第820話 どエルフさんと胸を借りる

【前回のあらすじ】


 いつの時代、いつの世界でも、女は自分の胸の大きさに悩むモノ。

 貧しき乳に生まれたばかりに、どうして私はこうなのかと嘆き悲しむモノ。

 しかしながら、それは結局主観的なものでしかない。


 世の中、上には上が居る。


 弱者にはより弱者がいる。


 ヒエラルキーの底。

 おっぱいという名のどうしようもない女性のセックスシンボルの世界で、ボロ雑巾のように踏みつけられた貧乳――嘆きゴルゴダの断崖絶壁を見て法王ポープ

 彼女は自分がいかに恵まれた人間、いや、女性であるかを思い知った。


 世の中には、女性的な膨らみを一切持たない、AAA貧乳を持つようなそんな女もいるのだ。

 そんな女はいったいどうすればいい。


 自分の胸が小さいことなど、彼女が生きていく上での苦しみを思えば、贅沢に過ぎる悩みというもの。


 そう思って、自らの不明を法王が恥じたその時。


「これお義姉ねえさまです」


 桐箱の中に入った嘆きゴルゴダの断崖絶壁を見て、新女王がその持ち主を言い当てたのだった。


 そう――。


「……とんだとばっちり!!」


 女性としての武器を持たぬ女エルフ。

 それは我らがヒロインモーラさんであった。


◇ ◇ ◇ ◇


 愕然とする法王。

 そして、嘆きゴルゴダの断崖絶壁を持ち出したおっぱい屋の店主。


 まさかそんな、こんな世にも珍しいど貧乳の持ち主が、よりにもよって身内だったとは。両名、そんなことなど思うはずも無かった。

 きっとどこの誰とも分からぬ、哀れなエルフだと思っていた。


 しかし、よくよく考えてみると、あの女エルフ以上に哀れなエルフなど、そうそう居なさそうだった。


 少なくとも、彼女の人となりを知っており、さんざん弄くり散らかしてきた法王については、なんでど貧乳エルフという情報が出たその時に、気がつくことができなかったのだろうと、しばし自分の不明を恥じたのだった。


 とはいえ、胸だけでこれを彼女だと見破るなどと至難の業。


「いやー、すごいですね、恐ろしいまでの再現度です。まるで本当にお義姉さまの胸みたいです。おいくらですか。国家予算までなら出しますけれど」


「なにさらっとこの状況を受け入れてるのこの娘」


「エリザベートさん。いや、ちょっと、今真剣な話の最中で」


「あ、試着してもいいんでしたっけ? 私もちょっとお姉様がどういう気持ちでこのおっぱいしてるのか気になっていたんで、ちょっと着てもいいですかね?」


「「うえ?」」


 いいですよね、それじゃお借りしますと、新女王。

 慧眼かそれとも邪眼か。

 なんにしても、一発でその胸の持ち主を見抜いた女は、まるでこともなげにそう言い放つと、桐の箱を持って試着室の方へと向かっていった。


 布製の入り口のカーテンを引いて、さっとその中に入ると、彼女はひらりと上着を脱いで――。


「えっと、おっぱいの試着方法と。現在着用しているおっぱいと手持ちのおっぱいを、この交換魔法で入れ替えることができますと。なるほどなるほど」


 恐ろしいほどの適応力を発揮して、店員の説明もないのに試着し始めた。


 いいのか、試着してしまっていいのか。

 仲間の身を案じて逡巡する法王。


 いいのか、試着させてしまっていいのか。

 一発でおっぱいの持ち主を見抜いた、化け物が何をしでかすのか気で気でならずに逡巡するおっぱい屋。


 はたしてそんな二人の視線が見守る前で。


「パフパフおっぱいボインボインおっぱい、たわわたわわぽよよよーん」


 新女王はまったく躊躇無く自分のおっぱいと、その嘆きゴルゴダの断崖絶壁と自分のたわわに実った胸を交換したのだった。


 途端。

 桐箱の中にずっしりとした重量感が移動し、代わりに、新女王の肩にそれまでかかっていた重みが消えてなくなる。


 おぉ、と、感嘆するや否や、彼女は桐の箱を置いて、上着を羽織ると更衣室から飛び出したのだった。


「見てください!! この完璧な虚無!! まさしくこれは間違いなく、お義姉様の胸!! 嘆きゴルゴダの断崖絶壁フォーム!!」


「……え、えぇ、そうね、エリザベートさん」


「……な、なかなか似合っているじゃないの」


 豊満なたわわが詰まっていた上着。

 そこから、それがすっぽりと抜け落ちればどうなるか、賢明な男子諸君ならおわかりいただけるだろう。女子諸君ならば、実感を持って想像できることだろう。


 勇み足で出てきた新女王。

 彼女は、自分の胸が理想とする義姉のモノと入れ替わったうれしさに我を忘れて、自分の姿がどうなっているのか無頓着になっていた。


 そう、ぶかぶかになった胸元から、ぽろりとその何も無いフラット胸板が露わになっているのに気がついていなかった。


 シャイニング。

 途端、閃光が彼女の胸に走る。

 それは無防備状態により発動したギリモザ。

 完全に油断しきった状況下で繰り出された浄化攻撃は、運悪くというかなんというか、おっぱい屋の顔面に向かって照射された。


「ぐっ、ぐわぁああああっ!!」


「これは!! 神聖攻撃が効いている!?」


「リーケットさん、エリザベートさん!! 実攻撃が通ったということは、幻ではないということ!! どうやらそいつが、このフロアの○金闘士のようです!! 気をつけて!!」


 不意打ちで発射されたギリモザ。

 それに顔を焼かれたおっぱい屋。


 そのたくましい男の顔の底から、おしろいの塗りたくられた狂気の表情が覗いていた。殺人道化。赤いボールを鼻の先に飾ったそいつは、冷たい吐息を吐き出すと、おっぱい屋の身体の中から這い出てきた。


 身体の関節をならして、操り人形のような仕草で起立するとそいつは。


「ハァイ、ジョージィ」


 伝説にも記された特徴的な呼び声と共に、法王たちの前に立ちはだかった。

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