第821話 ど法王さんとアラサーディメンション

【前回のあらすじ】


「あ、試着してもいいんでしたっけ? 私もちょっとお姉様がどういう気持ちでこのおっぱいしてるのか気になっていたんで、ちょっと着てもいいですかね?」


「「え?」」


 新女王はっちゃける。


 おっぱい屋。

 古今東西のさまざまなおっぱいを取りそろえているという、怪しいことこの上ない場所で、遠慮なしにおっぱいの試着を申し出ると、彼女は試着室に駆け込んだ。

 憧れの義姉――女エルフと同じおっぱいになれるということに、新女王は居ても立ってもいられなかったのだ。


 さて、幸か不幸か、それがまさかの不意打ちを呼ぶ。


 たわわに実った新女王のそれと、嘆きゴルゴダの断崖絶壁を入れ替えたことにより、でろりとできた上着の隙間。

 そこからぽろりと、出してはいけないものが出てしまったからには仕方がない。


 閃光が、空を裂く。

 それはもはやお約束、危ないシーンを未然に防ぐため、世界が放つ修正の光。

 ギリモザ――。


 聖なる光は幸か不幸か、法王達の前に立ち塞がった、おっぱい屋の顔へと飛んだ。すると、みるみるとその顔が、聖なる光によってただれて行くではないか。

 これを見るや叫んだのは魔性少年。


「リーケットさん、エリザベートさん!! 攻撃が通ったということは、幻ではないということ!! どうやらそいつが、このフロアの○金闘士のようです!! 気をつけて!!」


「ハァイ、ジョージィ」


 牙をむくのは、殺人道化ペニ○・サイズ。

 男騎士達に先んじて、法王に接触した幻の道化。


 はたしてこの勝負どうなるのか。

 後衛職ばかりの戦闘がここにはじまろうとしていた。


◇ ◇ ◇ ◇


「偶像英雄ペニ○・サイズですか。なるほど、面白いモノを○金闘士としましたね、冥府神ゲルシー。まさかこの世に存在しないモノさえ扱うとは」


「ペ、ペペ、ペニ○・サイズですか!? あの、大量殺人鬼の!?」


「……どうやらよく分かりませんが、厄介な相手なのには違いなさそうですね」


 殺人道化。

 青白い顔の化け物は、法王たちを見つめて微笑を浮かべると、次の瞬間ゲタゲタと歯を合わせてかき鳴らした。


 それに呼応して、おっぱい屋の景色が揺れる。

 新女王の胸が、元のサイズに戻ったと思うが早いか、辺りの景色は洋館のそれに戻る。ホームバー。壁には無数の酒瓶が並び、天井にはシャンデリアがいくつもぶら下がっている。


 ほの暗いそこからは高級感と共に、なんとも言えない退廃感が漂っていた。


 何が起こるのか。

 そんな思考の一瞬の隙を突いて、飛び交ったのは酒瓶。


 棚にずらりと並んでいたそれは、物理法則をまるっきり無視して、まるで生き物のように跳躍したかと思えば、法王ポープ、新女王、魔性少年、それぞれに向かって飛びかかってきたのだった。


 固い瓶である。

 当たり所によっては死に至るだろう。


 まずいと思って法王、すぐさま放り出した錫杖を拾おうとするが、間に合わない。その頭部に、葡萄酒を詰めるのに使われる緑色をした瓶の底が迫った。


 しくじった。

 そう思って目をつぶった法王の頭の上で、何かがはじける音がする。

 遅れて彼女がおそるおそると瞼を開けば虹色をした超能力の障壁が、彼女の身体を降り注ぐ酒瓶の雨から守っていた。

 新女王の前にも、それは展開している。


 魔法ではない。それは、神聖魔法を駆使してこの世に奇跡をあまねく広める教会の長である法王にはすぐ分かった。そして、そんな不思議な力を使う者が、パーティの内の誰なのかも、彼女には想像がついた。


 視線が向かう先は、魔性少年。


「どうやら間に合った!! エリザベートさん!! リーケットさん!! 防御は僕に任せてください!! お二人はなんとか、ペニ○・サイズに攻撃を!!」


 分かったというより早く、エリザベートが地面を蹴っていた。

 旅を経て少しずつ剣士としての片鱗を露わにしていた新女王は、腰に結わえたレイピアを抜き放つと、足の踏み込みと同時に殺人道化へと繰り出した。

 これを道化、乾いた笑いと共に身を捩らせてなんとか避ける。


 ちっという舌打ちの後に来たのは、更なる猛攻。

 すわ、殺人道化の前にあったカウンターがいきなり宙を浮いたかと思えば、まるで大口を開けた竜の如く、新女王に向かって襲いかかったのだ。


 避けるスペースは無い。

 この場面で、信じるべきは自らの戦士としての技量では無い。

 後ろに控えている仲間の支援であった。


 故に、新女王はそのままさらに踏み込む。


「バリア!! 四層!! 止まれぇえええっ!!」


 連なって展開された虹色のバリアに、新女王の身を襲おうとしたテーブルが空中で静止する。その陰をくぐって、剣士としてめざましいまでの成長を今まさにみせた新女王は、するりと殺人道化の背後に回って、レイピアの先端をその肺腑めがけて突き出した。


 背面からの攻撃。

 今度は、避けられるはずが無い。

 そう思ったのだが。


「ハハッ!!」


「……嘘でしょう!?」


 殺人道化の身体があり得ない方向に曲がる。

 まるで雑巾を絞ったように曲がりくねったその身体。

 それは、新女王が繰り出した刺突を躱しただけではなく、その刀身に絡みつくように不気味なうねりをみせたのだった。


 異形、これはまさしく異形の成せる業。


 新女王が戦慄する。

 その恐怖に舌を這わすように、殺人道化の愉悦に満ちた顔が近づく。

 鼻先に着いた赤い球が、新女王の瞳にぶつかるか。

 その刹那。


「そこまでですペニ○・サイズ!! ここに、私の封印魔法が完成しました!! 貴方の負けです!!」


「リーケットさん!!」


 法王。

 拾い直した錫杖の先を構えて瞳を閉じると、青白い魔方陣を足下に構築しながら、異形の道化にそう言い渡した。


 今から彼女が放つのは、邪悪なる者のみを浄化する、聖なる技。

 神の権能を借りて発動される、必殺の空間魔法。


「海母神マーチよご照覧あれ!! 空間魔法アラサーディメンション!!」


 その呪いの言葉と共に、殺人道化ペニ○・サイズの横に黒い穴が現れた。


 反応しても既に遅い。

 魔法による戦いの妙技は、いかに相手にそれを使わせないかにある。

 発動した時点で、既に回避は不能なのだ。


 突如現れたその黒点。

 それは、この空間の主である、ペニ○・サイズの身体を、ぬるりとその中へと吸い込んで、嘆息する間も叫ぶ間もなく瞬く間に消え去ったのだった。

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