第808話 ど壁の魔法騎士さんと人類ポカン計画

【前回のあらすじ】


 絶賛口撃の手を緩めない太陽の牡牛あるでばらん。

 法王ポープもろとも流れ弾で女エルフを仕留めた口から生まれたべしゃくリモンスターに、挑むのはお年頃の男の子を息子に持つ壁の魔法騎士。


 彼は剣も魔法もいったん置いておいて、自慢の息子の話をぶら下げてあるでばらんに挑むのだった。


 はたして彼が太陽の牡牛に語った悩みとは――


「周りの女性に対して、異様に壁を作って接しているんです」


 割と思春期っぽい、そして、お前も男親やからそこらへんは分かるんちゃうかという、どうでもよく下世話な内容なのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「息子が女性に免疫がないのが心配って!! そんなん男親が心配することじゃないでしょ!! むしろ逆にやることやってたらどうしようとかそういうことを心配しなさいよ!! というか、どんだけ息子のことが好きなのよ!! 関心なかったら出てこない相談でしょこんなん!!」


「だぞ、モーラ落ち着くんだぞ」


「いいパパですね。ウチは早くにお父様いなくなっちゃったので分からないですけど、きっと息子さんは幸せなんでしょうね」


 その息子に、髭剃った方がいいよと言われてハメられて、地獄に落ちた男だというのに。女エルフたちはもうそんな設定、誰も覚えていないのであった。

 ただまぁ、実際問題男親が考えるような心配事ではない。


 ちょっと息子に対する愛情の傾け方が重くないか。

 女エルフたちはこれからはじまる相談内容に不安を覚えずにはいられない。

 そして、それは、彼から相談を受けている太陽の牡牛も同じだった。


 男騎士から相談を受けた時とは明らかに違う、焦った顔を見せるあるでばらん。こいつ、いったい何を言っているんだという感じに眉を顰めて、それでも口で南の大陸を制した大英雄は、咳払いと共に話を始めたのだった。


「んー、まぁ、女性に対して息子さんが苦手意識を持っているかもしれないってことね。それで、それがもしかすると、自分が片親なせいかもしれないと。そう悩んでいると」


『えぇ!! そうなんです!!』


「……奥さんそりゃぁ……悩み過ぎだよ」


 日和った。


 太陽の牡牛。ここで日和った。


 流石に、これはあんたが悪い案件だけれども、それを素直に言ってしまってはよくないと、咄嗟に忖度して言葉を選んだ。目の前に座っているサングラスの男が、割とマジな顔とオーラで聞いてくるものだから、悪いということに戸惑った。


 いや、それだけではない。


 確かにこれは考えすぎだが――別にそれ自体が悪いことではない。

 子供のために、真剣に悩んでいる親に向かってその思いを、悪いなどと言い捨てることができるほど、太陽の牡牛はまだ人間として腐りきってはいなかった。


 いや、腐ってなくてもできなかった。

 だって普通に真剣なお悩み相談だったのだから。


 本件、迂闊に悪いと断罪すれば非難が飛ぶのがデリケートな案件。

 こと、女性のお悩み相談となれば、夫の愚痴、姑の愚痴、お友達の愚痴とくるものだが、息子の心配となるとそれはまた違ってくる。


 それは真摯なお悩みであった。

 断じて笑って済ませていいものではない。


 なおかつ、太陽の牡牛のやり方は、周りの最大公約数的な否定的意見を掬い上げて、それを突き付けるというものである。本件に至っては、考えすぎということはできても、悪いなどと断じることができるものではなかった。


 そう――。


「まぁ、お子さんのことを心配するのは分かるけれども、そこはちゃんと見守ってあげるのも親の務めだと思うよ。あんまり過干渉になってもいけないとは思うし」


『それは私も思っているんです!! けれども、息子には私しか親がいないんです!! こうして女のフリをして相談していますが――実際私は、彼の父であり母でなければいけないんですよ!! 母として、女性と触れ合うということがどいういうことか、ちゃんと彼に教える義務がこの私にはあるんですよ!!』


「愛が重い!! 重すぎる故に何も言えない!!」


 家族愛が重たかった。

 息子に向ける愛情が、余りにもまっすぐで歪みなく、父としても母としても申し分ない壁の魔法騎士の心意気と勢いに、もう何も言えない空気になっていた。


 太陽の牡牛も。

 そして、仲間の女エルフたちも。


 はたして、この時代、ここまで家族のために熱くなれる人間がいるだろうか。

 いや、いない――。


『分かっているんです!! 俺がどうやったって母親の代わりになれないなんてことは!! 女性ものの下着をつけたって!! 豊胸パッドで胸を盛ったって!! 部下に頼んでメイクしてもらったって!! 息子の母にはなれない!! 所詮父は父だということは分かっているんです!』」


「しなくていい!! 奥さん!! そんなことしなくていいよ!! というか、そんなことしたら子供の性癖が捻じ曲がるよ!! トラウマになっちゃうよ!!」


『俺がそれで悪者になったとしても!! 息子がまっとうに人間として生きてくれるならそれでいい!! 俺は、亡き妻に、息子をどこに出しても恥ずかしくない、まっとうな男に育てると、そう誓ったんだ!!』


「だからってそれはやりすぎ!! やりすぎだけど、悪いとは言えない!!」


 身内への愛の前には、すべてが許される。

 これはそう――。


「思いがけずさとりキラーね」


「だぞ。これは言い返せないんだぞ」


「ですね。父は――いえ、母は強しですね」


 思いがけない特攻口撃。

 壁の魔法騎士のお悩みは、見事にあるでばらんの口を黙らせたのだった。


 ぐったりと、しなだれる太陽の牡牛。

 憔悴しきったその顔に――。


『しかし、困ったことに、私には妻以外に女性経験がないんだ』


「知らないよ!!」


 壁の魔法騎士は空気も読まず、そして、躊躇もせず追い打ちをかける。

 そして、太陽の牡牛は匙を――知らないよと――投げたのだった。


 かくして、一つ目の試練を、女エルフたちは突破した。


 割としょーもない感じに。

 あれだけ大見栄を切った割には、情けないくらいにあるでばらんは倒された。


 やはり、最初の敵である。

 牡牛座である。

 かませやむかたなしであった。


『頼む教えてくれ!! 私は母としてどうしたらいんだ!!』


「ごめんごめんほんとむり!! ちょっとこの相談だけはパスさせて、お願いだから!! これには流石に言葉を持ち合わせてない!!」


「……哀れ」


 この際、女エルフの言葉はどちらにも当てはまった。

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