第807話 ど壁の魔法騎士さんと心の壁

【前回のあらすじ】


 さとりの能力により場の空気を読んで、誰も擁護できない正論で殴ってくる太陽の牡牛ことあるでばらん。人の心を読む能力とはこのような使い方もできるのだ。


 そう、正論で殴られることよりも、人間は、大多数に殴られることの方が辛い。

 そして痛いのだ。


 まさしく外道。

 かつて南大陸を口で征服したあるでばらんは、悪魔の如き男だった。


 そんな彼に対抗することができるのは、パーフェクトオブパーフェクト。

 現在の世界の頂点に君臨する、世界宗教の相元締めこと法王ポープ

 彼女ならば、彼女であれば、あるでばらんの必殺【奥さんそりゃアンタが悪いよ】に対抗することができるに違いない。


 そう思っていたのに。


「おやおや法王ポープさま。パッドを重ねてなんとかお姉さんと張り合っているようですが、どれだけ偽っても所詮まやかしはまやかし。ないことを開き直っているそちらのエルフの方が、人間としては立派なんじゃないですかね。いや、胸だけに」


「ぐぼぁ、おばぁおえぇえええええっ!!」


「おんぎゃぁああああああっ!!」


 女エルフを巻き込んでの壮絶な討ち死に。


 死角がないかと思われた法王だが、実は姉に比べると小ぶりなその胸を気にしていた。女エルフには圧勝しているが、小ぶりなその胸を気にしていた。


 法王という要職にある彼女もまた、年頃の乙女に違いなかったのだ――!!


 と言う訳で。

 思いがけず倒れた男騎士パーティの主力二人。


 男騎士も倒れた今、あるでばらんに対抗できるのはこいつしかいない――。


「当方、年頃の息子を抱える一人親である!! 相談したいことは山ほどあるが、職務柄そういうことをおおっぴらにできぬままここまできた!! 本日は、そういう所も含めて丸っと聞いてもらおうではないか!!」


 途中合流の壁の魔法騎士。

 彼が名乗りを上げたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「えぇ、それじゃ奥さんお名前は?」


『……エルフィンガーゼク子!!』


「へー、珍しいお名前だね。なんて字書くの」


『ゼクシィのゼクに子供の子でゼク子だ!!』


「お前もなるんかい!!」


 女エルフ復活。


 貧乳貧乳、貧しき乳の者と呼ばれて久しい女エルフには、意外と太陽の牡牛の言葉に耐性があった。流石に流れ弾、直撃をくらったわけでもなかったので、なんとかぎりぎり攻撃を凌ぐことができた。


 とはいえ瀕死には変わりない。

 もう一撃いいのを喰らえば、彼女の命は危ない。

 そんな状況でのゼク子復活であった。


 男騎士といい壁の魔法騎士といい、どうして女にならないとできないのか。


 やはり血なのか。

 いや、血より水が濃いということなのか。


 なんにしても、女エルフはゼク子が座った席を注視した。


 頼むぞゼク子。

 この中で、そこそこの知力を持ちながら、そこそこの悩みを持っている男はお前しかいない。法王ポープリーケットは思いがけないスキャンダル発生でポンコツ。ワンコ教授は元からこういうの向いていない。


 この中で、一番可能性があるのだとしたら、お前だ。


 男騎士はアホなのですぐに倒されてしまったが仕方がない。

 彼と違って、頭の切れる騎士団長のゼクスタント。


 彼らならば、きっと、知能戦においては、男騎士を上回る戦果を期待することができる。


 頼む、壁の魔法騎士。

 お前にすべてがかかっている。お前だけが頼りなのだ。


 そんな視線が降り注ぐ中――。


「えぇ、それで、いったいどんなご相談? 結構年齢行ってるみたいだけれど?」


『はい。実は、年頃の息子とうまくコミュニケーションをとることができなくて』


「あ、お子さんいらっしゃるの。見えないなぁ。とてもそんな感じにはちょっと見えなかった。へぇ。どれくらいのお子さんなの、ちなみに?」


『今年で数えで十六歳になりますかねぇ』


「若い頃の子なんだ。はぁはぁ、なるほどね、そりゃけどそれくらい育ってくるとちょっと扱いが難しいでしょ。いろいろと口うるさく言ってくるんじゃないの。ほら、なんといっても思春期だからさ。あぁ、もしかして、その件について? お子さんとうまくいってないとかそういうこと?」


 それは悪手だと女エルフたちが眉を顰める。


 先ほど、男騎士に話した、ここ冥府に至るまでのいきさつを、もし、目の前の太陽の牡牛に話すというのならばそれは完全に敗北フラグである。

 もはや完全に論破される姿が瞼の裏に浮かぶ。


 どう考えてもこの男が、大人げもなく、そして、勝算もないのに髭を剃ったのが悪い。子供の発言などを真に受ける大人がそもそも悪い。

 そして、その責任はそれを行った本人――大人に帰結するだけだ。


 しかし――。


『いえ、息子とは割と良好な中を保つことができています』


「あ、そうなんだ。いいお父さんなんだね」


『えぇ、いや、違いますよ。息子がいろいろと察してくれているだけで。私は父親らしいことは何も。ほんと、トンビが鷹を生むと言いますか。自慢の息子ですよ』


「うんうん、仲いいことはなんだかよく伝わってくるよ。いいねぇ、そういうの。ちょっとホロっときちゃった」


「……なんで普通にいい話になっとるんじゃい」


 話は思わずいい話へと流れて行った。

 なぜそうなるのか、どうして男二人が顔突き合わせて、いい息子だねとか言い合ってるのか。いろいろな疑問疑念が渦巻く中で壁の魔法騎士。

 けど、と、彼は前置きをして、話の主題を切り出した。


 それが本当の相談内容。


『けど、そんなできた息子なんですけれど、ちょっと最近問題を感じているんです』


「ほう、どんな? いい孝行息子さんじゃない。何が心配なのよ」


『……それは!!』


 周りの女性に対して、異様に壁を作って接しているんです。


 それは思春期によくみられる特有の奴であった。

 別段珍しくもなく、相談するようなことでもない奴であった。

 加えて、どう考えても気にし過ぎの奴であった。


 息子がかわいそうになるような、そんな感じの相談であった。


 けど、壁の魔法騎士は続ける。


『実はウチ片親なんです。息子には、幼いころから母という存在がなかった。そのことが、女性との間に壁を作っているのではないだろうか。あるいは、女性に対してどう接すればいいのか、分からなくなるようにしているんじゃないか』


「……なるほど」


『私は、それが不安で。そして、できることならば、息子のために、その心の壁を取り除いてあげたいと考えているんです。彼を、普通に女の子と接することができる、まともな男子にしてやりたいと思っているんです』


「……まともなお年頃の男子は触れ合えないと思うけれど」


 かくして、とんちんかんなお悩み相談が、ここに幕を上げた。

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