで!!」


【スキル えっ、まさかこの曲の作曲者だったんですか!?: あまりにも日常的に聴きすぎて耳になじみがある曲の作曲者が、意外な人物だと分かることにより発生するレアスキル。なお、曲の内容によって現れる効果はさまざまだが――】


「キダロー先生はな!! グルメ系の作曲には一目おかれてるんやで!!」


「南の王国ナンバじゃ、この曲を聴かんと育った子はおらへんくらいや!!」


「ナンバの民じゃなくても知っている!! この曲、この曲は!!」


「大きな街に行ったらだいたい流れている!! この曲はまさか!!」


「とれたて!! プリプリ!! かにざんまい!!」


「「かにざんまいのうた!!」」


【歌 かにざんまいのうた: 中央大陸全土で展開する、カニ料理専門店『カニ・イージーロード』のテーマソングである】


「これだけやあらへんで!!」


「こっちも聴いたことあるやろ!!」


「あぁっ、これは!!」


「ついお土産に買いたくなる、大きな街の繁華街に一つはある饅頭屋」


「ある時!! ない時!! やっぱりある時!!」


「「GOGO1のほーらこいのテーマ!!」」


【歌 GOGO1のほーらこいのテーマ: 中央大陸全土で展開する、饅頭屋のテーマソングである。主に、肉がたっぷりつまった肉まんじゅうが人気。独自魔法で冷凍したのをお持ち帰りすることができるので、多くの人に愛されている】


 炸裂する、【えっ、まさかこの曲の作曲者だったんですか!?】の効果。

 男騎士と女エルフは腹を抱えてその場に膝をつくと、みっともない感じに――。


「「ぐぅうぅぅぅ!!」」


「「こんなんぜったいお腹が減る奴ですやん!!」」


 腹の虫をならしたのだった。

 両名、長旅ですっかりと腹ごしらえのタイミングを忘れていた。

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