第819話 ど法王さんと聖衣
【前回のあらすじ】
男騎士パーティ一の良識派。
かどうかはともかく、教会の長ということもあり分別のある態度を一貫して崩さなかった法王。しかし、度重なる彼女の胸への貧乳弄りに、ついにその鋼の精神がぼっきりと折れてしまったのだ。
売られた喧嘩は言い値で買う。
思いがけない武闘派ぶりを見せつけて、謎のおっぱい屋に対して正面から立ち向かう法王。
はたして、彼女に勝ち目はあるのか。
胸に潜ませていたパッドこと、大胸筋プロテクターを露わにして、今、女の戦い――否、おっぱいの戦いが幕を開ける。
「いつも私を弄っている癖に、自分が弄られると弱いのね。まだまだ子供よね、リーケットってば。うぷぷ」
そんなことを言うどエルフさんも、随分大人げないと思いますがね。
◇ ◇ ◇ ◇
かくして、
先手を取ったのはおっぱい屋である。
貧乳おっぱいを慎ましやかと称し、未だ
いったい何が飛び出すのか――注視してみれば。
「ふっ、あったあった、これだ。お嬢さん、貧乳だ貧乳だと自分のことを卑下する前に、一度本物の貧乳って奴を味わってみたらどうだい」
「なに!!」
「これぞおっぱい屋秘蔵の品!! AAA貧乳にして世に知られた一品!! 嘆きゴルゴダの断崖絶壁!!」
それは桐の箱に入った立派な立派な――おっぱいであった。
そう。限りなく平面。
突起物が見当たらない、本当に、ピンクのぽっちさえも小さすぎてほくろにしか見えないという、恐ろしいまでのフルフラットおっぱいであった。
バカな。
どうして、こんなおっぱいが存在するというのか。
これではまるで、男の胸板と変わらないではないか。
いや、しかし、確かにそのうっすらとした肉付きは、男のモノでは無い。
であればやはりこの桐箱の中のおっぱいは、女向けのおっぱいだというのか。
電撃が法王の脳髄を貫く。
これが本物の貧乳。
はたしてそれまで、自分のことを貧乳だと卑下していたのがおこがましくなるほどにそれは本物の虚無をたたえた胸であった。
そっと法王、自分の胸に手を当てれば、確かにそこにはわずかだが、女性としての膨らみがある。
けれどもこの胸にはない。
膨らみがまったく感じられない。
胸にある程度の曲線があれば、それをして、実は貧乳とは巨大な球体の極一部が表出したものであり、より巨視的な視線でみれば小さければ小さいほど巨乳であるという詭弁を発動できるのだが、それすらもできないほどにツルッツルであった。
ど貧乳であった。
いやもうまな板であった。
人間の身体の一部とは思えぬ、それはAAA貧乳であった。
「いったい、この胸はどこから」
「これはとあるエルフの胸板を精密に模造したものだ。おっと、模造といっても、余計な細工は一切していないから安心な。この胸の持ち主は、類い希なるスケベ心を持ちながらも、胸の発育に難があってな。あまりにも不憫すぎるモノだから、初期の頃は貧乳貧乳とネタにされていたけれど、最近はもはやそんなことを言うのもかわいそうというくらいに断崖絶壁になっているのだという」
「類い希なるスケベ心を持ったエルフの断崖絶壁!!」
「そう、そして、俺たちおっぱいソムリエはそのおっぱいに名前をつけた――嘆きゴルゴダの断崖絶壁とな!!」
なんということだろうか。
こんな、女として生きているのが辛くなりそうな、断崖絶壁を胸にぶら下げて、生きているような女エルフが本当にこの世にいるのだろうか。
嘆きゴルゴダの断崖絶壁という名前はまさしく言い得て妙。
このような胸を持って生まれてしまったからには、もはや涙無くして生きてはいけぬというものだった。
そこに加えて。
「エルフのおっぱいと言ったわね!!」
「あぁ」
「じゃぁ、このおっぱいの持ち主は、千年近くあるエルフの寿命をこんなみすぼらしくて人様にお見せできない、服を着ていてもちょっと格好がつかない無様なまま、生きていかなければいけないというの!!」
「くくく、その通りだ」
「……なんてことなの!! そんなの、そんなの生き地獄じゃない!! こんなおっぱいを胸に抱いて生きるくらいならば、死んだ方がマシよ!!」
「どうやら自分の愚かさに気がついたようだな。
「……くっ!!」
「しかし真の貧乳とはこれこの通り、AAAともなれば、もはや女としての喜びを甘受することも難しい。こんな貧しきおっぱいをして、男のつがいもみつけられるかどうか。さぁ、今一度問おうか
言葉が出ない。
世の中、上には上が居る。
貧乳の上にはさらにど貧乳が居る。
こんな女性らしさのかけらも感じさせない胸をしておいて、そして、ヒロイン失格どころかなる資格ゼロみたいなおっぱいをしているエルフが居るなんて。
彼女には想像もできないことだった。
その苦悩も。
そして、その人生も。
「私、私が、間違って居たわ……」
「くくく、どうやら勝負あったようだな!!」
邪悪な顔を法王へと向けるおっぱい屋。
ここに勝負は着いた。
法王は、自らの見識の浅ましさと、自分のおっぱいの豊かさを知り、そして、この世の闇の深さについて、今一度思い知らされることとなったのだ。
勝てぬ。
この貧乳おっぱいを出されては、もはや何も言い返せぬ。
そう、思った時である。
「ちょっと待ってください!!」
「エリザベートさま?」
「どうしたんですかエリザベートさん?」
ふくよかな乳を持つモノ。
そう、おっぱい屋と無縁の彼女が、ひょいと手を上げた。
何を考えているのか。法王とおっぱい屋の動きが止まったと思うや、彼女はそそくさと彼らが顔をつきあわせているカウンターへとやってきた。
そして、カウンターに置かれた桐箱を奪い取って、一言。
「……やっぱり」
「やっぱり?」
「ほう、小娘、いったい何がやっぱりだというのだ?」
遠目から見ていた時からもしやと思っていたんです、と、新女王。
彼女は、愛おしげに向けていた視線を桐箱から上げると、法王、そして、おっぱい屋に向かって言った。
「これお
嘆きゴルゴダの断崖絶壁。
その持ち主は、意外と彼らの近くに居る女エルフだった。
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