第827話 男騎士と勇者の誓い
【前回のあらすじ】
ペニ○・サイズついに倒される。
合体した権能、怪異マヨイガを解除して、幻惑の世界が祓われた。
再会する男騎士達の前に姿を現わしたのは黒いローブをまとった美少年。
意外や意外、それこそが殺人道化ペニ○・サイズの正体。
そう、偶像英雄――人の思いが作り出した架空の英雄。
それに魂が宿ったというワンコ教授の仮説は間違いではなかった。間違いではなかったが、それを強固に補強した、実在する魂がそこにはあった。
ペニ○・サイズの仕業として、闇に葬られた人間達の魂。
どうやっても浮かばれぬ、哀れなその魂は、自分たちを殺したとされる幻想を、実際に存在するものとして強化した。悲しいかな、自分たちの死の原因となったそれを恨む余り、それが現実でなければならないという結論に至った。
そんな悲しき存在を、いったい誰が咎めることができるだろう。
殺人道化ペニ○・サイズ。
それはあまりにも悲しい伝説にして存在だった。
しかし、そんな悲嘆と歴史の闇を切り裂く者がある。
この世の闇を切り裂く者が居る。
人はそれを時に英雄と呼び、勇者と崇める。
そして、この海底都市オ○ンポスに挑む、彼らのリーダーこそは、この世を悲しみの淵に落とさぬように戦う男に間違いなかった。
そう、彼こそは。
「ペニ○・サイズ。悲しき魂よ。俺は君たちのために、これからも剣を振るおう」
「「「「「げぇー!! 課長ティト耕作!!」」」」」
課長ティト耕作!!
◇ ◇ ◇ ◇
悲しき亡霊。
殺人道化という偶像を依り代に集まった、哀れな殺人の被害者の魂たち。
彼らはその悪夢のような男の登場に戦慄した。
怪異『マヨイガ』と結びつき、早々に彼を手玉に取ったのは間違いなく殺人道化たちだった。しかしアラサーディメンション内での恐怖体験がそれを上回った。
にじりよる男騎士。
この男が情け深いことはパーティメンバーの誰しもが知るところだ。
そして、ペニ○・サイズの正体を知り、その情け深さが炸裂しているのも女エルフ達にはよく分かった。
故に男騎士パーティ、いつものように彼のその心意気に、やれやれまたかという顔をする。あきれではない、この男の優しさを知っているからこそ出る、それは共感のやれやれであった。
しかしながら一方で、彼らは知らない。
アラサーディメンションの中で、殺人道化が彼にどんな目に遭わされたかを。
終わりなき、課長ティト耕作により、その精神をズタボロにされたかを、彼らはまったく知らないのだ。
故に、なぜにじりよる男騎士に対して、殺人道化が怯えているのか、その理由がまったく分からなかった。
あげくの果てには――。
「これまで人に優しくされることがなかったのね。それは、ティトの優しさが信じられなくても仕方ないわ」
「人に裏切られた魂ですからね。ティトさんの心の優しさを疑ってしまうのも無理のない話です」
「だぞ、ティトのお人好しには困ったものなんだぞ」
「けどそれがティトさんらしいというか」
殺人道化が、男騎士の優しさに戸惑っていると勘違いする始末である。
いや、わかるはずもなかった。
アラサーディメンションの中で、殺人道化がどのような目に遭っているかなど、その外側に居た女エルフ達の関知するところではなかった。
しかしながら当人にとっては勘弁して欲しいことこの上ない話だった。
どうしてまた、このようなことに――あの悪夢のような体験をしなくてはならないのか。
戦慄する殺人道化が逃げだそうと立ち上がる。
しかしながら、その場から逃げだそうとする少年を、男騎士は力強くその腕で抱き留める。
いやらしい感じなどみじんもない。
それは大人の男が、自分よりか弱い子供達を守らんとする、純粋な感情から行われた動作。そこにはただ、子供を思いやる真心だけが存在していた。
相手が平行世界の牢獄にて苦渋を舐めさせられた課長ティト耕作でなければ、殺人道化を依り代としたその被害者達の魂も救われた事だろう。
しかし、残念ながら、課長ティト耕作であった。
悪夢のような、課長ティト耕作であった。
まぎれもなく課長ティト耕作百パーセントであった。
「……君たちの魂に誓おう。俺は、決して今後君たちのような悲しい思いをする子供を生み出さないと。いや、俺一人で出来ることは少ないだろう。けれども、この生涯を賭してでも、君たちのような悲しい魂を生み出さないように戦おう」
「あっ、あっ、あっ」
「泣かないでくれ、ペニ○・サイズ。君達の悲しみはもう充分伝わった。俺たちは、歴史に学び、これからの未来に繋いでいく。そう、誰も泣かなくていい、君達のような者が現れない、素晴らしい未来へと」
だから、安心してくれ。
それは、傍で見ている者達に涙を禁じ得ない、まさしく勇者を思わせる一幕であった。この男騎士は、誰にはばかることのない英雄であり、こういう男だからこそ、皆が彼について行くのだと、思わせるだけの見事な一幕であった。
男騎士自身は、別にそんなことを意識してやっている訳ではない。
ただ、目の前の哀れな魂を、自分の手ですくってやりたいという一心。
献身の心から出た誓いに間違いなかった。
だが、しかし。
課長ティト耕作により精神を削られた、ペニ○・サイズ達にとっては、別に救いでもなんでもなかった。
むしろ、アラサーディメンションの悪夢のリフレイン。
そんな悪夢の一幕でしかなかった。
課長ティト耕作。
どんな時でも、自分の危機に現れて、いろいろとぶち壊す課長ティト耕作。
ラブコメ展開を期待していたのに、ギャグ方向に全部持って行くティト耕作。
そう、そして今回もまたシリアス展開だというのに――。
「「「課長ティト耕作というだけで、もう、なんというか、信じられない」」」
「何を言っているんだ?」
「「見るな、そんな目で、僕たちを、見ないでくれ。うっ、うわぁああああ……」」
一気にギャグ展開。
殺人道化は、正気を失して、その姿をフロアから消したのだった。
はたして、第三の試練に男騎士達は勝利した。
しかし――。
「どうやら、殺人道化に囚われた魂は、救われたようですね」
「ティト、あんたやっぱりいい男よ。私が見込んだ男だけあるわ」
「……ふっ、流石だな、ティト」
「ペニ○・サイズ。今は安らかに冥府で眠れ」
その勝利が、大いなる誤解によるものであると、男騎士達は知らない。
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